はじめましての距離

@chauchau

最後の戦いの裏側で


「何をなさっているのですか」


「見て分からんか」


「行為自体は分かります。行動理由をお尋ねいたしました」


「そんなことも分からんのか」


「予想は付くのですが、正直に申せば外れてほしいと考えております」


 数千万を超える魔族の王たる魔王に直接もの申せる存在など限られている。更に、魔王の私室へ足を踏み入れる許可を得ているという条件を付け加えるとなおさらであった。

 魔王軍のなかでも数少ない名誉を預かる魔王秘書は、任を頂いた際はそれこそ故郷に錦を飾ることが出来たと大喜びしたものだった。そう。だった。


「これはだな」


「はい」


「勇者とはじめて会う時の衣装を選んでいるのだ」


「外れてほしかったなぁ」


「何か申したか」


「いえ、何も。……、御言葉ですが、魔王様には由緒正しき歴代魔王様の武具があるではございませんか。何も悩まれることなどありはしないかと」


「やれやれ」


 部下の失言を許す王。

 偉大なる優しき王とも思える言葉だが、パンツを両手にびよんびよんさせながら言われれば、むしろやれやれと言いたいのは秘書のほうである。


「其方に言葉を贈ろう」


「ありがたき幸せ」


「オシャレとは見えないところまで気を配るものである」


「受け取りたくないなぁ」


「何か申したか」


「感銘を受けておりました」


 なるほど確かにパンツと言えば、見えないオシャレの筆頭と言えるかもしれない。

 だからといって、自身の全てを捧げると誓った御方が百を超えるパンツを前に悩む姿など見たくはないというのが秘書の本音である。


「百歩譲って」


「なぜ譲る必要がある」


「失礼致しました、失言でございます。十歩譲って」


「譲りはするのか……」


「オシャレは見えないところまで、なるほど確かにその通りでございます。ございますが、なにゆえ……、選ばれているパンツがすべてピッチピチのブーメランばかりなのでございましょう」


「趣味だが?」


「知りたくなかったなぁ」


 それもいままさに魔王が手にしているパンツは、紫色のラメ入りキラキラぴっちぴちブーメランパンツである。穿いてしまえばもっこりでは済まされない。


「尻が引き締まると気合いが入るのだ」


「左様でございますか。では、燃やしても宜しいですね」


「そこはせめて、ですか? と許可を、ぬぉぉ! 我が輩のパンツがぁぁ!!」


「魔王様のパンツはボクサーかトランクスのみと国法で定められております」


「聞いたこともない」


「全てを知るには生命というものは短すぎるというではありませんか」


「なるほど、一理ある」


 百を超えるパンツをすべて燃やすのは優秀な秘書と言えど、時間を有した。なにせ、出るわ出るわとそこかしこからパンツが出てくるのである。百を超えるどころか千を越えそうであった。


「ほう。これは魔王四天王の一人が誕生日祝いに送ってくれたものではないか」


「燃やします」


「せめて情けくらい……」


「奴にはあとで事情聴取を行います」


 全てのパンツを燃やすと魔王の私室は灰塗れとなってしまっていた。

 メイド達が必死に掃除するなか、一呼吸を置くこととなる。


「当日、魔王様のお召し物はこちらでご準備致します」


「ふむ……、其方が選んだものであれば不備はなかろう。苦労をかけるな」


「全くです」


「うむ?」


「この程度、苦労ではなく。魔王様にお仕えすることこそが我が喜び」


「素晴らしき部下を持てたことを誇りに思おう。時に、衣装は決まったとして」


「はい」


「やはり定番としては、世界を半分分けてやろうと言うべきだろうか」


「本気でございますか」


「そうなるとは思っていた。なにをもって歴代の魔王はこのような台詞を言っていたというのか」


 そのようなことをすれば暴動が起きるに決まっている。

 ヒトとは異なり、力を以てして支配する社会の魔族といえど、礼儀はあるのだ。


「ここはやはり、魔王様の威厳を以てして奴らめに絶望をたたき込み、失意の内に滅ぼすのが正道かと」


「すると、お茶に誘うのは駄目だな」


「駄目以外の何があるんだ?」


「何か申したか」


「わたくし如きには理解の及ばぬ高次元の考えに驚いておりました」


「うむ。我も勇者も直接まみえるのはこれがはじめてとなる。……、柄にもなくドキドキしてしまうな」


「正気でございますか」


「言葉に棘がないか? 魔王と勇者の戦いは決して、物語のようにハッピーエンドで終わるものではない。我ら魔王側が負けた歴史は多く残されている」


「存じております。物語のごとく魔王様が常に勝ち続けるものであればどれだけ心が軽くなりましょう」


「だからこそ、出来ることはすべてやりきらねばならん」


「はっ」


「お茶菓子の手配を頼めるか」


「落ち着け」



 ※※※



「くは……、はは、は……! 聞け、人間ども……」


「っ! まだ話せるのか!」


 秘書の四肢は飛び、心の臓を魔法の矢が打ち抜いた。

 代わりに得た対価が射手の腕一本。それも僧侶の奇跡で復元されていく。


 薄れゆく意識のなかで彼は、

 何もなし得なかった自身を恥じるよりも、

 敬愛する王に二度と会えなくなってしまったことを悲しむよりも、

 先に逝った戦友に会えることを懐かしむよりも、


「頼むから」


「無駄だ! 何を言われても俺達は、俺達の未来を!!」


 残された全てを捧げる。


「魔王様に、……はな、し……かけず、いきなり、たたか、え……」


「なんで!?」


 笑顔だった。

 これ以上ないほど秘書は穏やかな死を迎えることができた。


 秘書の言葉に勇者は叫んだ。

 つまりは、突っ込んだ。


 ボケ同士であれば恐ろしいことが起こる。

 だが、これで。


「心残りは、……な、い……」


「ちょっと待って! どういうこと!? 君、だって魔王の部下だよね! いきなり攻撃しろって、ちょっとぉぉ!?」

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