第49話
……霧画はいったい。
私たちは一旦。浮浪者と別れて家に帰ることにした。明日に浮浪者を連れ、呉林に会いに行こうと考えながら……あ、そういえば、浮浪者の名前は聞いていなかったな。とても賢い味方ができた。
別れた時から、安浦は終始考え事をしているようだった。知的な面を見れて、けっこう頭がいいんだなあ、などと思っていると、
「ご主人様。全人類を救いましょう。いつかはみんな虚構の中で死んじゃう」
安浦は真剣な眼差しをしている。かなりさっきの話が効いているのだろう。
「わ……解った」
どうやって、とは言いたくても、言えない雰囲気だったが、私も特異な危機感を覚えた。
翌日、私は安浦と浮浪者を連れ、私のアパートの近くにある呉林の家にお邪魔した。何時もと変わらない。薄い青のノースリーブと紺のジーンズの呉林に、居間に通されると、霧画の姿はやはり無く。呉林はなにやら仕事と調べ物で忙しいと言った。
「どう、南米へは行けそう」
ボロボロの服装の浮浪者を連れてきたことに何も言わず。正座している私たちに奥のキッチンから、お茶を配る呉林が陽気に聞いてきた。
「いや、後10年は掛かるだろう」
私は申し訳なく言った。それぞれが座ると、
「そう。そちらの御老人はオリジナルコーヒーを飲んだ人ね」
本当にいつもの呉林である。
「そうだ。電話しようとしたが、繋がらなくて直接来てしまった」
私は勧められたお茶を飲みながら、
「あ、お構いなく……」
呉林が立ち上がり、何か(安浦のために)キッチンから出そうとした。
「ご主人様。固くなりすぎー」
安浦は、女性の家に入ってどうしていいか解らない私をからかった。
テーブルには可愛らしいクマのビスケットが現れた。安浦が早速、手を出した。
「真理ちゃん。この人、凄いのよ。あれ、お名前?」
クマのビスケットをぼりぼりしながら、安浦は上機嫌で浮浪者を紹介した?
「わしの名前か。名前は浮浪者だしどうでもいいが・・・ディオと呼んでくれ。本名は高月 嗣郎(たかつき しろう)多分、62歳」
ディオはさもどうでもいいといった感じで、名乗った。
「それでは、ディオさん。私の調べた事とあなたの知っていることを突き合わせてみましょう」
呉林が呪い師の雰囲気を纏う。
「解った」
ディオはクマのビスケットを頬張りながらお茶を啜る。
あれ、何か白い湯気が……。
「あ、ポット……火を消し忘れたかしら」
呉林が珍しく慌ただしく立つ。
見ると、キッチンの方から白い湯気が霧のように現れ、部屋全体へと、それは視界を覆うようにまでなる。
「え、これ普通じゃない!」
呉林が叫ぶと同時に、私の意識がストンとブレイカーよろしく……落ちた。
遠くの方から、クラシックが流れている。何の曲かは解らない。そして、肉の焼けるいい匂いがする。
私はまた夢の世界へと来てしまったようだ。私は座った格好になっている。思い切って、目を力強く開ける。そこは白一色の空間だった。
正面に窓がいくつもあり、接触した雲が霧散し、こちらへと入ってきている。どうやら、この空間は空中に浮いているようだ。
間隔をかなり空けた7人分の白い椅子のある長い白いテーブル。テーブルの上には豪勢な料理が所狭しと並んでいる。
片方には、小さいテーブルが幾つかあり、それぞれ椅子が二つずつ。もう片方には、天蓋付きのベットが人数分。
「ご主人様。ここは天国です」
少し距離がある向こうから、安浦の驚きと喜びの声が届いた。
「ここ。何も危険がないみたいよ」
呉林が距離の空いた隣から話してきた。ぐるりと見回すと、呉林の隣が角田、そして渡部、そしてディオ。その隣が安浦。……私の隣が霧画。霧画もいた。霧画はあの時と違うラベンダーの色のブラウスと薄い青色のスカートという服装だった。
どうやら、みんな起きたようだ。
「姉さん。どこに行っていたの。心配したのよ。私は姉さんのために二週間勉強したけど……」
呉林がほっとした顔で、私の隣の霧画に言う。
「多分、現実の世界。私以外誰もいない世界だったのよ。真理、心配かけてごめん。確かにここは危険がないわね」
霧画は呉林の超能力的直観に頷いた。
「恐らく、奇麗なお姉さんは夢のまた夢に行ったのじゃろう。じゃが虚構でもある」
ディオが口を挟み、早速料理に手を着ける。
「ご主人様。食べないんですか?」
安浦も料理をパクつく。
「毒は入ってないみたいよ」
霧画が呆れ顔をして言う。
「姉さん。ここって」
呉林は不安そうな顔をしている。
「ふむ。どこかから聴こえるクラシックは、バッハの協奏曲第2番ヘ長調の第1楽章のようじゃな。そして、ここは敵の胃袋じゃ」
ディオは精悍な顔つきで食べながら話している。
「敵の胃袋って?」
私が疑問に思うと、
「うまい!」
仕事中だったようで、上がワイシャツとネクタイの背広姿の角田。料理を食べる。
全治三週間だった渡部は、異変に気が付いて病院内で私服に着替えたようだ。黒のポロシャツと青のジーンズの渡部も怪我が治っていて、
「本当においしいですね。病院の飯はまずいから、どんどん食べられます」
警戒心のない4人は、どんどんと料理を平らげる。
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