第6話 ドラゴンマスク無双
「早く村人達を安全な場所へ!!」
聖龍の森の中でアンジェが配下の騎士に指令を出す。
既に捜索隊の村人達は魔物出現の一報により避難が開始されていた。
村人であるベリルやベン達は騎士達が
「アンジェ様!こ奴らは噂に聞くオークです!」
騎士の一人がアンジェに報告する。
オーク達は約10体以上でやって来ていた。
体つきは人間よりもかなり大きく、手には錆びた剣や斧等が握られている。
噂通り、人間が戦場や森の中で残した武器を拾って使用しているようであり、その戦闘方法も到底剣術や戦斧術等と言えるようなモノではなく、力任せに振り回して相手に叩きつけるというようなものだ。
流石に当たれば大怪我は免れないが、騎士はそれらの攻撃を素早く見切って上手くそれを捌いている。
だが、少しでもかすれば致命傷という攻撃をいつまでもかわすことは精神的にも苦しいものであり、攻めるオーク達も慣れ始めたのか、徐々に騎士の装甲に攻撃が
ゴーン!!
「アルバート!!」
大きな音と共にアンジェの声が森に響く。
アルバートは盗賊殲滅隊の副指揮官である。
そのアルバートの所持していた盾にオークの痛烈な一撃が入ると、アルバートはその勢いで森の樹木まで吹っ飛び、叩き付けられた。
「グハッ!」
アルバートは背中を強打し、余りの衝撃に一瞬、呼吸が出来なくなる。
「くそ!誰か、アルバートの救助を!」
アンジェが叫ぶが、森に入って来ていた殲滅隊の騎士達はそれぞれ自分の前にいるオークの相手で手一杯であり、アルバートの救助に手を
「くそ!」
アンジェは指揮官であり、全体の戦況を見なければならない。
なので、アルバートの救助に駆け付けたとすれば、指揮に乱れを生じさせ、部隊を窮地に陥らせかねない。
つまり、本来なら指揮官としてその場を離れることは御法度なのだ。
だが、アンジェはアルバート救助に足を向けた。
森の中のため、既に移動は馬から徒歩に変更しており、アルバートのところまでは走っての移動だった。
「アルバート!!」
アルバートが対峙していたオークを横から切り付ける。
オークは腕に攻撃を受け、一瞬だが怯んだ。
初老のアルバートはアンジェの剣の師匠でもあり、優秀な補佐官でもあった。
そして彼は、出現したオーク一体につき他の殲滅隊の騎士が二人から三人掛りで対応しているのに対して一人で戦っていた。
当然ながらその行動に無理があるのは否めない状態であった。
だが、この現状をそのままにすればアルバートの命が失われる事は火を見るよりも明らかであり、ここで彼を失う事はアンジェにとって片腕を切り落とされるに等しかった。
だからこそ、彼女は非常識覚悟でアルバートの加勢を選んだのだった。
「大丈夫か?!」
アンジェは座り込んでいるアルバートを抱え起こす。
「アンジェ様!いけません、早く自分の位置にお戻りを!!」
当然ながらアルバートは加勢を断った。
それにアンジェは自分の配下の騎士達を信じていた。
『自分が少しくらいいなくなっても、自分達で判断して行動が出来ると…』
なので、アルバートの加勢拒否を断った。
「構わん、うちの騎士達は私がいなければとか言うほど、そんなやわじゃない!」
「……わかりました。では、」
アルバートはアンジェの気迫に圧されたのか、アンジェの言葉に従う。
それにこんな所で言い合っても仕方がないと言うのも理由なのだが…
「あ、危ない!!」
少し離れた場所にいる騎士の一人が気付いて声を出す。
アンジェの後ろから別のオークが攻撃をしてきたのだ。
オークは太い腕に握られた巨大な戦斧をアンジェに向けて振り下ろすため、頭の上に持ち上げようとしている。
戦斧が非常に大きいためその動きはゆっくりとしているが、一度振り下ろされればアンジェの持っている細い剣などでは到底受け止められるレベルの大きさではなく、その後ろにいるアルバートさえも切り裂くのではないかと思えるほどの大きさと重さを兼ね備えている様であった。
「うわあーー!」
流石のアンジェとアルバートもその大きさには度肝を抜かれてつい叫んでしまった。
その二人の叫び声に他の騎士達全員が気を取られる。
「お嬢様!」
「アンジェ様~!」
他の騎士もアルバートの事が気になっていたこともあって、目の前の敵と戦いながらもその光景を横目で見ている。
そんな状況の中で戦斧は振り下ろされた。
ガイィィィーーーーーン!!!
金属が弾けるような大きな音が森の中に響き渡る。
「はっ!ど、ドラゴンマスク!!?」
アンジェが驚いたのも無理はない。
いつの間にか、勢い良く振り下ろされた巨大な戦斧とアンジェ達の間にドラゴンマスクが入り込み、その巨大な戦斧の切っ先を手で掴んで、受け止めていたのだ。
それも片手でだ。
オークとドラゴンマスクの体の大きさは大人と子供くらいの違いがあるのにも関わらず、ドラゴンマスクはそれをものともしない感じで、軽く受け止めている様に見えた。
オークを横から蹴り飛ばす事も出来たであろうが、それをしなかったのは、近くで戦っている騎士達にぶつかり、それらの騎士に被害が及ぶ事が想定されたからであろうか。
そのため、この行為が逆にドラゴンマスクの力の強さがさらに強調されることとなった。
「ブホゥ!?」
戦斧を受け止められたオークが驚きの声を上げたが、次の攻撃は叶わなかった。
オークよりも速くドラゴンマスクが、戦斧を受け止めた手と違う方の手を使って、巨大なオークの腹部へ掌底打ちを炸裂させたからだった。
「ブッホォーーー!!」
掌底打ちを受けたオークは軽く20m程先へ吹っ飛んだ。
『か、軽く打っただけなのに…』
ベリル自身がそのあまりにも凄い威力に驚く。
と言うのも聖龍から、
『ベリルよ、軽くでいいから絶対に強く打つな!お前がドラゴンマスクの状態で本気を出せばこの森が壊滅的な状態になるからな。』
と釘を刺されていたからだった。
なので、戦斧を受け止める時は怖かったので結構力を入れていたのだが、案外軽く受け止める事が出来たので、その力の加減を保ちながら掌底打ちは本当に軽めで打ち込んだのだった。
だが、掌底打ちを放った彼のその動きは熟練した武術家のそれであり、ドラゴンマスクを装着したベリルには、徒手格闘術だけではなく、剣、斧、槍、杖、鞭等、あらゆる『武』の術技を極めた者の動きとなっていた。
掌底打ちを食らったオークは、手加減したものの地面に倒れたまま、ピクリとも動かない。
一瞬で絶命してしまったようだった。
だが、ドラゴンマスクはその手を休めること無く、次の瞬間には他のオークに対する攻撃へ移行していた。
そして、そのオーク達も先程のドラゴンマスクの動きをみて危険を察知したのか、攻撃のシフトを騎士からドラゴンマスクに変更する。
オークの群れに取り囲まれたドラゴンマスクは手に武器を所持していないため、まるで拳法家の様な動きでオーク達の攻撃を躱して圧倒していく。
ある者は腕や足をねじ切られ、ある者は拳で頭を砕き割られ、首をへし折られていた。
10匹以上いたオークが次々と倒されていくのを見てアンジェは唖然として見ていたが、それを見て確信する。
「やはり彼は凄すぎる。何としても我々の家に協力してもらわなければ…」
そう言いながらその様子を見ていたが、森の奥から、更なる邪悪な気配が近付いてくるのを感じ取る
「アンジェ様、ここはあの者に任せてここは一旦引きましょう。」
アルバートもそれを感じたのか、アンジェに撤退を促す。
もう少しドラゴンマスクの戦いぶりを見ていたかったが、指揮官として、村人の避難が優先である限り、ここは引くしかなかった。
そして、去り際に見たのは、先程までいたオーク共がかわいく見える程、巨大で醜悪なオークの上位種と思われる個体が森の奥から姿を現してきたところであった。
そんなオークは、パッと見ても恐らく体長は軽く7~8mはあるだろう。
なので人間が防護盾として使っていたであろうと思われる大きな金属製の盾を腕の籠手や足の脛当等の防具の様にして使用している。
それほど巨大な魔物がメシメシと森の木々を薙ぎ倒しながら現れたのだ。
到底人間の力では勝てるとは思えない。
「あ、あれは!?」
「あれは恐らくオークナイトという個体でしょうか?…オークの上位個体とか言われているものです。普通のオークの何倍もの戦闘力を持っているとか…私自身も噂でしか聞いたことはありませんし、今まであんな化け物は見たことはありません。」
アルバートがオークを見て、驚きながらもアンジェに解説する。
「何故、この聖龍の森にあんな化け物が現れるのだ?!聞いたことはないぞ!」
「わかりません。森に何らかの異変が起こっているのかも知れません。」
「異変?」
アンジェとアルバートは森の中を走り抜けながら話をしている。
息が切れていないのは訓練の賜物であろう。
『彼は大丈夫だろうか?』
アンジェの心には一抹の不安が拡がっていた。
ドラゴンマスクは恐らく人間だろう。
いくら強いと言っても限界がある。
あんな化け物と戦って勝てるのだろうかと…
確かに、オークに対してあれほどの力を発揮する存在には少しながらも期待をしていた。
オークの振り下ろす巨大な戦斧を片手で受け止め、さらにその体を片手で軽く吹き飛ばす程の
どれをとっても特級クラスのものだった。
だが、後から現れた、まるで、冥界から現れた様な化け物のオークナイトにドラゴンマスクの、いや人間の力や技が効くのかと…
だが、そんなアンジェの心配を他所に、龍のマスクを被ったベリルは圧勝していた。
オークナイトが手にしていた長さ3mはあろうかと思われる巨大な棍棒を砕き、更には先程見せた掌底打ちをオークナイトにもお見舞いしたのだった。
今度の掌底打ちの威力は先程のとは違い、少し力を入れていた。
そのため、体は吹っ飛ぶというよりも、その衝撃がオークナイトの体を突き抜けた感じとなり、オークナイトはその体の真ん中にポッカリと大穴が開いた状態となって絶命していた。
「ふー、よし、周りには誰もいないな…」
ベリルは聖龍の指導のもと、周囲に索敵をして、魔物や人の気配が無いことを確認してから変身を解いた。
ベリルはドラゴンマスクに変身している間は戦闘に対する精神的な部分について制御する恐怖耐性や、生存本能を向上させ、攻撃的で好戦的な性格となる『
そのため、普段の内向的な性格は抑えられるのだが、変身を解くとたちまちいつもの気弱なベリルとなる。
変身を解いたベリルの周りにはドラゴンマスクが倒した全てのオークの死体が転がっていた。
「じ、じゃあ早く、分身体を解きに帰らないとね!」
ベリルがその場にいたくない様子がアリアリなので、聖龍がそれを茶化す。
『ファファファ、何だベリルよ、オークの死体が怖いのか?』
『そ、それはそうですよ!こんなところ、ちょっとでもいたくないです!』
『なるほどな、だがな、お前はオークの死体を持ち帰らんのか?』
『えっ?オークの死体を?どうしてですか?』
ベリルはこの聖龍のとんでもない申し出に驚く。
こんな死体の山を一体どうするというのだ?
そんな疑問に聖龍が答える。
『オークは魔物と言っても所詮は豚だ、肉はもちろんのこと、油なんかも取れるから街のギルドでは高値で買い取ってくれるんだぞ。』
ベリルの家ではあまり肉は買ってこない。
肉は森の中で猟により獲得するもののみを食べていたからだ。
そのため、オーク、つまり、魔物の肉が食べられるということを知らなかったのだ。
『えっ、そうなんですか…でも…』
『なあに、案ずることはない。我の空間魔法により回収してやろうと言うのだ、それに、おまけでちゃんと血抜きもしておいてやるから有り難く思うがよい。』
『いえいえ、そういう事ではなく、魔物なんて恐ろしいもの…食べられるのですか?聞いたこと無いですけど?あと、私なんかがこんな大量のオークの死体を冒険者ギルドなんかに持ち込んだらそれこそ怪しすぎるでしょ!と言うか、そもそも龍神様は何千年もこの森の祠の中におられたのに何故そんなことを知っているのですか?』
『ふん、そんなことか、そんな程度の情報はお前以外の者が祠に参りに来たときに教えてくれる。とは言え断片的で不確定なところもあるがな。だからこそ、ワシはそれを確認するために外の世界を見てみたいのじゃ!まあ、とにかく魔物肉は食えるのは確かのようじゃし、それに売るとなれば、冒険者ギルドが駄目ならそんなもの、ドラゴンマスクの格好をしてフリークスとかいう貴族の屋敷に持ち込んで買い取って貰えば良いだろう?』
『いやいや、何言ってるんですか?そんなことをしたら私なんか直ぐに捕まってしまいますよ。』
『ふん、あのオークナイトを簡単に
『それはそうなんでしょうけど…それはマズイです。』
『ふん、死体をこのままにしておけば、他の魔物を大量に引き寄せて、とんでもない事になるぞ…』
『ええっ!!そ、それは困ります。』
『じゃあやはり回収だな。』
聖龍の半ば強引な説得によりベリルは仕方なくオークの死体を持ち帰る事になってしまったのだった。
聖龍が森の中に再度、防御の結界を張っている間に、ベリルは教えられた通り、聖龍の魔法により死体を回収する。
それらが全て終わると、撤収していくアンジェ達の後を追い掛けた。
『もう、この森に魔物は現れませんか?』
『大丈夫だ、安心せい。』
『ありがとうございます。』
ベリル達はそんな話をしながらアンジェ達に追い付く。
そして、後ろを警戒しながら撤収するアンジェを風のように一瞬で追い抜き、その先でベンと移動している自分の分身体と入れ替わった。
入れ替わる瞬間まではベリルの体は他の者に認識出来ないような『不可視』『認識不可』のスキルを使用しているので、入れ替わった事に気付く者は隣を走っていたベンを含め誰もいなかった。
「おい、ベリル!」
「えっ?」
不意にベンから声を掛けられて返事をするベリルだったが、そのベンの様子がおかしい。
「お、やっと返事した。おい、ベリル、お前、大丈夫か?何回か声を掛けたのに返事もしなかったから…」
「えっ?あ、ああ、ごめん、考え事をしていたんで。」
ベリルはとっさに言い訳する。
「ええっ!?オークから逃げるのにみんな必死になっている時に考え事なんて、普通するかね?」
「あ、いや、この聖龍の森に魔物が出た理由を考えてて…」
本当は魔力で出来た仮の姿で、喋ることの出来ない『分身体』だったから、ベンの声かけにも反応出来なかったとは言えなかった。
なので、ベリルはさもベンが興味有りそうな話題にすり替えた。
実は、この様に正直者のベリルは『言い訳』や『話のすり替え』等、段々と人を誤魔化す『悪い知恵』がついてきていた。
それについては聖龍が元々ベリルに授けようとした『全知』というスキルの一部の影響であり、ベリルは聖龍からその『知恵』を知らず知らずのうちに頭の中に流し込まれているからであった。
これは聖龍が世界を回るための作戦であり、急に知恵や知識をベリルの頭の中へ流し込めば当然ベリルに直ぐ気付かれる恐れがあるのだが、多くの『知識』を時間をかけて少しずつ流し込んでいたのだった。
そのため、まずベリルの変化は『話し方』から変わっていった。
本人は気付いてはいないが、普段喋らない様な単語や言い回しが増えていた。
また、知恵や知識を授けることにより頭の回転が速くなり『機転』が効くようになってきていた。
そのため、先程の『話のすり替え』が可能となっていた。
恐らくベリル自身、自分としてはとても上手くいったと驚いている状況であろう。
全ては聖龍の思惑通りなのだが…
「た、確かにな、今までこの森は魔物は全く出なかったからな。ドラゴンマスクといい、聖龍の森の異変といい、最近、この辺り一体どうなっているのかねぇ?」
ベンもベリルに負けまいと中々鋭いところを突いてきていた。
「あ、あ、そうだ、アンジェ様達は結局無事だったんだろうか?」
ベリルは既にアンジェ達の無事を確認しているのだが、ベンにしてみれば魔物が森の中に出たという事しか知らないし、ましてやドラゴンマスクがこの森の中に出たなんて事は全く思ってもみなかったであろう。
「だ、大丈夫だろ?アンジェ様達って結構強いらしいとの噂だし、なにしろ副指揮官のアルバート様はアンジェ様の剣の師匠だからな。」
ベンがちょっと自信無さげに答えるとベリルもそれに合わせた。
「そ、そうだね。きっと大丈夫だよ。ハハハハ…」
だが流石に頭の回転が速くなったとは言え、友人相手に嘘を重ねるベリルにとっては、非常に心苦しい気持ちで一杯であった。
「まあ、もうすぐ村に着くから、村でアンジェ様達の帰りを待とうぜ。」
「そうだな、わかった。」
ベリルはベンの後を歩きながら、
『ベン、嘘ついてごめんな!』
と心の中で謝った。
こうしてベリル達はアンジェ達よりも先に村に着いたのだが、村ではドラゴンマスクをめぐってとんでもない事が起ころうとしていた。
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