盗賊は宵闇に祈りを捧ぐ

ミドリ

序章 罰

第1話 罰

 暗い、床に落ちた蝋燭の灯りのみが揺れる、朽ち果てた神殿。塵と瓦礫だらけの床に、男がひとり力なく転がっていた。


 横たわる自分の身体が目に入るが、まるで他人の身体を見ているようだった。先程怪我を負った箇所からは、血が流れていた筈だ。だが、破れて血まみれの服の隙間からは傷ひとつない自身の綺麗な肌が見えた。


 足を動かそうとする。感覚がないが、目に入った自分の足が動いた。


「どういう……」


 すると、別の人間の足が視界に入ってきた。ゆらゆらと地面すれすれに揺れる白いローブ。人形のような滑らかな足の指が時折隙間から見える。裸足だった。灯りが暗過ぎて、顔は見えなかった。


「こういう事だ」


 中性的で魅惑に溢れた声からは、感情が伺えなかった。横倒しになっている、見慣れた自分の二の腕に輝く刀身が当てられる。銀色に光る細身の刀身は、切れ味が鋭そうだった。


「おいおい……待てよ」


 逃げなければ斬られる。身体を捩らせようとしたが、裸足に肘を踏まれた。本当に人形のようだ。体温が全く感じられない。というか、何も感じない。触られている感覚もない。男の心に、焦りが生まれた。


 躊躇なく刺さる刀身が、男の二の腕を裂いた。男は思わず目を瞑った。が、痛みはない。


 何も、ない。


 目を開けた。刀身はすでに抜かれていた。自身の二の腕から流れるのは、血、ではなかった。


 黒い、タールのような液体。何故、自分の身体からこのようなものが流れるのか。


 感情が皆無の冷たい声が非情にも伝えた。


「お前の中身は今から虚無だ」


 男は混乱する。日頃斜に構えていた自分が遠い昔のように感じた。まさに今、理解できない出来事が進行している。男は主役ではない。脇役でもない、ただの道具。


「お前もやってみるか?」


 肘を踏みつけている足を見つめた。


「今まで成功した奴はいたかな? 覚えがないが」


 その人物の声に、初めて感情らしきものが感じられた。侮蔑だ。


「集めてみろ」


 そう言うと、踏みつけられて動かない、自分の物だという感覚が全く無くなってしまった腕の上に、小さな石をバラバラと投げ捨てた。黒い、ひと粒ひと粒が小指の爪程度の大きさの石。


「お前の中身が近くに来ると教えてくれる。全部もし取り戻すことが出来たら、その時は許してやろう」


 先程までと違い、やけによく喋る。もしかして、楽しんでいるのだろうか、そんな疑問がふと浮かんだ。だが、うまく声が出せない。まさか、声も奪われたのか。いや、先程は話せた。喉が、枯れているのだ。恐怖で。


「そして見せてくれ。全部集まった時のお前の選択を」


 腕から足が離れたが、視覚でしか確認が出来ない。暗闇へと足が消えていった。


 石を拾わなければ。全て拾わなければ。


 男は感覚のない身体を起こし、石を拾い始めた。指の感覚もなく、掴んだのかが分からない。だが、恐怖で指は震える。


 先程腕に出来ていた穴は、もうどこにも無かった。腕を使って床から玉を掻き集めた。


 床にぽたり、と水滴が落ちた。


 知らない間に、涙が流れ落ちていた。

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