第4話
私はそう言うと、自炊をしなければと面倒がった。いつもは飯はコンビニに買いに行っている。
私は気楽に答えたが少し後悔した。
「でも、ここへ来て良かっただろ」
「ええ。こんなに簡単で雑談をしているだけの仕事はないと思います」
中村は遠い目をして、
「もう五年か。君と出会ってから……。最初は怠け者で仕事もしないいい加減な奴だったな。そして、たまにしか出会わなかったが、この仕事を紹介してから少し人が変わったよ。あの時の事覚えているかい?」
「ええ。あの時、中村さんと上村さんにこの仕事を紹介してもらって、そん時はバイト先で少し仲が良かったんですよね」
思えば中村・上村にこの仕事を紹介してもらって、毎日なんとか働くようになり、今では親元から離れて一人暮らしだ。
「上村さん。アデラ◯スにしてみては?」
「いや。そんな金ないし。今は暑いからこのままでいいよ」
ネタのチャージをしている上村は、大抵髪の話には乗ってくれる。
そういえば中村・上村と私は、三人ともこの五年間でまともな仕事をした時は皆無だ。私は一生ここで働くのだろうと人生を諦めていた。きっと、中村・上村もそうだろうと思う。こんな仕事をして、楽な人生を謳歌し、運がよければ子供のいない家庭を築く。そんな人生を夢見ているのだ。
…………
今日も一日の仕事を終えて、爽快な達成感を味わいながら家路に着く。いつもの駅前の自動販売機で缶コーヒーを買い。
「御疲れ様」
と、自動販売機の機械の音声を聞き今日も一日の終わりを実感する。
友達はいない。
プライベートでは一年くらい会っていないが、仕事仲間の中村・上村だけだ。
高校時代も友達はいなかった。引っ込み思案な私はクラスでは先生くらいしか相手にして来ない。今は同級生とは全然会わないことにしている。
しかし、彼女がいないというのはやはり寂しい。
私は高校を卒業してからは、数百社に履歴書を送り。面接を受けたが。玉砕をし、毎日働くことが嫌になって、人と接しなくなった。
私の住むひたちの牛久にある1LDKまで、電車で三駅徒歩で30分。藤代駅から「エコール」までは、路線バスで40分。こんな生活を私は飽きずに毎日続けていた。あ、それと休日は祝祭日と土日だ。
しばらくは困り顔の両親のいる実家で、ごろごろしたりしながら、週に2日か3日、単発のバイトをしていた。
引越しから接客に倉庫内作業など多種多様なバイトをして、それから同じ日雇いだった中村・上村に出会いエコールを紹介され、二年前に今の1LDKに住むようになった。
…………
その日は、傘を忘れていた。
電車の中で車窓越しに外を見ていると、雨がぽつぽつと降ってきた。車窓に緩い水滴が所々広がる。7月の下旬だが空は、周囲の空間に黒煙が充満したかのように暗かった。
そういえば少し前、中村が言っていた。
「傘を持ってくと雨は降らなくて、傘を持ってないと降るんだよな。俺の経験上の教訓さ」
私は忙しない雑踏の駅から改札口へと出た。毎日の自宅までの距離を歩いている時に、それまでの小降りから大降りとなりだした。
駅のロータリーは通行人が多く、傘を持っていない人も疎らにいたが、駅から離れるにつれ傘を持つ人が目立ってきたようだ。
いつも通りに幾つものコンビニの前を通り抜け、大きな公園の真ん中を足早に通り抜ける。それから、延々と林の小道を歩かなければならない。その先には住宅街があり、そこに私のボロアパートがある。
雨がこれ以上ないほど強くなり風もでてきた、汗を吸った洋服がべったりと体につく。
「今日はツイてない」
私はボヤいた。ボサボサの頭は雨で頭皮にべったりとくっ付きだし、いつもの服装である黒のジーンズと灰色のTシャツはずぶ濡れになった。
林の小道に着くと強風で前が見えない、コンビニも何もなく、私の住むアパートまで走らなければならない、雨宿り出来る所はまったく無い。私はそれでも、林から痛そうな枝や葉っぱが強風で飛んでくるのを我慢出来ずに、どこかに雨宿りできる場所を探した。
まるで、嵐のような風と雨の中に、小さいが頑丈そうな赤い煉瓦の喫茶店が目に入った。
それは、真っ暗な林の中にポツンとあった。5年もこの道を毎日のように往復しているのに、缶コーヒーをいつも買うので今まで気にも留めなかった。それは全体的に古い趣で、石造りのお城のような。いかにも頑固そうな老人が営んでいる。といった感じの喫茶店だった。この嵐の日の雨宿りには、まさにうってつけの所である。
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