第3話 1st day.-3<バレエ・メカニック/DANCE ON THE STAIRS>

<バレエ・メカニック/DANCE ON THE STAIRS>


―――静かに雨が降り出した。浸透する水。満ちる世界。満ちる。満ちる。満ちる。浸る世界。徐々に世界が満たされていく。


■は一人、水に沈む世界を眺める。


その先には―――何もない。だがその何もない世界から、明確な息吹を感じた。ただ水に満たされていく世界の息吹は、孤独の象徴にすら感じられる。


世界の動力は、決して肯定されることはない。


哀しみ、苦しみ、妬み、恨み、殺意、怨念。


これらの感情に"肯定"など存在しない。


すべての出来事に牙をむき、否定する。その事実、それこそがこの感情の存在意義。そのすべてが、世界に定められた唯一の道。


―――■はそんな“否定”を否定する。


"否定"を否定するために、■は世界に残り、カミの御業すらも利用する。


世界の常識、時間、概念。それらを覆し、世界に佇む否定の存在に墜ち、■は世界の裏側へと疾走する。



「――――――・・・・・・い、・・・・・・やま。おい、倉山!」


暗く、朱い月が照らす空間から一変して、明るい見慣れた教室の風景が視界に広がった。窓から差し込む陽光が目に痛い。


視界を占領する白い靄からは、私の顔を心配そうに覗き込む教師の顔が見えた。


「大丈夫か? 急に椅子から落ちて、どこか具合でも悪いのか?」


―――ああ。朝予想していた通りの、いつもの"アレ"だ。


教室では二限目の授業が始まろうとしていた。その中で、私だけが床で眠っていたらクラスメイトの迷惑だろう。


「・・・・・・いえ、大丈夫です。少し居眠りしていたみたいで、お騒がせしてすいません」


何事もなかったかのように立ち上がろうとして、


「でもお前、泣いているぞ」


「泣いてる・・・・・・?」


頭はうまく機能していない。泣いていると言われ、頬に手をやった。悲しい夢でも見たのだろうか、確かに私の頬は濡れていた。


「本当だ、何でだろう? ―――痛っ!」


激痛が頭の中を駆け巡る。倒れることは何度かあったが、こんな頭痛がしたのは初めてだ。


「おい、ホントに大丈夫か? 頭とかぶつけてないか?」


痛みで教師の声に答えることができない。激しい頭痛は身体機能すらも停滞させた。


「センセー。葵、保健室に連れてった方がいいですよ」


教師の後ろから聞き慣れた声がした。その声に安心したのか、頭痛が少し和らいだ気がした。


「この様子だと、そうしたほうがいいな。それじゃあ栗崎くりざき、毎度のことだが、倉山のことよろしくできるか?」


教師がそう言うと、はぁいと軽い返事が聞こえた。


「ほら、行くよ」


赤い眼鏡をかけた、腰ほどある赤毛の髪を結んだその女生徒は私の側まで近寄ると、やさしく手を差し伸べた。


「・・・・・・ごめん、ありがとう」


私はその子の手を借りて立ち上がり、一緒に教室を後にした。


///


女生徒に身体を支えてもらい、教室とは反対方向にある保健室へと向かう。


「―――やっぱり、まだ調子悪いんじゃないの? 葵、最近休みがちだったでしょ。今日も休んでいた方が良かったかもね」


栗崎蒔絵まきえ―――私の数少ない友人である。


「そうかも。今日は大丈夫だと思ったけど、やっぱり無理してたみたい。ごめんね、蒔ちゃん。何度も付き合わせて」

「いいってことよ。葵が保健室に運ばれるのってお約束みたいなもんだからさ、もう慣れっこだよ」


彼女の言うように、私はすでに何度もこのように蒔絵に手を貸してもらっている。それでも、彼女は嫌な顔一つせず付き合ってくれた。


「でも、どうして何度も倒れるかな? 一年の頃は一回しかなかったのに、去年になってから急に増えたよね」

「身体は昔から弱い方だったから、一年生の頃は多分たまたま。中学の頃も何度も運ばれていたし」

「まじで? それ初耳ですけど……」


そう言って驚いてくれるのが新鮮だった。


もともと人見知りが激しく、夏喜と宗次郎以外のヒトを避けていた。いや。あれは避けていたというよりも、拒否していたという表現が正しいか。


もちろん、そんな性格の私だ。友達なんているはずがなかった。蒔絵には『何度も運ばれた』と言ったが、本当は嘘だ。倒れたことは事実だが、自分の意志でヒトの手を借りて運ばれたことなんて一度もない。


それはこの堀宮ほりみや高校に入学しても変わらなかった。高校に入学して一ヶ月が過ぎた頃、私が倒れたときにたまたま近くにいた蒔絵が手を貸そうとしたが、私はそれを激しく拒否した。が、彼女は私の拒否を断固無視し、無理やり保健室に運んだのだ。


それが私と栗崎蒔絵の出会いだった。


「でも一年の頃の葵、怖かったな。手貸そうとしたら力いっぱい叩くんだもん。『私に関わらないで』みたいな空気出てたし」

「それでも、そんな私を無理やり保健室に連れて行ったのも蒔ちゃんなんだよ。最初は『なんだこいつ』みたいに思ったけど、その後もちゃんと看病してくれた。そんな風にしてもらったのって初めてだったから、嬉しくて、あの時私泣いちゃって」

「覚えてる覚えてる。びっくりしたよ、急に泣き出すんだもん」


思い出話をしているうちに保健室の前に到着した。


「すいませーん、いつもの倉山と栗崎でーす。ってあれ、うめちゃん先生いないね」

「なら勝手に休ませてもらおうかな。ベッドは空いてるみたいだし」

「それもそうだね。寝てるのが葵だってわかったら、ああ、いつもの子かってなるだろうし。んじゃ、あたしは先に戻るけど、葵はちゃんと休んでるんだよ。昼休みには佐蔵さくらと診に来るから、またあとでね」

「うん、ありがとう」


いいっていいって、と蒔絵はひらひらと手を振り、保健室を後にした。


倒れることは何度かあったが、頭痛もするなんて経験は今までなかった。蒔絵の言うとおり、今日はまだ無理をしていたのかもしれない。今は保健室のベッドで休むことにしよう。


ベッドの上で横になり、壁にかけられた時計を見る。時刻は十時を少し過ぎた辺り。昼休みまでおよそ二時間ばかり。私は保健室の白く殺風景な天井を眺めながら、再び虚像の世界へと旅立った。



微睡みの中、喧騒を聞いた。


中途半端な睡眠時間に、意識が朦朧とするが、自分の置かれた状況が薄っすらと思い出される。教室で倒れ、蒔絵に保健室まで運んでもらい、お昼休みまで眠ろうとしていた。


背中に保健室特有の硬いマットと、肌触りの良くないシーツと、独特の薬品臭が鼻につく。徐々に回復する意識が、起床時間だと訴えてくる。


ああ、しかたない。そろそろ蒔絵が迎えに来る頃だ。それまでに目を覚ますとしよう。


「「痛ッ!!」」


ゴチンと、目の前に星が飛ぶ。微睡みから抜け出た、鈍い音と共にものすごい頭痛がした。おかげで眠気が完全に吹っ飛んだ。


「痛っー、ちょっと葵! いきなり起き上がらないでよ!! 頭超痛ーい、勢いよすぎだよ」


私の傍にはオデコを抑えている蒔絵がいた。状況からして、頭を起こした勢いで蒔絵にぶつかってしまったらしい。


「ごめん、ちょっと不注意過ぎた。私もすごく痛いから許して」

「もう。どうしたのよ、葵。魘されてたと思ったらガバッて起き上がって。変な夢でも見たの? 汗、いっぱいかいてるよ」


蒔絵が差し出したタオルを受け取る。額を触ってみると、確かに冷汗が吹き出ていた。


どうやらまた変な夢を見たのだろう。記憶には残っていないが、これだけ冷汗を掻くなんて普通ではない。タオルで汗を拭いていると、


「・・・・・・なぁ、もう入っていいのか?」


保健室の外から男のヒトの声が聞えた。


「あっ、ごめん、忘れてた。もう入ってもいいよ」


蒔絵が返事をすると、保健室のドアが開いた。


「葵も大変だな。体調崩して休んでんのに、蒔絵にヘッドバッドされるなんて」

「あたしがヘッドバッドされたの! 今回はあたしが被害者なの!」


保健室に入ってきたのは蒔絵の友人の佐蔵りょうだった。佐蔵と蒔絵は小学校からの付き合いで、彼とは蒔絵と知り合った後に紹介され、今では私の友人でもある。


「へぇ、珍しいな、『今回は』逆だったんだ」

「なによ、その『今回は』っての。強調しないでいいの」

「まあ、そんなのどうでもいいじゃん。それよりさ、早くメシ食いに行こうぜ」

「今って何時なの? もう昼休み?」

「そうだよ。まだ5分ぐらいしか経ってないけどね。葵はちょうど二時間ぐらい眠っていたみたい」

「そっか。結構寝ちゃったな。―――あっ。佐蔵君、私のカバン、持ってきてくれたんだ」

「まあな。教室からここまでって遠いしさ、また取りに戻るのは面倒だろ」


佐蔵は私に気を利かせてくれたのか、教室からカバンを持ってきてくれたらしい。


「ありがとう。今日のお昼は中庭で済ませるの?」


この時間では、教室に戻るよりも中庭に行ったほうが時間効率がいい。それを見越してか、蒔絵も手に軽食の入ったビニール袋を持っていた。


「オレは今から委員会あるから、今日は二人でよろしく頼むわ。んじゃ、オレ行くから」


佐蔵は足早に去っていった。きっと、蒔絵に鞄持ちのためだけに連れてこられたんだろうなと内心思った。


「あたしたちも移動しよっか。お昼時間は尊いぜ~」


///


中庭に移動し、備え付けのベンチに座りお昼を済ませる。他愛もない会話をし、高校生らしい日常を謳歌する。基本的には蒔絵がずっと喋っているが、話題が尽きないため、時間があっという間に過ぎていく。


「・・・・・・そういやさ、今日の放課後、なんか用事ある?」


突然、蒔絵はそんな質問をしてきた。


「別に何もないけど、どうかしたの?」

「ちょっと臆郷まで買い物に行きたいんだけど、一人じゃ寂しいからさ。お願い、ちょっと付き合ってくれない?」


蒔絵は両手を合わせてお願いしてきた。


「付き合ってもいいけど、部活は? 宗次郎から聞いたけど、今年最後の大会があるんでしょ?」


蒔絵は宗次郎の所属する剣道部の部長である。その部の代表である蒔絵が部活をサボるのはいいことではない。


「その大会、新人戦よ。一年生以外は出られないのよ。まだしばらく顔は出しに行くつもりだったけど、行かないといけないところもあるし、サボりたい気分だしね」


蒔絵は平気な顔でそんなことを言ってきた。


「―――蒔絵、なにかあったの?」


「・・・・・・なんで?」


私の声のトーンで気付いたのか、蒔絵も真剣な顔つきに変わる。


「だって、あんなに部活熱心だったから。それなのに出場しないにしても大会前に部活をサボるなんて、変だと思って」

「んー、ホントはあたしが今後部活に通ってもプラスになることってないんだよね。ゆーて3年生は半ば引退だし? あたしがあんまり部活に顔出すと新守にいもりさんにも悪いし、後輩も練習に集中したいだろうしさ。部活してない葵にはわかんないと思うけど、先輩のプレッシャーってけっこうキツいんだよ~。あたしはみんなに喝を入れるつもりで行ってるから悪いとは思わないけど、後輩からすれば迷惑なんだよね。

それに今日は葵が久しぶりに学校に来たでしょ。あたしゃ〜寂しくて寂しくて、毎日佐蔵をイジめるのも飽きちゃったからさ」


そう言って蒔絵はバツが悪そうに頭をかいた。


「・・・・・・」

「うっ、何よ?」

「蒔絵。今言ったこと、全部本気?」


「・・・・・・わかったよ。正直に話す、白状します。白状するとね、葵、なんかすごく不安そうだったから、元気付けられたらいいなって思ったの」

「そのために、臆郷まで行こうって言ったの? 部活もサボって?」

「でも、あたしが言った言葉に嘘はないよ。今のあたしが部活に顔を出しても後輩が気を遣うだけだし、用事があるのも、寂しかったってのも本当。葵の顔色うかがったみたいに聞えたんだったら謝るよ」

「そんな、蒔ちゃんが謝ることはないよ。私のことで部活を休むようなことしちゃったら宗次郎にも悪いと思っただけだし」

「部活のことは葵が気にする必要はないよ。部長の引き継ぎが終わってないのはあるけど、もともと新守さんもしっかりしてる子だし、あたしがこれ以上出しゃばって先輩風吹かす必要もないしね。

・・・・・・それよりさ。放課後、付き合ってくれる?」

「わかった。いいよ、付き合っても」

「やった。ありがとー。最近臆郷物騒だから一人で行くのって少し不安だったんだよねー」


蒔絵は喜んでいるようだ。本音の本音は、最後の一言が全てのような気もしたが、ツッコまないでおいてやろう。蒔絵は私の両手を取り、ブンブンと握手をした。


「!?」


蒔絵が手を握った瞬間、違和感を覚えた。触れられた手が、驚くほど冷たい。


「あっ、ごめん、冷たかった? 最近冷え性が酷くてさ、困ってんのよ」


あははと蒔絵は笑った。ただの冷え性なら、深く心配する必要はないようだ。




しばらく蒔絵と話をしていると、午後の授業開始を告げるチャイムの音が響いた。


「あ、やっべ。チャイム鳴っちゃった。葵、急いで戻ろうか」


バタバタと片付ける蒔絵にそうねと返事をし、二人揃って早足で教室へ戻った。


///


一日全ての授業終了を告げるチャイムが校舎全体に鳴り響いた。


午前中の授業はほとんど参加できなかったが、昼休みを機に身体は本来の調子を取り戻し始め、気分は比較的すっきりとしている。その後は何の変化もなく、そのまま放課後を告げる時間となった。


教室の中や廊下は次第に騒がしくなり始め、たくさんの生徒が流れていた。


「葵〜、あたしたちもそろそろ帰ろうっか」


蒔絵は帰る準備が済んだのだろう、窓際の私の席までやってきた。


「あっ、ちょっと待ってて。すぐ終わるから」


廊下を流れる生徒を見ているうちに手が止まっていたようだ。私は帰る準備を再開した。


「ゴメン、お待たせ」


帰る準備が整い、カバンを持って席から立ち上がると―――


「あれ? 葵、何か落としたよ」


蒔絵はそう言うと私の椅子の下に落ちた物を拾った。


「葵がいつも持っているペンダントだ。ん? でも、壊れちゃってるっぽい?」

「うそっ!?」


蒔絵が拾ったペンダントを受け取った。どこかに引っ掛けたのか、蒔絵の言ったとおり、ペンダントのチェーンが切れてしまっていた。


「どうしよう。これ、夏喜の形見だったのに・・・・・・。これって直せないかな?」

「ん〜、この金具はもう使い物にならないかもね。きれいに折れちゃってるし。切れたチェーンをどうするかより、新しいのを買ったほうがいいのかも」


なるほど。形が変わってしまうのはしのびないが、直せないならそのほうがいいのかもしれない。


「ん。とりあえず直してみて、できそうになかったら考えてみる。その時は蒔ちゃんも手伝ってね」

「ガッテンショウチノスケ、御安い御用さ!」


壊れたペンダントを丁寧にカバンの小ポケットへと戻した。


「どうせ臆郷まで行くんだしさ、ついでにペンダントの部品も見ちゃおうか」


その方がまとめて用事が済むのでいいかもしれない。蒔絵にそうしようと答え、私たちは二人きりになった教室を後にした。



///



蒔絵の買い物は書籍の新刊と冷え性に利く漢方薬の購入だった。


私は家の食材と壊れたペンダントを直すための金具と工具を買い、二人で大型デパートの外に出た。


二人の買い物が終わったときにはすでに外は暗く、帰宅ラッシュと重なったのか、スーツを着た人が多く見られた。日も暗くなっているためか、外の空気は案外肌寒くなっている。


「今日は結構冷え込んでるみたいね。こんなに寒いのは久しぶりだよ」


今日みたいな冷え込みは確かに久しぶりだ。冷え込みに対して、私達の装いが明らかに軽いのが油断の証だ。


ここ数年、雪なんて降っていない街だが、もしかしたら今年の冬は降るかもしれない。


「それにしても寒いよ。昼間はあんなに暖かかったのにさ」


冷え性に悩んでいる蒔絵にはこの気温は少々堪えるようだ。今日は冷え性でない人でも寒く感じるだろう。冷たい空気は普段より強く、強い風のために体感温度は実際の気温よりかなり低く感じてしまう。


「本当に寒いね。急いで帰ろっか」


蒔絵は腕を擦りながら、うんと答えた。



///



帰宅ラッシュの電車に揺られ、寒さから逃げるように倖田町に戻ってきた。時刻はすでに7時を過ぎており、こちらの町もすっかり暗くなっている。


臆郷とは違い、街灯より高い建物が少ないこの町では月が明かりを照らし出しているのがわかった。まだ高い位置に昇ってない月だったが、空には雲がほとんどなく、月の姿がはっきりと見えている。


時折吹き付ける風は冷たく、静かに頬を通り抜ける。空は暗く、薄く月の明かりが広がっている。雲はなく、月の周りには小さな星が光る。


それは静かな夜。何もない平凡な一日の終わりを告げる小さな光。その周りに広がる薄暗い闇が夜を象る。駅を出てしばらく歩いていると小さな公園に行き着いた。


「じゃあね、葵。今日は買い物付き合ってくれたありがとう。また明日ね〜」


私たちの家は町の中心にある小さな公園を挟んで、ちょうど正反対側にある。


「お互い様だよ。それじゃ、また明日」


私たちはお互いに手を振り、各々の帰路に就いた。倖田町を一望できる場所にある倉山邸まで公園から歩いてだいたい三十分。寒空の下での寂しい散歩になるが、たまにはいいだろう。カチャカチャと金属音を出す工具の入った袋を揺らしながら、薄く照らされた夜道を歩いた。




///




お山の入り口に着くころにはすっかり月は高く昇り、静かに照らし出している。


夜の道に聞こえてくるのは風の音。木々の隙間を吹き付ける風は虫の音のように響き渡る。


振り返る目に映るのは、明らかに数が少なくなってきた街灯より伸びるひとり分の影法師。その周りには何も無く、ピッタリと私の足についてくる。


「結構遅くなっちゃったかな・・・・・・」


もう宗次朗は帰ってきているだろうか。大会が近いと言っていたから、もしかしたらまだ学校に残っているのかもしれない。


お山も中腹まで登ると、ついには街灯がなくなり、月明かりだけが唯一の光源となっていた。道が舗装されているだけで救われたような気持ちにすらなる。


「―――」


いつもそんな静けさを眺めていると、よくわからない不安に襲われる。静かな世界に過ごしていると、唐突に起こる何かで壊れ、そのまま全てを失ってしまうような、そんな気持ちになる。


事故のトラウマを知らぬうちに抱え込んでいるのだろう。覚えていなくても、体に刻まれた傷はそれを知っているのだから。


それはいつ頃からだろうか。初めてこの町に来た時からか。或いは。それとも夏喜が亡くなってしまってからか。


おそらくこの不安は何年先になっても解消されることはないのかもしれない。


「―――考えすぎかな」


重たい荷物を持ち続けていた為、腕が棒の様になっている。もうすぐ家に着くまでの辛抱だが、頑張って軽めの登山を続けるとしますか。




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