第18話 旅立ち

翌日から、ベリルはミロと『現世魔王』を探す旅に出る事となったが、事前の準備として、アンジェの口添えで、伯爵の権限により国を出るための許可証と身分証の発行を昨日付けで発出してもらった。

普通、領民は勝手に国から出ていってはいけない。

まあ、これは現在の自分達の世界でも同じことなのだが…

そんな事をすれば、『密航』という重い罪になるので、みんなはそういう事は止めよう。


ここはアンジェの屋敷を出てから既に3km程離れた森の中を歩いていた。

その道中で、ベリルはミロから事情を聞かされた。

「実は、私がベリルさんの正体をアンジェ様から聞かされたのは2日前の事でした。最初、聞かされたときは、悪い冗談だと思いました。ですが、そもそも私が直々に貴方に魔法を教えるという話は、私の師であるガルファイア様から言われていたことですし、何か訳があるのだろうとは思っていましたので…まさかその理由というのが…ベリルさんの正体がドラゴンマスクだったからとは。でもそれを聞かされて色々と納得し、それで一昨日おとといは少し、貴方の本当の力を見せてもらおうと思って厳しくしちゃいました。」

ミロはそう言ってニコッと笑ってペロッと舌を出す。

俗に言う『テヘペロ』だ。

可愛い女子にこれをされれば大抵の事は許してしまう。

ミロのテヘペロも、例に漏れず、そんな、爆発的な威力を持っていた。


そして、それをされながら、事実を聞かされてベリルはため息を吐く。


「『厳しくしちゃいました。』って…、そんな事を言われても、私、普段は魔力も体力も普通の人間ですから…、厳しくされても魔力も何も出ませんよ!」

「そうみたいですね、本当に悪いことをしました。では、ベリルさん。」

「はい?」

「話は変わりますが、私にもドラゴンマスクになった姿を見せて頂けませんか?」

「えっ?っと、確かに話が変わり過ぎていますが、ドラゴンマスクの姿に…ですか?」

「ええ、そうです。それと…」

ミロがそう言ってベリルの後ろにチラリと目線を送る。

ベリルがその視線を追うように後ろを見る。

そこにはアンジェがいた。

森の中に一人で立っていた。


「あ、アンジェ様?どうしてここへ?」


既にここはアンジェの屋敷からかなり離れてきている。

見送りとかのレベルではない。


実はアンジェはベリルが屋敷にいる間に、もう一度ドラゴンマスクへの変身をさせてみたかった。

だが、屋敷の者達に見られたりする恐れもあったり、ミロにも正体を明かす予定日までは下手な動きも出来ず、正体を明かすことも出来なかった。

実際、そのミロも寝る時以外にはベリルにつきっきりだったため、昼間帯に大っぴらに、ドラゴンマスクへ変身をさせられなかった。

そのため、かなりストレスがたまっていた。


アンジェが何故、変身させたかったのかと言うと、それは単にドラゴンマスクとしての力を見たかったからだった。


アンジェがこれまで見たのは、ドラゴンマスクの姿だけであり、現場以外で力はじっくりと見せてもらってはいなかった。

ただ強大な力を屋敷の中で出そうものなら、建物がぶっ壊れ、周辺に被害が及ぶのは間違いないし、そんなことをすればベリルの正体がたちまちばれてしまうことにもなる。

そういった理由もあり、ベリルには屋敷内でドラゴンマスクへの変身をさせることが出来なかったのだった。


「ベリル、私からも頼む。もう一度、ドラゴンマスクに変身してくれないか?」

アンジェが少しだけ頭を下げた。

「アンジェ様…」

ベリルはそれを見て、聖龍に思念波で声を掛ける。

『龍神様、変身してよろしいでしょうか?』

『まあ、二人ともお前の正体を知っていることだし、この辺りには誰もおらんようだからのう。良いのではないか、変身をしても…。』

聖龍の許可も取れたので、ベリルはドラゴンマスクに変身した。

一瞬でベリルの姿が変わると、二人の目が驚きに大きく開く。


「これで良いか?」

聖龍の声だ。

ギルアリアの街で、ビッグベアと話した時に使った声色だ。


「こ、これは?龍神様の声なのか?」

アンジェが初めて聞く聖龍の声に驚いている。

そんなアンジェに聖龍が話を続ける。

「お前にこの声で話しても、単にベリルがワシの声色を真似ているだけだと思われて、信用してもらえないと思ったので使わなかったのじゃが…」

「いいえ、大丈夫です。私、龍神様を信じます!」

アンジェが両手のひらを組んで、ドラゴンマスクの前に跪く。


「あの、アンジェ様、信用するとかしないとかというのは一体?」

ミロがその光景を見てアンジェに尋ねた。

「いや、それが、実は…」

そう言うとアンジェは、それまで聖龍の思念波の声が聞こえず、目の前で変身した姿は確認出来たのだが、ベリルの言うことが今一つ信用出来なかったという話をした。


「もしかしたら、龍神様の声が聞こえない理由は、ベリルが思い込みの力で変身したので実際は龍神様は存在しないからとか、私に龍神様に対する信仰心が無いからなのだとか、他に色々と原因があるのではと思っていたのだが…」

思い込みで変身するというのも結構凄いと思うがここはツッコミは入れないでいこう。


「えーっ?!何だ、そんな事でしたか。」

「えっ?そんな事って?」

「原因がわかりましたよ。」

「何だって?!」

アンジェがミロの言葉に目を丸くする。


「恐らくですけど、それは思念波を受けとるチャンネルか違うだけだと思いますよ。」

「えっ?とそれは一体どう言うこと?」

ベリルもミロが言うことがちょっと理解出来なかった。

「私が先日、ガルファイア様から『思念魔法』で会話をしたという話はベリルさんも聞いておられますよね?」

「えっ?ええ。」

「『思念魔法』はそのチャンネルを会話する当人同士で合わせてするものなのですが、アンジェ様はそれが、聖龍様と出来ていなかったからだと思います。特にアンジェ様は普段から魔法を行使されませんので、チャンネル調整自体が出来ていないからだと…」

「と言うことは、そのチャンネルというものを合わせればアンジェ様に龍神様の思念波が届くということですね?」

「ええ、理論上はそうなりますね。ですから、アンジェ様はそのままで、ベリルさん、いえ、聖龍様は私に思念波をお送り下さい。」

ミロがそう言うと聖龍も意味がわかったようで、直ぐに思念波で話しかける。


『わかった。これでいいか?』

ミロがその思念波を受け取った途端、ミロの表情が瞬時にハッとなって強張こわばる。

そして、アンジェに中継でその思念波を送る前にドラゴンマスクの前に跪いた。


『聖龍様!今まで、貴方様のお側にいながら、数々の御無礼、何卒お許し下さいませ。』

どうも、ミロは聖龍の思念波を受け取り、その存在と偉大な魔力を感じたようであり、その恐るべき力に畏敬の念を抱いた様子であった。

というのも、魔法使いにとって聖龍とは聖なる力、つまり人間が行使する魔法の根源となる聖なる魔力を操る者達の象徴であり、崇めるべき存在でもあるのだ。

そんな神的な存在が身近にいるのに、ある意味無視をしていた格好になっていたのだから、こんな態度に出るのも仕方がないであろう。

まあ、聖龍もそんな事をとがめる事もなく、直ぐに許した。

それを見ながらベリルも、聖龍信仰者として最近の聖龍に対する自分の態度が結構無礼になってきている事に気付いて反省していた。


『それでは、アンジェ様…』

ミロがまずアンジェに『思念魔法』で話しかける。

「うわっ!頭の中に声が響いてきた!何だこれは?」

『アンジェ様、これが思念波です。』

『おい、アンジェ、ワシの声が聞こえるか?』

ミロが中継した聖龍の思念波がアンジェに声を掛ける。


「あわわわわ、こ、こ、こ、これが龍神様の思念波ですか…と、と、と、とんでもない力であることがよくわかりました。」

アンジェは、聖龍の声を耳で聞くのではなく、聖龍の思念波を受け取りようやく本当の意味でその偉大な存在を認識したようであった。

また、アンジェはこの時、聖龍からドラゴンマスクの力は、本気を出せば今いるこの森でさえ一瞬で燃やし尽くすことが出来るので、ここでは本気は出せないから力を見せるというのは諦める様に言うと、

「わかりました、では、今後はベリルにも龍神様の力を見せろとは言いませんので…」

『よろしく頼むぞ。』

「はい、お任せください。」

アンジェが納得したことでベリルはドラゴンマスクの力を見せなくてもよくなった。

と言うのも、アンジェはようやく当初の目標であった聖龍の思念波が聞けたことや、ベリルのドラゴンマスクに変身した姿をもう一度見られた事など、ある程度の目的達成をすることが出来たので満足だったからだ。


こうしてみても、やはりアンジェの『強運の引き』は強かった。


ベリル達は、アンジェと森の中で別れて、目的地を目指すことにした。

最初の目的地は、隣国のフレイルシュタイザー王国という所であった。

カーシャが兵糧を調達すると言っていた国である。

この国は、サイズ王国の西側に位置し、国との関係も安定していた。

サイズ王国とこの国は、大陸というには少し小さめの島の中にあり、それを南北に二分したような感じで、それぞれの領土を統治している。

この世界にはその他にも国は色々とあるのだが、それは別の大陸にあり、サイズ王国からそれらの国々に行くためには船に乗り、海を渡らなければならない。

だが、『現世魔王』を探すとなれば、そのような遠くの国へ行く前に、最初は近くの国を探すのが定石セオリーである。


そのため、まず手始めにこの国となるのだ。

それに、ベリル達の住むフリークス領は、この国の北西部分をフレイルシュタイザー王国に接しているため、移動には好都合でもあった。


「ミロ様、もう少しすれば国境に到着します。」

ベリルがミロに伝える。

「大丈夫です。ここは何度か来てますので。」

ミロがベリルにそう応えた。


ミロがアンジェの屋敷にいる間、ベリルはミロから色々な事を聞いた。

『魔法使いというのは普段何をして生活費を稼いでいるのか?』

とか、

『魔法使いになろうと思ったのはいくつくらいの事だったのか?』

とか、とにかく魔法使いという存在が珍しいので普段無口なベリルがミロに質問を浴びせ続けた。

だが、ミロは嫌な顔一つせず、ベリルの質問に答えてくれた。

逆にミロもベリルに質問をしたが、基本、村人であるベリルの答えはミロを満足させるものではなかったであろうと思われたが、ミロはベリルの話を聞きながらも終始笑顔を絶やさなかったし、ベリルも村で起きた色んな出来事を出来るだけ思い出してミロに話した。


魔力と魔法の才能があったため、『魔華族』として苛烈な人生を生きてきたミロと、魔力が少なく、村人として、これまでのんびりと過ごしてきたが、ひょんなきっかけで聖龍の力を受け継ぐ事になったベリル。


そんな対照的な二人が、聖龍の取り持つ縁で一緒に旅をすることになった。


これが、今後、二人の運命を決定付ける事になろうとはこの時、誰も思わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る