レクイエム・イヴ
まきえ
第1章 邂逅
第1話 1st day.-1<ハジマリの謳歌/PROLOGUE>
<ハジマリの謳歌/PROLOGUE>
―――轟音とともに閃光が奔る。
稲妻は視界を焼き、死をも思わせる雷鳴は、いとも簡単にこちらの思考を麻痺させた。目の前で行われる戦慄は、夢の続きだと思いたかったのに、容赦のない暴力がこの身を焦がさんと疾走する。
「―――野暮のことをするやつだ。貴様の相手はオレだろう」
一瞬、これは死後の世界かと錯覚する。
先程まで遠くに立っていた蒼色のローブを羽織った男が、私の視界を塞ぐように立ちはだかる。その手には、禍々しいほどの造形をした、それでいて神々しくも感じさせる長物があった。
月明かりを反射するその穂先には、電気が跳ねるようにバチバチと音を立てている。
―――目の前で起こる全てが、私の常識の外で錯綜する。
「あなた、は、・・・・・・」
「アオイ、説明は後だ。―――ナツキが遺した石はどこにある?」
いつか見た、夢で会っただろう男が口を開く。彼は当たり前のように私の名前を口にし、そして、養母の名前も知っていた。
「石って、ペンダントの宝石のこと? それならここに―――」
「―――『
遠くから呪文のように唱えられた言葉をトリガーに、目の前の男の右腕が爆ぜる。吹き出た血が男の周囲を汚した。
「なっ―――!? ぐっ、痛っ―――」
男は苦痛の表情を浮かべ、手にした槍を地面に落とす。
傷口を抑え、苦悶に満ちた顔で、男が―――目線の先にいる乱暴に切りそろえられた白髪の男を睨みつける。
「なるほど・・・・・・。セカンドアクションの法術とは、油断した」
膝をついた男を睨みつける、白髪の巨漢。その身の丈は目の前の男よりもわずかに高く、体格もガッチリしていた。額には大きく見開かれた第三の眼があり、鬼の様な形相だった。
男の腕から吹き出る血に寒気がした。満身創痍の男と、傍らで傷ついている弟を見比べ、今この場にいる者たちの生死がもろくも崩れるような気がした。
「お前たちはここから出るな」
腕の傷を抑えた男は地に落ちた槍を拾い、その穂先で空間をなぞる。
「―――『アンスールオス』―――」
聞き慣れぬ言葉とともに、眼前に微光が浮かぶ。私と弟の周囲を囲うように広がった光のカーテンは、暗夜に鮮緑色が朧気に輝き、この身を護らんとする壁となった。
「へぇ〜、なかなか良い概念城壁だ。
クゲンと呼ばれた大柄の男の影に隠れ、幼い声が聞こえる。クゲンの奥に、左眼に大きな眼帯をした少女が笑みを浮かべながら立っていた。闇夜に溶けるほどの長い黒髪が風に靡く。短く切りそろえられた前髪で、肌の白さが目立つ。
「なるほど、それほどの魔力を持っているのになぜそのような武具を使うか疑問だったが、貴様は本来騎士の出ではないらしい―――だが、この先、貴様が生き長らえる希望すらないことを知れ」
クゲンの左腕が紅く輝く。次第にバチバチと音を立てて電気が漏れる。帯電する左腕を掲げた先に、男の顔は殺意の孕んだ物となっていた。
空気を飲み込むほどの殺気は、こちらの首を絞めるかのような緊張感。周囲の空気を飲み込む閉塞感。
その中で、目の前の傷だらけの男が長物を構えた。
「そんな腕でどうするつもりだ。まさか、その状態でワタシの力を受け止めれるとでも?」
「なるほど、これほどの魔力を練り上げるとは恐れ入る。―――その力、このジューダスが全力で受けてやるよ」
ジューダスと名乗った男は、クゲンの言葉に軽口で答える。焦りの表情にすら見える男の挑発するような言葉は負け惜しみにも聞こえる。
「愚かな。―――ならば死ね」
クゲンの左腕がジューダスへと揮われ、―――
「―――『
―――その光は放たれた。
それは雷のように―――いや、まさに雷のそれだった。認識した段階で、先程のものとは違うと理解した。
こちらの脳をも焦がすほどの殺意に、"死"のイメージを叩きつける。この訳のわからない場面にいながら、訳のわからないまま殺されそうになっている。
かばうように立っていたジューダスは、――――――
「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!!」
―――その解号を持って、雷へと対峙した。
轟音とともに、クゲンの放った雷を撃ち落とす。その所業は、奇しくも同じく『雷撃』であった。衝突の余波で、庭が大きく抉れ、土煙が舞い上がる。
そして、私の人生に、大きな綻びが発生したことをまざまざと見せつけた。
1st day./ハジマリの謳歌/PROLOGUE
降り止まぬ雨が、地面で跳ねた。幾多もの雨粒は飽きることなく、地面への自由落下を繰り返す。身体を叩く冷たい雨は、より鮮明になるようにと意識を覚醒させ続ける。
薄れゆこうとする意識を健気にもつなぎとめ続け、けれど健気さ故に鬱陶しくもあった。身体を動かすことが億劫で、そのまま眠ってしまいたいのに、顔を叩く雨はそれをさせてくれなかった。
辛いことを実感せぬように、現実から逃げようと、そのまま瞼を閉じれば全てがなくなると思っているのに。
ふと、―――視界の隅では、なにか、よくないものが見えた。
飛び散った何か。千切れた何か。
ぼやけた視界の中で、ボロボロの断面だけが、やけにはっきりとしていたのを覚えている。
何か、魚の頭を腕力だけで胴と切り離したような、そんな断面。そこから流れ出る何かに。すこし、蛇口の空いたホースから流れ出る水のような、何か。
ああ。これが現実なんだと、実感させられる。
視界が霞む。視界を砂嵐が覆っていく。ゆっくりと、カラーからモノクロへ、モノクロからそのままゆっくりと暗転していくように、視界が消えていく。
旅立ちはすぐそこに、左腕に突き刺さる痛みも次第に引いていく。
―――千切れた”
_go to "everyday".
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