第35話 覚悟とは何だ
ベリルは思い出していた。
それは大魔導士ガルファイアと共に、『消失のトニー』こと大魔導士トニー・デニサイトを聖龍の元いた『聖龍の祠』へ連れて行った時の事であった。
ベリルは、残念ながら最後の魔法陣が発動してしまった後、別の隔離結界魔法に閉じ込めていたトニーを搬送することになった。
隔離結界魔法は万が一にも魔法陣が発動してしまった時のためにと設置していたのだが、想定していたことが幸いとなり、トニーは皮肉にも聖龍の強力な結界のおかげで怪我一つなく無事であった。
ベリルはドラゴンマスクの魔力でトニーの身体を持ち上げ、ガルファイアと共に飛翔魔法でウギーズ領を後にした。
そして、高度な結界が張り直された『聖龍の祠』に向かって飛んだのであった。
この二人の行動には訳があった。
最初はトニーを第三王子の目の前に引き立てて行き、そこで黒幕の正体を吐かせようと考えていたのだが、少々の自白魔法くらいではトニーは簡単には口を割らないだろうと判断し、いい方法が見つかるまで、しばらくこの祠に閉じ込める事にしたのだった。
この場所に決めた理由だが、必要な条件としてまず、
『トニーを捕まえていることを知られないこと』が第一条件だった。
つまり、場所的に噂が拡がらず、目立たないことが必要であったため、そのような理想的な隔離場所を検討する必要があった。
またそれに、加えて非常に重要な条件として『トニーを抑えつける力を有する者』が必要ということもあった。
そしてこれら全ての条件を具備する場所について検討し、設定したが街中ではそれらの条件に見合う場所がなかなか無かった。
『噂が拡がらない場所』という条件については、トニーの様な有名な魔導士を領内の公的な牢獄に留置すればいくら秘匿にしていても直ぐに噂が拡がり、さらにそれがトニーを雇った者に伝わることでトニーを奪還される可能性があった。
また『目に付きにくい場所』についても、上記の理由から誰にも見られず、それでいて彼を閉じ込めておける場所を探したが街中には皆無であった。
そして『トニーの力を抑えつける力を有する者』についてだが、トニーの様な大魔導士ともなれば、時間をかければ少々の結界ならば解除しかねないため、彼の能力を上回るだけの魔法使いの力が必要であった。
以上のような条件を満たす場所と人物として検討し、出された答えは『聖龍の祠』と『聖龍の力』しかなかった。
そのため、二人は『聖龍の祠』へ移動することになったのだった。
ベリルは移動中、色々と考える事があった。
それはまずトニーに対するいくつかの疑問だったが、自分の考えだけではどうしても解けない疑問だったためガルファイアに質問することになった。
「ガルファイア様、トニーさんは本当にデルスクローズ殿下から雇われたんでしょうか?」
この質問にはガルファイア自身も頷くところがあったようで、そもそも大魔導士ともなれば、人間同士の争いごとよりも、大規模な魔物の襲撃や天災と呼ばれる様な大災害や天変地異に対応するのが本来の役割というか宿命である。
それにも関わらず、トニーは人間同士の争い事に首を突っ込んでいた。
『何故?』
ガルファイアの頭の中には、これまで世界中で発生している様々な事象が全て一つの重要な何かに繋がっている様な気がしてならなかった。
そして言葉を吟味する様にボソリと口を開く。
「現世魔王…」
それはベリルにも考えられる程大きな選択肢であったのだが、あまりにも唐突過ぎるため考えないことにしていた。
トニーは人間だ。
ましてや自然災害や魔物、そしてそれを操ると言われる魔王は、大魔導士の立場上、敵対はすれどその配下に加わるなどという暴挙に出るなどとは決して考えられる事ではないからだった。
だが、考えれば考えるほどそれは真実味を帯びてくるのであった。
ーーー◇◇◇ーーー
ベリルとミロはフレイ山脈の近くまでやって来ていた。
『フレイ山脈の悪魔』と呼ばれるものが山頂付近にいると言われているのに、わざわざそこへ登っていこうとする奇特な人間はいなかったし、もし、仮にどちらの国の側から登って行ったとしても、そんな山なので絶対に反対側に抜けられるという保証はない。
とにかく山に入っていった者達が帰ってこないのだから、何がそこに存在しているのかすらわかっていない状況である。
なので人によっては悪魔ではなく怪物と表現していたり、神隠しに遭っているのだとか、様々な憶測がなされていた。
「あれがフレイ山脈です。」
ミロが、遠くの山並みのさらに向こうを指差した。
ベリルは徐々に視界へと入り始めたその山脈の全体像を確認し、愕然とする。
「ミロさん、あ、あれは…本当に山なのですか?」
ベリル達の目の前に現れたフレイ山脈は明らかに普通の山脈とは一線を画していた。
途中までは確かに山脈といえる位の普通の山並みで、その山並みが終わる辺りまでがサイズ王国の領土となっていたが、その境界の向こう側に広がる景色はこの世のものとは到底思えないものであった。
ベリル達の目の前に現れたもの…それは巨大な氷の壁であった。
明らかに1000m以上はあろうかと思われる程の恐るべき高さの氷の絶壁が、山の中腹あたりから垂直にそそり立ち、国と国の間を分断していた。
「これって山脈と言うよりかは巨大な氷の城壁と言ったほうが良いのではないでしょうか?」
「同感です。」
ミロが頷きながらベリルの意見に同意し、言葉を続けるが、ミロにはそれがどういう存在なのかわかっている様子であった。
「あれが両国が双方ともに山を超えられない理由の一つなのです。」
「あれは一体どういったものなのですか?」
「あれは太古の魔法により創られたとも言われているもので、近寄った者を瞬時に凍らせてしまうといわれる氷壁です。」
ミロが壁の説明をするとベリルがしばらく考える。
「ということは……そうか!フレイ山脈の悪魔というのは、実はあの巨大な氷の城壁の事を言っていたのですね。」
ベリルがミロに悪魔の正体を当てたぞというようなドヤ顔をした。
「半分は当たりですが、違います。」
ミロはベリルの答えをバッサリと切り落とした。
「違うのですか?」
「ええ、違います。そもそもあの壁は魔法壁ですが、魔法を阻害する道具があれば何とか登ることも可能で、それ自体の存在としては特に問題は無く大丈夫なのです。ですが…」
「ですが?」
「明らかにそこに住み付いている何者かが、ここに入ってくるものを排除しようとしているようなのです。」
「住みついている何者か?…それがフレイ山脈の悪魔と言われるものなんですね。」
「そのとおり…なのですが、未だかつてその存在の正体を持ち帰ってきた者はいません。」
「…………」
ベリルはミロのその言葉を聞きゴクリと唾を飲み込む。
危険と隣り合わせになると思われる今回の件はいくら聖龍の力を持つベリルにとっても緊張しない訳にはいかなかった。
正体のわからない謎の山、噂に違わぬフレイ山脈のその恐ろしい姿に心が砕けそうになる。
だが、もしこんな近くに恐るべき魔王が存在しているのならばサイズ王国の後継者争いなどさしたる問題ではない。
そんな不安な気持ちがベリルに質問をさせた。
「ミロ様…あの…大丈夫ですよね?」
その問いに対しミロはチラッとベリルの方を見た後、直ぐに視線を山の方に戻して口を開く。
「ベリルさん、生き残る為に大切な事って何か分かりますか?」
「えっ?生き残る為に…ですか?」
「はい。」
ベリルはミロが自分の質問の答えに質問を返してきたので一瞬たじろぐ。
「えっと、危ない所に近寄らないとかですか?」
「それも、一理ですが、もし、目の前に避けられない災いが生まれたとした場合です。」
「えっ?避けられない災い…」
「ええそうです。」
ベリルはその質問についてしばらく考えをめぐらせたがいい答えは思いつかなかった。
そしてミロが答えを口にしたが、それはミロ自身のものではなかった。
「私にもよくわかりません。ただ御師様は『自分の命に危険が迫った時には腹を
「腹を括る?」
「ええ、要は最悪、その場で死んでもいいという覚悟を決めるということです。そうすれば、精神的に平穏が訪れそこに活路が見えると…」
ベリルはミロの言葉に頷きながら尋ねる。
「意味は分かりますが、本当にそんなことが出来るんですか?」
「いえ、私にもよくわかりません、先日の盗賊達には驚かされました、けどそこまでの危機感は感じませんでしたので、覚悟を決めるところまでには至りませんでした…ですが、この山を見て突然、御師様の言葉が蘇ってきたので…」
「そうでしたか…」
ベリルはミロのその言葉を聞き、ミロがこの山に対してかなりの警戒心を抱き、かなりの危険性を感じている事を察した。
「だ、大丈夫じゃない事はなんとなくわかりました…」
ベリルがそう答えると、それ以後、フレイ山脈の麓に着くまで二人の間には会話らしい会話は無かった。
フレイ山脈の麓に着くまでに二人の前に何匹かの魔物が現れたが、二人は気配察知の能力や魔法を使ってそれらの魔物を倒し、難なく通過することが出来た。
だが、そんな魔物達も氷の壁に近づく程にその気配は無くなっていき、それに比例するように巨大な氷の壁はその存在感を増し、二人の前に立ちはだかっていく。
上を見上げてもはるか上空まで氷の絶壁がそそり立ち、それ以上は雲が厚く垂れ込み何も見えない。
やがて、氷の壁が始まる所にやって来たが、温暖な季節だというのにここだけ恐ろしく寒い。
「ここが出発点です。」
ミロの先導でやって来た場所は、氷の壁に開けられたやや大きな空洞であった。
大きさは、大体高さ10mくらい、幅も7から8mくらいといったところであろうか。
空洞の奥はうす暗くて中を見通すことは出来なかった。
まわりの状態から見て誰かが空けたような感じがする。
「これは、誰かが空けた穴なのですか?」
そう言いながらベリルがその氷壁に近付こうとした時、ミロの声が掛かる。
「ベリルさん!待って!」
かなり大きな声だったので直ぐにベリルは反応しその場に停止する。
「えっ?!ど、どうしたんですか?そんな大きな声を出して?」
「ベリルさん、ようく見てて下さい。」
ミロはそう言うと、近くに落ちていた木の枝を拾い上げベリルの側に立ち、そこから木の枝を持った手を伸ばして氷壁に向けて近付けた。
すると、突然、その木の枝はみるみる凍り付き真っ白な氷の枝と化した。
一瞬の出来事にベリルは驚き、目を見開いたまま固まった。
「こ、これは…」
「これが氷の永続魔法と言われているものです。」
「氷の…永続魔法…?」
「ええそうです。かなりの魔力が必要ですが、半永久的に魔法が持続するというもので、これが近寄った者を瞬時に凍らせてしまうというフレイ山脈の厄介なもののひとつなのです。」
「えっと、ミロ様?ちょっと待って下さい。こ、これではフレイ山脈に登るというよりも、これ以上近寄れないじゃないですか?!」
「はい、確かにこのままでは無理です。」
「じゃあどうすれば…」
「この魔法は魔法陣が描かれた護符を持つことで効果が打ち消されることがわかっています。」
「護符…ですか?」
「はい。」
ミロはそう言うと、持っているカバンの中から護符用の特殊な紙札を取り出した。
大きさは手のひら程で、やや薄いセピア色をしている。
これは魔法陣などを描くためのもので、錬金術師によって少々の水や火にも耐えられるように作られているということをベリルはアンジェの屋敷にいた時にミロから教わっていた。
ミロはその紙札を掌の上に置き、指でその上をなぞる様に魔力を通しながら魔法陣の特殊な図を描いていった。
「どうぞ、これが氷結魔法封じの護符です。」
ミロがベリルに出来たばかりのその護符を手渡す。
「ありがとうございます。」
「これでこの中に入れますよ。」
ミロはもう一枚の護符を作り上げると先に空洞の方へ近付いていく。
「あっ!」
ベリルは一瞬声を上げたがミロが凍り付かないことを確認してホッと胸をなで下ろした。
「さあ、行きましょう。」
ミロが再び先導しながら二人は暗い空洞の中に消えていった。
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