第17話 やっぱりアンジェの引きは凄かった

『あー!良かった良かった!』

これは聖龍の思念波である。


『何が良かったんですか?』

『いや何、お前に魔法の先生が出来たんでな。助かったという話じゃよ。』


ミロがベリルの魔法の家庭教師になり、約一週間が経過していた。

今のところは王都に内乱の兆しはなく、平穏に推移していた。


『え、?そんな…あれって、何も良くはありませんよ!龍神様も見ておられているからわかると思いますが、ミロ様は、大人しく見えて、結構、というか、目茶苦茶厳しいんですから!昨日なんて、魔力が尽きるまで魔力操作の実地訓練をさせられましたし、訓練が終われば、座学で、魔法の基礎力学から魔法の総体系、各魔法系統の成り立ちとか、魔法の歴史、魔力の生成基礎から生活魔法までギッシリと詰め込まれたんですから!』

ベリルが普段の姿の時はドラゴンマスクの能力は使っていないため、魔力や身体能力も普通に本人の基本の能力で授業を受けていた。


『うわっはっはっはっは!まあ、お前には元々基礎がないからな。仕方がないじゃろ。』

『あの、龍神様?私、この年まで学校とかに一度も行ったことが無いので、基礎どころか文字すらも読めなかったんですよ!龍神様の力で何とか文字を覚えられたお陰で文字が読めてはいますが、それでも何とかギリギリ勉強に付いていける程度のものなんですから!それなのにミロ様ときたら、『ベリルさんは筋が良いですから、もう少し頑張ればさらに上の段階にいけますよ!』とか言ってきたりして、中々訓練や勉強を止めるタイミングが作れなくなったりして…』

『なんじゃ、そんな事を言って、お前も結構ノリノリで授業を受けていたではないか。』

『あ、いや、あれはですね、あそこで頑張らないとミロ様に悪いかなとか思ってしまって…』

『くくく、そんな事を考えられる暇があるということは、まだまだ余裕があるということじゃ!』

『そんなぁ、龍神様ぁ~!』

聖龍に論破され、ベリルはガックリと肩を落とす。


『では、ベリルよ、そろそろワシの知識のスキル『全知』を全て受け入れる覚悟が出来たか?』

『え?あ、いや、それは…』

ベリルは聖龍の申し出に戸惑う。

『なんじゃ、知識を簡単に得るのが嫌なのか?正直者のお前の言い方であれば、『卑怯』とか『ズルい』とか言うところか?』

『ええ、それもありますが、正直な気持ちを言いますと、私はその知識を受け取ることが怖いのです。それを知ることにより、知らなくてもよかったのにと後悔をすることになるのではと思ってしまって…』

『ふん、なるほどな、まあ、お前も、で色々と考えられる様になってきたからな。』

『えっ?そ、それはどういう意味ですか?』

『おっと、これはお喋りが過ぎたようじゃ、では、またな。』

そう言うと聖龍は思念波を切断した。


「もう!龍神様は肝心な時に上手く逃げるんだから!」

ベリルが聖龍に文句を言ったとき、ベリルの部屋の扉がノックされた。


「はい。」

ベリルが返事をすると、扉の向こう側から屋敷の使用人の女性が声を掛けてきた。

「ベリル様、アンジェ様がお呼びです。アンジェ様のお部屋までお越しください。」

「わ、わかりました。直ぐに行きます。」

ベリルは使用人から『ベリル様』と言われているが中々慣れない。


とりあえず、アンジェの部屋に向かう。

この一週間は再びベリルにとって苦痛の毎日だった。

最初の三日間と1日を挟んで一週間、ほとんど毎日アンジェから色々と事情を聞かれていた。

特にこの一週間は、ミロの授業がなければ、必ず部屋に呼ばれていた。


『今日は、何を言ってくるんだろうか…』

ベリルがドキドキしながらアンジェの部屋をノックした。


「ベリルです。お呼びでしょうか?」

ベリルがアンジェに声を掛ける。


「うむ、入れ!」

「失礼します。」

ベリルが入室の許可を得て、部屋に入る。


「アンジェ様、一体、何を?いえ、何かありましたか?」

ベリルか尋ねる。

「お前、『始祖の魔王』というものを知っておるか?」

『おっふぅ!』

アンジェが唐突にベリルへ質問をしてきた。

そのキーワードを聞き、ベリルは緊張する。

彼女には自分からその名前は出していない。

誰かから聞いてきたようだった。


しかし、まさか『始祖の魔王』の事を出してくるとは思ってもみなかった。


「『始祖の魔王』ですか?いえ、私はあまりよくは知りませんが…」

確かに聖龍からはあまりよくは教えてもらっていない。

「そうか、私はてっきり龍神様から聞いているものと思っていたのだが…」

「えっ?」

ベリルは一瞬ドキリとする。

確かに『始祖の魔王』の事は聖龍から聞き及んでいる。

しかし、その事をアンジェが到底わかるわけがない。

『ああ、スキル『強運の引き』の力か…』

ベリルは直ぐに理解した。

何気ない会話から相手を油断させ話を引き出す。

今更ながら恐ろしいスキルだ。


「あの、アンジェ様はその『始祖の魔王』の事を誰から?」

「ミロだ。師匠の大魔導士ガルファイア・マーズ様から『思念魔法』により連絡があったらしい。」

「あ、そ、そうなんですか。」


『思念魔法』は距離が離れていても対話する事が出来るという魔法だ。

聖龍がベリルに話しかけた『思念波』と同じ類いのものだ。


『自分が欲する物は、人であれ物であれ、情報であっても必ず彼女に舞い込む。』


『怖い能力だな。』

ベリルは、例え自分が『始祖の魔王』の情報を喋らなくても、アンジェはその情報を手に入れていたという事実を目の当たりにし、背筋が寒くなる。


「ああ、そうだ、『始祖の魔王』の事は置いておいて、ベリル、お前は『現世魔王』というのはわかるか?」

「『げんせいまおう』ですか?いえ、わかりませんが。それが、何か?」

「『現世魔王』とはこの世界に誕生し、今、現在、存在する魔王のことをいう。」

「ええっ!!あ、あのっ、…ま、魔王が存在するのですか?」


ベリルは『始祖の魔王』の存在自体も疑わしく思っていたのだが、『現世魔王』などという存在までもがいるという事実に驚く。

聖龍から『始祖の魔王』はその昔、聖蛇であったと聞いているが、この現世魔王とやらは一体、以前はどんな奴であったのだろうと思考を巡らせる。

以前はどうというか、そもそも、現在のその存在自体が一体何なのかさえわからない。

ベリルがそう思っているとアンジェが現世魔王について語りだした。


「現世魔王は確かにこの世界に存在している。そして、世界に混乱と無秩序、そして人間の滅亡を求めているという話だ。」

「どうやってそんな話を知ったのですか?もしかして、それも大魔導士様からですか?」

「そうだ。『始祖の魔王』の話はその話の中で少しだけ出てきたからお前に聞いただけで、本筋の話はその『現世魔王』についてだった。これの存在が確認されたという噂だ。」

「えっと、その現世魔王というのは一体何者なんです?魔物なんですか?それとも魔族?まさか固有種とか?」

「そこは何とも…誰も魔王の種族は知らない。発生する原因すらもまだ詳しくはわかってはいない。ただ、魔王が誕生すれば人間の世界が滅亡の危機に晒されることは間違いない。」

「それが、本当なら、大変な事じゃないですか!?」

「その通りだ、だから、お前を呼んだのだ。」

「えっ?…はっ!ま、まさか、その『現世魔王』を探せと?」

「ほう、ベリルにしては察しがいいな。ま、そう言うことだ、よろしく頼むぞ。」

「あ、いや、ちょ、ちょっと待って下さい。アンジェ様!」

「どうした?お前はあのドラゴンマスクの、聖龍の力を持っているのだぞ!それをこんなところで人間や低級の魔物の相手をしていては宝の持ち腐れではないか!」

「いやあ、あのぉ、アンジェ様?その『現世魔王』を探してどうしろと?まさか倒せとか言うんじゃ?」

「そこまでは考えてはいない。まずは確認されたという噂が本当かどうか、それと、とりあえずその居場所を突き止めるだけだ。倒すのなら後からでも考える。」

「ちなみに倒すとしてに弱点とか無いんですか?あれば戦闘が楽になると思うんですけど。」

「そんなもの知る訳無いだろう。お前がその存在を確認した時に調べればいいではないか。」

「ええっ?!そんな行き当たりばったりな作戦でいいんですか?」

「ああ大丈夫だ。お前の師匠を付けるから。」

「えっ?えっ?ええーーー!!!??それって、ま、まさか、アンジェ様?もしかして、ミロ様に私の正体…を?」


ベリルは突然のアンジェの言葉に愕然とする。

まさか、アンジェ以外の人間にこの事が知られているとは思わなかったからだ。

「そ、そんな、他の人に言わないって約束をしたはずなのに…」

「そんな約束はしていないぞ。ベリル!」

「いえ、確かにしました。」

「おや?お前は勘違いをしているぞ。」

「勘違い?」

「そうだ、思い出してもみろ、私は『ドラゴンマスクの正体をお父様に明かすのは一旦保留にする』とは言ったが、それ以外の人間に話をしないとは一言も言ってはいない。」

「あっ!」

ベリルはアンジェにドラゴンマスクの正体を明かした時の事を思い出した。

確かにアンジェは父親であるダイスには言わないと言っていたが、その他の者に言わないとは言っていない。


「そ、そんな…」

ベリルは完全に油断をしていた。

まさか、アンジェがそんな言葉遊びのようなもので自分の事を騙していたとは思わなかったからだ。

「ベリル、これは大事の前の小事、この事は『現世魔王』が出現したのではないかという話をガルファイア様から聞いたときに、お前の事を相談したのだ。人間の力ではどうする事も出来ない存在に対抗しうる唯一の力の存在を…」


ベリルはアンジェがやっぱり天然なのか、策士家なのかわからなくなった。

大魔導士ガルファイアに相談することにより、魔法の出来ないベリルに教師という存在の必要性が発生し、アンジェはそれを希望した。

それにより、彼女が望むモノは何でも『引き寄せられる』というスキルが発動する。

そのお陰でミロという存在がベリルの前に現れ、ベリルにも何とか魔法の『魔』の字が何たるものかと言うことがわかった。


確かに魔法の仕組みを理解することにより、ベリルはドラゴンマスクとして戦う幅が広がった。

『現世魔王』がとれほどの力を持っているかはわからないが、もしかすればアンジェによりそれに対抗する戦力を手に入れたのかもしれない。


何ともアンジェの目に見えないこの不思議な力は、ドラゴンマスクであるベリルや、その力を与えている聖龍でさえ先が見えない。


まさに『神スキル』であった。







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