第6話 戴冠式

それから私たちが城内に戻ると、突然ばったりとミランダさんと出会った。


何事もなくすれ違うかと思っていたがそうはいかない。


「失礼ですが、ルナ様、またお粗相を?」


恐らくあれだろう。ミランダさんのいつもの驚異的な嗅覚が働いたのだ。


「おもらしなんてしてないわ」


ルナちゃんはそう強気にミランダさんに言いながらドレスの裾をつまみ上げショーツを見せた。




「おや、そうでしたか。すみません、疑ってしまって」


さすがに感の鋭いミランダさんでも、私たちがショーツを入れ替えたことには気が付かなかったようだった。


「いいのよっ」


ルナちゃんがご機嫌そうにそう言った。


ショーツを変えたけれど、実際ルナちゃんがおもらししたことが無くなるわけではないんだけど……




それからは何事もなく、いや、時々姫様がギリギリになってトイレに駆け込むくらいでその日は終わった。


そうして翌朝……




今日は戴冠式があるため、私はいつもよりも早く規定の仕事を終わらせていた。そんな時だった。


「リアーーー! リアーーー!」


昨日と同じように私を呼ぶルナちゃんの声が城内に響く。


私はまたおねしょしてしまったのかと考えながらルナちゃんの部屋まで向かった。




部屋の前につきドアをノックせずに開けると、その向こうにはベッドの上に座ったルナちゃんが居て、私の方へ視線を向けた。


「ルナちゃん、おねしょですか??」


「そ、そうじゃないのよ! おねしょしなかったの! これで今日の戴冠式、オムツしなくてもいいよね!」


「それは、ちょっと……」




すると私が答えを渋っている間にミランダさんが部屋へやってきた。


「ルナ様、本当にあなたにそれができるのですか? もし国民の前で粗相をしてしまえばそれからあなたはおもらし姫と呼ばれてしまうのですよ?」


あまりの気迫に私とルナちゃんは同時に固唾を飲んだ。




「ルナちゃん、やめといた方がいいよ……」


「いいえ、前で少しの間喋るだけじゃない! きっと大丈夫よ」


ルナちゃんは心配な顔ひとつせず、自信満々にそう言った。


「ですが、パーティはどうするのですか? ルナ様はパーティの主役な訳ですし、きっと様々な方に話しかけられるでしょう。それに、ルナ様はまだ婚約者のいない身。きっとお美しいルナ様に惹かれ求婚してくる殿方も多いでしょう。そんな所でおもらししてしまってはルナ様のこれからに関わります。なので、パーティではオムツをつけていてくれないでしょうか」




ミランダさんのその言葉を聞きルナちゃんは少しの間俯いた。次にルナちゃんが口を開いた時には俯いたままだった。


「分かった……」


「よしっ! それじゃあルナちゃん、戴冠式の準備しよっ!」




「ルナちゃん、ドレスを着たあとはお花摘みに行くのが大変だから、先にお花摘みに行っておきますか?」


「うん……」


ルナちゃんはこの先の事を思い少し緊張しているようだった。


そうして、ルナちゃんが戻ってきたあと私はメイド数人でルナちゃんの着付けを手伝った。




30分後、準備が終わって私の目の前にいたのは、いつもも豪華だがそれよりももっと豪華で真っ白な純白のドレスにその身を包んだ金髪碧眼のお人形さんだった。ふわっふわで真っ白なフリルと、所々にちりばめられたダイヤモンドや水晶、パールなどの装飾品。そして、陽の光を受けて黄金に輝く長い髪。極めつけはその髪に乗っているティアラだった。


それは特にサファイアやエメラルドやルビーのようなカラーストーンは使われてなく、ダイヤモンドで構成されている。しかしその高貴さと質素さがより、ルナちゃんを引き立てるのだ。




そうして5分もしないうちに戴冠式が始まる時間となった。私はルナちゃん、いや新女王の斜め後ろを歩き、多くの人が集まる城の中庭が見渡せるような舞台のわきで止まった。よく見ると、中庭には多くの人が集まっていて、それぞれが口々に話すため喧騒に包まれていた。


ルナちゃんは舞台袖から、舞台の真ん中で止まり、お姫様らしくドレスの裾をちょこんとつかんでお辞儀をした。その瞬間、今まであった喧騒は無音に変わる。




 「ごきげんよう。皆様。私の母であるアリス元女王がなくなり、この国には主導者がいないという暗黒の時代が訪れました。しかし、そんな時代も今日で終わりです。今日からは私わたくし、ルナ・グレイス・アレクサンダーがこの国の女王となります」


ルナちゃんは緊張しているのか、少し落ち着かない様子で、声も少々震えていたが無事挨拶を言い切った。


すると、一拍おいて群衆が一斉に盛大な歓声を上げる。


私はそこで胸をなでおろした。




 それからは緊張も若干ほぐれたのか、すらすらと予定していた通りのスピーチを済ませた。


スピーチが終わり、ルナちゃんは壇上から舞台袖へと向かってくるのだが、舞台袖が近づくと突然小走りになる。


「ルナちゃん! とってもいいスピーチだったよ!!」


「あ、ありがと。で、でも今は……」




 ルナちゃんが突如かがんだり息を切らしたりしているのを見て私ははっと気が付いた。


「ルナちゃん、もしかしてお花摘みですか?」


「う、うん。緊張が解けたらなんだか急に……」


それからは私も含め着付けを手伝ったメイド全員が大急ぎで、ルナちゃんのドレスを脱がそうとした。しかし、着るのに30分もかかったような衣装。思ったようにすぐには脱げなかった。




 「あっ、だ、だめぇ」


ルナちゃんが突然声を上げた。すると、かすかにふわふわなドレスの向こう側から女の子特有の排泄音が聞こえてくる。


「ごめんなさい…… ごめんなさい……」


「ルナちゃん…… 大丈夫だよ、頑張ったんだし」


私は泣き出しそうになっているルナちゃんをぎゅっと抱きしめた。私の手にドレスの背中部分のチャックの感触が伝わる。




 しばらくして、私の足が濡れている感覚でまとわれた。


靴下にしみこむルナちゃんのおしっこ。でももういまさら汚いだなんて思うことはなかった。


私はルナちゃんを抱きしめたままルナちゃんが身震いを一度したのを感じる。


「終わった……?」


私がそう耳元でささやくと、ただ一度だけ頷いた。


足元を見ると、純白だったドレスは裾の部分が黄色く濡れていた。

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