どんな時でも妹を優先するんですね?その代わり私は、私を一番に考えてくれる人を選びます
仲仁へび(旧:離久)
第1話
私には婚約者がいる。
優しくて、親切で、真面目。そして思いやりのある人だ。
しかしそれは、妹にだけなのだ。
「大丈夫かい? 辛かったら兄の俺に言うんだよ」
目の前にいる彼は、ベッドの上にいる妹に親身になって話しかけている。
「欲しい物があったら、買ってきてあげる」
今の彼の頭には私の事などまるでないのだろう。
「何かしてほしい事はないかな」
この男性を見た時、普通だったら、妹想いの兄に見えるはずだ。
しかし、彼のそれは常軌を逸している。
だから、私には普通には見えないかった。
なぜなら、彼の妹ですら「あの、お兄様。私は大丈夫なので、婚約者さんと一緒にいてあげて下さい」と引いている始末なのだから。
妹さんから、さいさん促されてようやくだった。
婚約者が、私を連れてその場を離れたのは。
今日は一緒に町まで出かけようと約束をしていたというのに。
私達は、歴史的な出土品が多いという、町へ向かった。
その町は、観光名所としても有名な町だ。
歴史をひっくりかえすような品物がたまに出てくるとかで、考古学者たちのだけだなく一般市民達の間でも噂になっている。
出土品を見つけた功績は、貴族が時折り立てる功績にも釣り合ってしまうとか。
だが、観光地なので、その町の特色はそれだけではない。
古代にあった淡い色調の町並みを模した景観は、どの街よりも素晴らしい特徴だと聞く。
恋人達が遊びたい町としてよく名前が挙がるくらいだ。
ここは、婚約者である彼の領地なのだから、彼はさぞ鼻が高いだろう。
と、推測していたが、私の思い違いだったようだ。
「そういえば、今日は約束があったね。すまない」
今まで何を考えていたのだか。
私との事をようやく思い出してくれたようだ。
現地に来てから。
でも、彼は悪びれた様子をみせない。
「しかし分かってくれるだろう? 妹は体が弱いんだ。世話をしてあげないと可哀そうなんだ」
彼とは、毎回似たようなやり取りをしている。
私はそんな彼の態度に苦言を呈した。
「しかし、妹さんももうすぐ成人しますわよ。その年になるまで兄弟にあれこれ世話を焼かれるのは、抵抗があるのではないかしら」
「なんて冷たい事を言うんだ。兄弟なんだから、心配して当然のことなのに」
「程度の問題だと言っているのです」
しかし、この話の切りどころがいつも分からない。
私達の話しはいつも平行線で、いつまでたってもそのままなのだから、永遠に終わらない。
だから結局は私が折れるしかないのだ。
「よしましょう。今日はせっかく遊びに来ているのですから」
「話したい事はまだ終わってないが、そうだね」
その後は、ぎこちない空気のまま、本屋や雑貨屋などを巡っていった。
好きな本を見繕っていた時間でも、あまり楽しい気分にはなれなかった。
婚約者とその妹。
彼等の間には複雑な問題がある。
私の婚約者は、名門貴族の跡継ぎとして期待をかけられた人物だ。
しかし今は乗り越えていたとしても、かつては、その期待を重荷に感じていた事があったらしい。
子供時代は大層荒れていたそうだ。
しかし、親戚から一人の少女を引き取ってから、彼はガラっと変わった。
自分の行いを改めて、真面目に跡継ぎとしての勉強を頑張る事にしたらしい。
これだけを聞けば良い話なのだが。
彼の愛情はやりすぎた。
妹が自発的に何かしようとしても「危ないからそれは駄目だ」体調が良い日にどこかに行こうとしても「目が届かない所にはいかないでくれ」と言う。
こんな兄を持っていたら息が詰まってしまうだろう。
しかも私が一緒にいる時でも、婚約者であるはずの彼は絶えず妹を気に掛ける。
可哀そうだから「いつも一緒にいてあげたいんだ」と。
心配だから「できるだけ、何でもしてあげるべきなんだ」とも言う。
いつもとは言わないが、曲がりなりにも婚約者なのだから、傍にいる時くらい私の事を一番に考えてほしいと思う。それは、そんなに我儘で冷たい事なのだろうか。
婚約者との時間を過ごした後、町の外。彼とはそこで別れる。
本当は、こういった時は男の人が女性を送っていくのが礼儀だった。
時間がない時や急用がある時以外、男性が恋人である女性を無事に家まで送りとどけてあげるのが、一般的だった。
それは平民でも貴族でも変わらない。
最近流行している恋物語「怪盗と王女の逢瀬」の内容の影響や、近頃この辺りで野盗が多く出没している、という話のせいもあるけれど。
「早く妹の様子を知りたいからね。ここでお別れだ。分かってくれるだろう」
「怪盗と王女の逢瀬、本を買われたのですね」
自分の都合を分かってもらえるのが普通だと思い込んでる婚約者に、まともな応答をするのが疲れてしまった。
そのため、私は話をそらしていた。
話題に出すのは、つい数時間前に彼が購入した本について。
「ああ、妹が読みたがっていたんだ」
「そうですの」
その本は、仲の良い友人や恋人に贈るのが最近の流行になっている。
普通、こういった状況では婚約者に贈るのではないだろうか。
それか、二冊買っておいて、妹にも婚約者にも贈るとか。
私に本を贈るという選択肢を、脳裏に思い浮かべなかったのだろうか。
とぼとぼと歩きながら帰途についていると、どこかの本屋の店員が、話しかけてきた。
自身のなさそうな、不安そうな顔をした男性だ。
彼は何かを差し出してきた。
「あの、これをどうぞ」
「え?」
反射的にそれを受け取ってしまう。
うかつにも、見ず知らずの者から。
もらったのは、婚約者がくれなかった本「怪盗と王女の逢瀬」だ。
「いいんですか?」
「ちょっとシミがついてしまって、堂々と売るにははばかられる品物なんです。差し出がましい行いかもしれませんが、本好きの人に読んでほしいと」
「ありがとうございます」
確かに眺めてみると、背表紙に小さなシミがついていた。
そのシミが、いつついたものか分からないけれど、色合いからして最近のものである事は間違いなかった。
「婚約者がいる女に贈り物だなんて、誤解されても知りませんわよ」
「ええっ!? そういうつもりじゃ」
「ふふっ、分かっていますわ。ただの処分予定品の処理ですものね」
「はっ、はい」
私と婚約者の関係は歪だ。
そんな歪な関係を続けていたのだから、破綻するのは分かりきっていた。
「君との婚約を無しにしようと思う。俺は一生、妹と共に生きていくよ」
「本気ですの? 多くの人に迷惑がかかかるんですよの。それでも婚約を無しにしようと言うんですの」
「ああ、そうだ。君はちっとも俺の気持ちを理解してくれなかった。妹も大事にしてくれない。だから婚約を破棄する」
「勝手ですわね」
とうとう関係が破綻する日が来てしまったらしい。私は彼に、婚約破棄されてしまった。
彼の事などそれほど好きではなかったため、思いの丈が復讐心に変わるような事はなかったが、憤りはあった。
あんな自分勝手な男と、結婚の約束をしてしまった、自分の見る目のなさに。
後日、家の両親と彼がもめているという話が聞こえてきたが、詳しい事は分からなかった。
数日の期間を置いて、気分転換する気になった私は、久々に町へ出ていた。
そこで例の本屋の店員を探してみる。
始まりは、元婚約者の不快な言動がきっかけとなったが、彼がしてくれた心遣いは普通に嬉しかった。だからお礼をしたかったのだ。
あまり行った事が無い本屋だったため、迷ってしまったが、どうにか探し出す事に成功した。
私は、貴族の権力をふりかざして手に入れた一品を、相手に手渡す。
権力は、使い方を間違えると悲惨な事になるが、こういう使い方をするなら、きっとそれなりの人が幸せになれる。
「世界で十冊しかない幻の本ですわ。かの有名な作家が書いた本で「怪盗と王女の逢瀬」の後に書かれた本。どうですの?」
「ほっ、本物じゃないですか! すごい! でもどうしてこれを?」
「差し上げますわ」
「えぇっ!?」
「怪盗と王女の逢瀬」を知っているなら、誰でも読みたくなる続編だ。
店に飾っておくだけで、客寄せに効果的だろう。
しかし、「いやいや受け取れません」と遠慮する彼は手ごわかった。
「いえいえ、受け取ってください。私の恩返しのためにも」と押し付けようとする私も、なかなか頑固だったが。
そのあと何回か「いえいえ」「いやいや」が続いたが。
最終的には処分品を必要な人にあげただけだから、という事になって、数日貸すだけになってしまった。
「有名すぎる本は盗難されても困りますし。気持ちだけ受け取っておきますよ」
「貴方って、すごく損な性格してるわね」
「よく言われます」
少ない時間だったけれど「彼といる時間」は、婚約者として形だけ傍にいた「あの男との時間」よりよっぽど、楽しかった。
だから、表面上でだけはない、優しくて、親切で、真面目な性格の彼に好意が募っていった。
しかし、彼は平民だ。貴族令嬢として付き合うべきではない。
私はその恋心を胸に秘めたままにするつもりだった。
事態が変わったのは、元婚約者であった彼が実家を追放されてから。
例の婚約破棄は、元婚約者であった彼が勝手にやった事だったらしい。
それで両親の怒りに触れて、家から追いだされてしまったようだ。
今は、体の弱い妹が、後を継ぐことになっている。
将来を見越すと、解決しなければならない問題が多くなるが、両親は「勝手に物事を決める息子よりは妹の方が良い」と思ったのだろう。
不思議な事に兄がいなくなった後、妹の体調はみるみる回復していった。
ひょっとしたら過保護な兄が四六時中張り付いているという精神的な負荷が、彼女の回復を妨げていたのかもしれない。
それで元気になった後。彼女は、婚約を解消されてしまった私の事を気にかけてくれた。
「兄がご迷惑をおかけしました。今回の問題は、身内を御しきれなかったこちらに非があります」
わざわざそう頭を下げて、謝ってくれたのだ。
それだけでなく、私の次の恋の後押しまでしてくれた。
「歴史的に重要な資料の発見」という功績を彼にあたえて、貴族である私と身分がぎりぎりつりあうようにしてくれたのだ。
彼女の領地で発掘された歴史的資料、を利用させてもらった。
でも、押し付けるのは嫌なので、彼が私の事を好いているかどうか確かめてからにしたが。
その間、情熱的な告白を聞いて私達の恋バナが止まらなくなった話は省いても良いだろう。
小さな教会の中で私達は顔を突き合わせていた。
「まさか、偶然観光に行った場所で、古代文明の生活様式が記された資料が見つかるとは思わなかったよ」
「そっ、そうですわね」
「これで、歴史的な事実への見方が百八十度変わってしまうと思うと、ちょっと怖いな」
「でっ、ですわね」
舞台裏を知っている私からすると、私も彼と同じように(方向性は違うが)冷や汗ものの毎日だったが。
その時、遠くに見覚えのある男がいるのが見えた。
追い出された、と聞いたがまだこの辺りをふらふらしていたらしい。
彼は愕然とした顔で、こちらを見つめていた。
ふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくるものだから、警備している者達にすぐに取り押さえられてしまった。
「何でだ! 何でごく当たり前のことをした俺がこんな目にあって、あいつがあんな幸せそうな顔をしてやらなくちゃいけないんだ! 頑張らなくても良いと言ってくれた妹を、兄である俺が守ろうとして何がいけないというんだ」
私は彼に近づいていく。
「残念ですわね。貴方の当たり前が私達の当たり前ではなかった。それだけの事ではありません?」
私は、にっこりと笑って彼にそう言ってやった。
「これに懲りたら、少しは人の気持ちを考えてくださいな」
悪気がなかった分、まだマシなので、靴で踏んづけてやろうと思ったがやめにしておいた。
それにそんな所は、背後から追いついてきた彼に見せたくないし。
「くそっ」
元婚約者は連行されていく。
私は「どうしたの?」と不思議そうな顔をする彼に「何でもありませんわ」と告げた。
彼があの男の顔を覚えていないようでよかった。
彼は私を一番に見てくれる。
いつだって私の事を考えていてくれる。
こちらに対してただひたむきに愛をむけてくれるのだ。
誰かからこんな風に真摯に思われたことのなかった私には、強すぎる愛だ。
それは一見、私を捨てた元婚約者が抱いていた愛にも似ているけれど、きっと決定的に違う。
「(ボソボソ)そんなに頑張らなくても、いつか同じことをしてやろうと思ってたのにな」
「えっ、何か言いました?」
「なんでもないよ。あっそういえば、ドレスの選定がまだだったよね。どうなってるのか聞いてくるよ」
急ぐように彼は、数日後に行う式について確認するために、その場を離れていった。
どんな時でも妹を優先するんですね?その代わり私は、私を一番に考えてくれる人を選びます 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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