第9話 入隊 2229年4月
広いグランドの端に俺たちは整列して立っていた。照りつける太陽が眩しい。6年前のあの日、真っ赤に染まってしまった空は翌日からは青さを取り戻していた。脇には教官や士官と思わしき面々が並んでいる。今日は俺たちの入隊式だった。なんだか偉そうな人々の話を長々と聞き、そろそろ式は終わりに近づいている所だった。
一人の男が俺たちの前に立った。鋭い目つきの男は軍服で身を包んでおり、徽章からはそれなりの階級であることがわかる。男が深みのある低い声で話し始める。
「本日より君たちの教官長を務める、カール・ハイツ軍曹だ。知っての通り、日本国には6年前から図々しくも居候を続けている奴らがいる。そう『カタグリフ』だ。君たちにはこれから半年間、奴らの狩り方を学んでもらうことになる。文字通り命懸けでな。当然奴らのせいで国交断絶され、領土も半分以上が奪われた状態だ。役に立たんやつを養う余裕は我が国にはない。無能と判断したやつにはすぐに軍を去ってもらう。もちろんたとえ有能だとしても怠惰なやつにもすぐに出ていってもらう。君たちがなぜ、何のためにそこに立っているのか、よくよく考えておくように。以上だ」
その男、改めカール教官は話終わるとさっさとその場を離れてしまった。そういえば式の最初の方には居なかった。脇に並んでいる上官たちは一様に渋い顔をしていた。
式が終わると別の教官と思わしき人物が出てきてこれからの予定を説明してくれた。今度は女性だった。
「これから皆さんを宿舎へご案内します。そして指定された部屋で待機をお願いします。そこが今後皆さんが生活する部屋となっております。同室となった同僚とアイスブレイクでもしておくと良いでしょう。準備が整い次第、支給品の配給が始まります。放送で順次、部屋毎にお呼びしますので受け取りに行ってください。本日皆さんにお願いすることは以上になります。以後、最後の平穏な1日をお楽しみください」
「はっ!?」
平穏ならないセリフを最後に立ち去っていく教官に思わず口を出してしまった。まわりもざわつき始める。
「静粛に!!」
そして何事もなかったかのように俺たち新入隊員を誘導し始めたのだった。
指示通りに移動していくとして指定された部屋が見えてきた。扉を開ける。
「ん?」
「あっ」
先客が居たようだった。俺よりも少し背が高く。茶髪の男だ。
「渡征魁だ。今日からよろしく」
俺がそう言うと男はめんどくさそうに答えた。
「あぁ、レイハン・シュタレホンだ。よろしく」
特に話すこともないので適当にクローゼットを開き荷物を整理することにした。ベッドが5つある。5人部屋なのだろう。広くは無い、寧ろ少し狭いくらいだ。するとドアが開き、誰かが入ってきた。
「でさぁ、そしたらそいつ狂ったようにギター振り回し始めてさ……お?先客か?ちーっす!」
「初めまして、ボーデン・マハンです。よろしく」
「俺は加賀見かがみ 輝男ておだ。よろしくなー」
軽い感じで背が低めの男とやけに礼儀正しい長身の男が入ってきた。
「渡征魁だ。よろしく」
「……」
レイハンは荷物の整理に忙しいらしい。
「こいつはレイハンだ」
(なんで俺が紹介してんだよ)
そうこうしているともう一人男が入ってきた。ベッドの数を見るに最後の一人だろう。
「やあやあ待たせたねー諸君」
今度はやけに偉そうなやつだった。男は続ける。
「ホロックス 凌雅りょうがだ。俺は君たちとは違ってキャリアの道を行くのでね。今のうちにゴマでも擦っておくといい」
凌雅にレイハンを除いた3人で自己紹介する。名前を聞くたびに鼻で笑ったように「ふっ」とか言うのが妙にムカついた。
「100号室から150号室の者は配給を受け取りに行くように」
部屋に取り付けられたスピーカーから声が聞こえた。俺たちの部屋も含まれている。俺たちは部屋を後にした。
その後はなんてことはない一日だった。食事の時間があり、それ以外は設備の案内に費やされた。夜、就寝前に5人で話す時間があった。それぞれの出身地と6年前の話、なぜ入隊したのか、などなどだ。テオは英雄になりたいのだそうだ。自分の英雄像を熱く語っていた。ボーデンは家族を養うため、レイハンは特に何も言わなかった。凌雅はよく分からないことを言っていた。
「俺がエリートになるのは当然のことだ。まぁお前らには?この感覚は分からないだろうよ」
だそうだ。確かに俺らにはさっぱり分からなかった。そして俺は……
「俺は奪われた故郷を取り戻す。そして両親を探したい」
事情を話すとテオとボーデンは励ましてくれた。結構いい奴らじゃないか……
テリスと夜風はどうしてるだろうか。入隊式前から一度も会っていない。あいつらの事だからうまくやっているだろうが少し気になる。そういえば入隊式前に妙なことがあった。
「入隊式って何するんだろ?」
俺が呟くとテリスが答える。
「そんなんお偉いさんからありがたいお話を頂いて時間を浪費するに決まってるだろ?」
「そんなこと言ったらだめでしょう!」
夜風がテリスの冗談を窘める。駐屯地の門が見えてきた。そばには立派な桜が咲いていて、入隊式会場と書かれた看板が建てられている。その周りでは多くの人々が涙ながらに別れを言い合っていた。俺たちはこれから化け物の巣窟に挑んで行くことになる。家族と話せるのは今日が最後かもしれないのだ。俺たちが門を通り過ぎようとすると、桜のそばにいた男が声をかけてきた。
「ウソコカ、ラサキワ、ハメツーダゾ」
男はフードをかぶっており、顔がよく見えないが20代後半くらいのように見える。
「なんて言ったんですか?破滅?っていいました?」
聞いてみたがそれっきり男は黙ってしまった。
「誰と話してるんだ?早く行こうぜ?」
テリスが先を促したので俺はそのまま通り過ぎることにする。夜風が怪訝そうに言う。
「どうしたの?ちょっと怖かったよ?」
「なんか不審なことも言ってたしな」
「ん??誰かの悪ふざけじゃないか?新兵をお猪口って遊んでる的な」
テリスが調子のいいことを言い出す。それを聞くとなんかどうでも良くなった。あまり気にしないことにしよう。
「なんだったんだろな……」
今になって少し気になり始めた。明日以降、あの男にあったら真意を聞くことにしよう。
こうして俺の入隊初日は終わった。
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