第72話

「敵襲! 敵襲!」


 斥候に出ていた村の若者たちが数人。前方から走ってくる。穴掘り以外の者は斥候だったようだ。


「本当に戦わなきゃ!」


 渡部が剣を振り上げた。


「よーし! 頑張るぞ! 相手は黒い霧。殺人じゃない!」


 角田は大剣を握りながら、絶叫する。


「いよいよだな! わしも戦うぞ!」


 ディオはボロ衣のシャツの懐から、白い城から借りた一丁のピストルを取り出し、穴掘りをしていた村人の一人からサーベルを手渡された。。


 村の人。ジュドルや蒼穹の戦士たちは、2千3百名もの大軍で一斉に戦いやすい、私を中心にしたVの陣を敷いた。


 これから、本当の戦を体験しなければならない。しかし、リアルだが夢の事だ。


「ディオ。どこにトラップがあるのか。俺たちは知らない!」


「案ずるな。黒い霧しか引っかからん。赤羽くんはそこを絶対動くな!」


 前方から見る見る間に、真っ黒な黒い霧の集団が赤い舌を出して、まるで黒い気体をまき散らした様に目前に広がりだした。その数は広大な森の様……。


「赤羽さん!死なないで……。どけやコラー!」


 渡部が脇から巨大な黒い霧へと突っ込んで行く。


「赤羽くん! 死ぬなよ!」


 角田は雄叫びを挙げ、猪武者よろしく巨大な黒い霧に吸い込まれた。


「今こそ、この悪夢に終止符を!」


 ディオもピストルを撃ちまくり、巨大な黒い霧へと消えた。


 細い棒を持ったジュドルを先頭に、蒼穹の戦士たちは私を置いてVの字型に全速力で走り出す。ただし、私のいたところの正面は、扇型でかなりの間隔があるのだが、誰も近づかない。


 私は恐怖を跳ね除け正面の黒い霧の大軍に片手を向け続ける。数分で数百体もの大量の血の雨が降りしきり、黒い霧と私との間隔がみるみるとあいてきた。




 数十分後……。



 段々とだが黒い霧が舌を出し、私との距離が近づく。


 私の脇のVの字型になっている蒼穹の戦士たちは、ゆっくりと黒い霧を霧散しながら前進しているのだが……。


 私一人。どうしても、覚醒した力だけでは押し切られてしまいそうになってきた。


「ディオ! 何とかしてくれ!」


 私は敵味方入り混じり、只でさえ薄暗い夜なのに黒い霧たちで真っ黒になっている。そんな戦地で私は叫んだ。 辺りは人肉が撒き散り、鮮血が雨のように降り注ぐ。

 その声は周りの金属のぶつかる音や怒号で掻き消える。しかし、どうしようもない。私が駄目になったら、全滅だ。それだけ数が多い。


 辺りは闇。私は正面にある黒い霧を何百体も霧散する。体をだるくする疲れが生じてきた。額に浮かんだ汗をそのままに、ひたすら片手を上げ続ける。


 腕が痺れてきた。そして、覚醒した力も何やら弱くなってきてしまった。


「ディオ……」


 私は力尽きそうになる。黒い霧が200メートルくらいに迫った。


 その時。


 地面が大口を開けた。落とし穴だ。槍が飛び出す大きい板が跳ね上がり、超重量の投石機が現れ石を放る。それらが無数に現れた。私の正面の百体もの黒い霧が瞬時に霧散した。


 私はそれを確認した後、ディオに心の中で感謝した。そして、意を決して、剣を構えて走り出した。


 一体目を振り上げた剣で、頭蓋骨を割り、二体目を横薙ぎに、三体目はギザギザの鉈を私の肩へと降り下ろしたので、痛かったが突きで胸を刺した。盾が使えなくなるほどボロボロになったので、その手は黒い霧の方へと突きだす。黒い霧が血飛沫を出し破裂する。


 大地を踏む音はまるで地震のようだった。所々からの怒声で耳が聞こえない。肩の痛みは最初だけだった。今では痛みが無い。


 一瞬のうちに私たちは……自分を見失った。これが戦なのか。世界を救えるはずだという英雄のように気取っていた私は、そんな自分を自分自身で笑わざるを得なかった。


 気が付くと、黒い霧も疎らになっていた。地面には蒼穹の戦士や西と東と北の村の戦士の死骸が幾つも築かれ、鮮血で広大な大地が染まっていた。刃の欠けた武器が散乱している。


 遠くにディオがいた。


 私は黒い霧を曲がってしまった剣で薙ぎながら、ディオの方へと向かう。


 ディオは所々怪我をした体で戦っていた。やはり、黒い霧は無人蔵に現れるようだ。


 ジュドルやバリエと角田や渡部の姿は見えない。


 不思議と幾人かの蒼穹の戦士や私とディオは無事だった。


 私はふと、頭に霞がかったような錯覚に襲われた。急に眠くなりだしたのだ。


 意識を何とか保つために剣で足を刺す。


 けれども、どうしても眠気がきつい。


「お前はもう終わりだ」


 私の頭にカルダの声が響く。


 目を開けることも困難になりだし、私は地面に上半身から倒れた……。

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