この目に入れた百合が、世界を変えそうだ
不透明 白
刹那の花吹雪が、この眼に焼き付いて離れない
「おいっ……!? まさかそんな、嘘だろ」
俺はついに見てしまった。
それは、余りにも尊くて美しいものだった。
それが何かというと、俺と同じ2年3組のクラスメイト
その時、丁度各々が指定の掃除場所で掃除をしている時間帯で、俺は本校舎三階のトイレを掃除していた。
その時の自分の状態というと、自分に任せられていた仕事を早々に終わらせて暇を持て余していたので、換気がてらに廊下の窓を開けて一人ぼんやりと外を眺めていた。
そんな完全油断のタイミングに、その光景が目に飛び込んできたのである。
その瞬間に俺は、息をするのも忘れるぐらいじっとその光景にくぎ付けになって、あらん限り目を大きく開いてその光景を目に焼きつけていた。
そして次に、ふと「この光景を他に見ている人がいるのでは」という考えが浮かんだので、すぐさま周りを見回して、そして他に誰も気づいてないことを確認すると再び視線を戻した。すると、そこにはもう誰一人としておらず、ただただ涼しげな風に弄ばれるようにカーテンが揺れているだけだった。
おこがましいかもしれないが、その時は「この光景を壊してはいけない、守らなければ」という思いでいっぱいになった。
衝動的にそう思ったということは、自分にとってこの目の前にあるものが、酷く大事なものだということの表れだろう。
事実、俺は今まで数多の百合作品を嗜んできていて、もはや崇拝しているといっても過言ではない。
そんな一信者が実際にこの目で、三次元の百合を見てしまった。
そんな光景を大の百合好き男が見たら、一体どうなると思う?
自然と目から涙が流れ落ちてきて、足に力が入らなくなってストンとお尻から地面に落ちてしまったのだ。
それをたまたま通りすがった人が見れば、何かあったと思うかただやばい人かの二択だと思う。
そして、その噂が一瞬で広がっていき、変な目で見られるようになって、学校に居づらくなって、そして……。
そこまで想像したところで、直ちにそこを離れなくてはと思い、目元を腕で覆いながら歩き出したが、結局どこに行っても人がいるという結論に達した結果、俺は今保健室のベッドの上でぼんやりと天井を見ていた。
(あれはいったい何だったんだ……)
あの光景は本当にあそこにあったのだろうか。
もしかしたら、テスト勉強の影響で夜更かしをして、疲れすぎた頭が創り出したただの蜃気楼だったのではないのか。そんなことを考えながらも、脳裏に焼き付いて離れないあの光景が何回も浮かんでは心を締め付ける。
すると、ベッドの周りを囲んでいるカーテンの向こう側から声が聞こえてくる。
「細谷くん、調子はどう?」
その声は若く、春の木漏れ日のような温かさを感じる。この声の人は絶対に性格悪いわけない。
実際に先生の生徒人気は凄まじくて、一歩間違えたら学校のマドンナと言われるほどだった。
そして、俺はそんな人気の保健室の先生に、度々お世話になったせいか名前を覚えられてしまった。いつか誰かに刺されても、文句言えないかもしれん。
こっちもこっちで、毎回保健室に行くといつもコーヒーの匂いが充満している事から、先生が重度のカフェイン中毒だということも知っている。
だっていつ見てもゴミ箱はエナドリの缶でいっぱいだし、コーヒーメーカーはボコボコ音を立ててフル稼働しているのだ。もはや、ちょっと心配になる。
「あ、大丈夫です! 落ち着いたら帰りますから」
俺は昔から体が弱いせいで、いつも体育の授業は見学だし、授業中に熱がでて保健室に行くということはあったが、まさか精神的に動揺して保健室に行くことがあるとは思わなかった。
そんなこんなでそろそろ落ち着いたので、保健室を出ようと体を起こしたところで、扉をノックする音が聞こえてくる。
コンコン、ガラガラガラ……。
「失礼します! 2年3組の佐渡です。直井先生に用があってきました」
「ふっっ……!!」
渦中の人間が目の前にのうのうと現れやがった!?
すると、立ち上がろうとしていた体は力が抜けて、まるでベッドに張り付いてしまったかのように動かない。そして、再びさっき見たキャットウォークでの光景がより鮮明に蘇ってきて俺を苦しめる。
そんな俺の心情など知らないとばかりに、コーヒーメーカーがカチッと音を立てて完成の合図をあげる。
立ち込めるコーヒーの匂い、動く一つの足音、そして、止まったかと思ったらボスっと柔らかいソファーに座る音がした。
「佐渡さん、どうしましたか?」
「……」
「なに笑ってるんですか! 用が無いなら帰ってください」
見えないところでイチャイチャしてるぅ……。
はぅっ……!? ちょっと待て、もしかすると脳内で点と点が繋がった感覚がしたような気がする。
もしかしてあのキャットウォークで見た二人ってもしかして、今目の前にいる二人って説ある? いやでも、あの時間はほぼすべての人間、生徒も先生もみんな掃除場所に行って何かしらの作業を各々でやっているはずではないのか。
なんて思考している間にも目の前で百合は加速していって、成熟して熟れて甘くとろけてドロドロになって、最後にはくっついてしまうかもしれない。
そう思ったら俺は自然、かつ必然的にさっさと保健室からお暇するのだった。
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