真夜中の散策、早朝の体勢
春嵐
真夜中の散策
夢、かもしれない。
わたしにとっては、現実でも夢でも、どっちでもいい。彼がいない。それだけが確か。
覚えているような、それでいて知らないような、そんな場所。公園。そうか。ここは公園か。
ひとり。
座り込む。彼が、いてくれたら。そんなことを、ひさしぶりに、思う。彼がいたら、楽しいのに。他に何も、いらないのに。
「うそだな」
おさけと。あとおつまみも欲しい。彼だけいればいいなんてことにはならない。彼と、おさけと、おつまみ。三点セット。必要。必須。
「お」
ポケットを探ったら、小さなおつまみ。小袋にいくつか入ってるタイプのやつ。開いて、ひとつずつ食べる。ゆっくり。
「おさけ」
歩いて、自販機に向かう。
「くそっ」
おさけ、ない。どこかで見たような、ありきたりの炭酸飲料。なんか買う度にパッケージが変わったりして、カップルに人気のやつ。
「はあ」
近くのベンチに腰かけて。
また、ひとつずつ。
小袋のおつまみ。
「あ」
手からひとつ、こぼれおちた。落ちていく。なんとなく、スローモーションで。落ちていくのが。
自分みたいだなと、思った。
どこかに落ちて。
捨てられて。
放置されて。
夜。
彼のいない、ここで。
ひとり。
「おっと。あぶないあぶない」
落ちていくおつまみ。
彼が器用に、キャッチした。
「真夜中の散策は、どうですか。夏科さん」
「なにが」
彼も。
どうせ夢。
ここにはいない。
「はい。これ」
「あっ」
おさけ。
手に取る。
ひんやりしてる。
蓋をこじ開けて。
一気に。
「おああおいしいい」
「そうですか。それはよかった」
彼。
隣に座って。
さっきナイスキャッチしたおつまみを、食べてる。
「あ、おつまみは無いんで。お部屋帰ってからにしてくださいね」
「そすか」
おさけ。
おいしい。
夢なのに。
こんなにも。
「ほっ」
「いだっ」
いきなり頭に、てのひらが飛んできた。ぶつかって。撫でられる。
「夢だって思ってるでしょ」
こうなると、つい癖で。
彼の手首の匂いを嗅いでしまう。
「ああ」
彼の手首の匂い。おいしい。
「夢じゃないでしょ?」
「あ」
夢じゃない。
ここは。
「え、うそ」
「現実ですよ。夢から覚めましたか?」
「まじか」
「まじです」
彼。おさけを、ちびちび呑んでいる。その、おさけを、ゆっくり運んでいる左手を。
襲撃。
「おっ。ごほっ」
「もっと真面目に呑め真面目に」
「いたって真面目ですよ。ゆっくり呑んでるんです」
頭の上に乗っている彼の右手を引き剥がして、噛む。
「何してるんですか?」
「おつまみ」
あっ中指がいちばんおいしい。
「中指が好みですか?」
「うん」
「そろそろ、帰りますか?」
「もうすこし」
もうすこしだけ。
夢から醒めてしまう前に。
目が醒めた。
夢だった。
部屋の、ベッド。
彼はいない。
彼を探す。
彼。
いない。
ひとりきりの、ベッド。
「はあ」
醒めなければ、いいのに。
夢なんて。
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