第5話 街は英雄探しで大騒ぎ
翌日、朝早くからベリルは村の中央にある集会所に来ていた。
集会所と言っても建物ではない。
村長や、村にやって来る偉いさんが立って村人に話をするための、朝礼台のような少し高めの木製台が置かれているだけの場所だ。
そこにはベリルだけではなく、何人かの村の若者が捜索隊の要員として声を掛けられたのか集まっていた。
「よう、ベリル、お前もアンジェ様に呼ばれたのか?」
ベリルに声を掛けてきたのは幼なじみのベンだ。
昔からよく遊んでいたが、最近はベンの方は父親の仕事の手伝いが忙しいのか、つるむことが少なくなっていた。
ベンの実家は行商で、村の農作物やベリルの父親の打った包丁や鍋などの商品を町まで売りに出たり、逆に町で仕入れた商品を村に持ち帰り販売する仕事をしている。
なので、町の噂話などもよく聞いてくるみたいで、今回のドラゴンマスクの事も町では結構な噂になっているらしいのだ。
何でも、モノ村を襲ったあのA級指定のグロウグ盗賊団の首領を意図も簡単に制圧したとか、アンジェ様がその頭目にやられそうになったのをギリギリで助け出した英雄だとかで、町ではかなり盛り上がっているらしく、今回の捜索隊の話が出るや、『フリークスに救世主現れる』とかいってお祭り騒ぎらしいのだ。
「お前の親父さん、ドラゴンマスクに助けられたって聞いたけど、お前もドラゴンマスクを見たんだろ?」
「あ、いや、それは…」
流石に自分がドラゴンマスクだから見ていますとは言えない。
「いやあ、残念だったなあ、オレ、親父とフレックスの街まで行っていたから、この間の騒ぎの時、ここに居なかったんだよね。ああ、一度でいいからドラゴンマスクに会ってみたかったなあ。」
ベンがベリルに熱く語る。
ベンよ、ドラゴンマスクはお前の目の前にいるぞ!
「ま、まあ、ベンは逆にいなかった方が良かったと思うよ、盗賊達は皆を襲って怪我をさせたり、家に火を付けたりして結構怖かったから。まあそれに、怪我人は出たけどアンジェ様達が盗賊達を必死に食い止めていたので、人が死ななかったんだと思うし、それだけでも良かったと言うべきかな。」
ベリルがそう言うとベンも少しだけ軽はずみな事を言ったと気が付いたのか、
「そ、そうだよな、ベリルの親父さんも怪我をさせられたんだよな。悪い、調子に乗ってしまって。」
「いや、いいんだよ、でも、フレックスの街がドラゴンマスクのことでそんな状態になっているとは思わなかったよ。」
「まあ、こんな世の中だから明るい話題が欲しいんだろう。」
「ドラゴンマスクが明るい話題なのか?」
「そりゃそうだろ、凶悪な盗賊団を一瞬で倒してしまう様な人物が現れたんだ、街を襲う魔物も倒してくれる救世主なんじゃないかって期待もされているみたいだよ。」
「えっ?魔物も?」
「そうだよ、この村は魔物は出ないみたいだけど、他の街や村は魔物の被害で苦しんでいるからなあ、ドラゴンマスクの力が噂通りなら、何とか伯爵家の方で取り込んで、助けてもらいたいと思っているんじゃないかな。」
「そ、そうなんだ、さすがベンは色んな事を知っているな。」
「いやあ、それほどでもないよ、これ全部、オレの親父の受け売りだから、ハハハハ!」
ベンは笑いながら、ベリルの目の前で横に手を振る。
快活に笑うベンとは対照的にベリルは生きた心地がしなかった。
伯爵は良い人だと聞いているが、安心は出来ない。
正体がバレて、伯爵家に捕まってしまえば、何をさせられるかわかったものではない。
下手をすれば死ぬまで魔物討伐専門の部隊長にさせられるかも知れない。
まあ、そんな役職につけられたとして、ドラゴンマスクの力なら魔物討伐なんてことは当然可能なのであろうが、ベリルとしては正直なところ、争いは嫌いだし、そっとしていて欲しいというところなのだが…
「あ、アンジェ様だ!」
ベリルは、ベンのその声で下を向いていた顔を上げる。
アンジェは盗賊殲滅隊の騎士を二人ほど連れ、馬に乗って村にやって来ていた。
最終的に集会所の前に捜索隊の要員として集まった人間は10人程度であったが、それ以外に20人くらいの村人が物珍しさから集まって来ていた。
「皆の者、今回のドラゴンマスク捜索の件は私の父上であるダイス・フリークス伯爵からの命令である。我々を救ってくれた
アンジェは台の上に立ち、ドラゴンマスクを探し出す理由を述べたが、もちろん、礼をするなどというのは建前であり、本当のところは、街の者達から英雄視されているドラゴンマスクを伯爵家で取り込むことであり、伯爵家に対するさらなる人気を獲得し、さらには王都に対する牽制も視野に入れていた。
フリークス家は、辺境地ではないがそれに近い片田舎の領地ということもあり、土地の広さの割には領民は少ないため、納められる税金も少なく、抱える騎士達の数も比例して少ない。
まあ、代々仕えている騎士の家が少ないのは 否めないが、現在、フリークス家はそれ以外の問題を抱えていた。
それは、最近、このフリークス領等を治めるサイズ王国には、ちょっとというか、少々、厄介な問題が浮上していた。
それは高齢の現王が退位予定であり、その現王がその次期王位の座を、何人かいる現王の息子、つまり王子の内の誰かに譲るのではないかという噂が王族や貴族達の間で立っていて、その王位継承をめぐり派閥争いをしているようなのである。
それはあくまでも退位予定という話自体が噂なのだが、事実、現王は高齢であり、かなり信憑性が高い話のようで、疑う者は少ない状況であった。
そして、それに伴い、王族や王都の貴族達は各地の貴族や領主達を自分達の派閥に取り込もうと躍起になっているとの事であり、ダイスの所にも、その煽りを受けてか、色々と誘いが来ていたのだ。
また領内の領民達にもその不安は拡がっていて、ダイスのところには各地の街や村の代表者からは問い合わせが続いている状況であった。
現在、ダイスは、当の国王自身が沈黙を保っているため、どの派閥にも属さず中立の立場を堅持しているのだが、このまま派閥争いが激化し、もし内乱ともなれば、中立となっている自分達の身が真っ先に危なくなるため、いずれはどこかの派閥に属さなければならないと考えていた。
上手く王位継承をする王子やその王族の派閥に入る事が出来れば、自分達の身分や命の保証はされるのだろうが、逆に王位継承が出来ない派閥に入ってしまうこととなれば、場合によっては最悪反逆者扱いとなり殺されたり、国を追われる事にもなりかねない。
『私にもっと力があれば…』
そんな考えがアンジェの脳裏に浮かぶ。
フリークス家のような辺境付近の田舎貴族と言えども、自分の配下に大きな戦力を持ってさえいれば王族も簡単には手が出せないのだが、そんな事は夢物語であり、弱小貴族の現実は厳しかった。
だが…
『一騎当千』
一人いるだけで千にも万にも値する人物がいれば、それだけで抑止力となる。
もし内乱となったとしても、簡単に攻め込まれる事はない。
そんな不安定な事情の中で持ち上がったのが、龍の仮面を着け、恐るべき力を持った謎の人物がモノ村に現れたという話だった。
『その者は、驚異的な力でA級指定の盗賊団を一瞬にして壊滅に至らしめた。』
その話の出所はもちろんアンジェだった。
王都にはその事を報告したが、当然ながら、にわかには信じて貰えなかった。
そればかりか、グロウグの怪我はたまたまの事であり、フリークス家の娘が、先の王族達を牽制するために作り上げたホラ話であろうと一蹴されたからだ。
だが、ダイスにとってこの事は好都合であった。
王都に出し抜かれる前にドラゴンマスクを見つけ出して取り込むことが出来ればフリークス家の未来は明るいとダイスは考えたからだ。
そのためにも、王都の者達がアンジェの話を信じず、ホラ話と胡座をかいているうちに探し出さなくてはならない。
『絶対にドラゴンマスクを探し出してやる!』
こうした背景から、ダイスによって領内各地の領民を駆り出しての大捜索が始まった。
そこには、領民はもちろんのこと、フリークス家の窮地を救うためにも、何がなんでも探しだしてやるという、ダイスの意地が介間見えていた。
ドラゴンマスクを英雄に仕立て上げ、自分達の伯爵家が彼を取り込む事によって、領民の民意の向上や、不安定な経済状態や国政などを活性化させるカンフル剤となって、この危機的な状況を乗り越えようとしていた。
一方、フレックスの街でも、モノ村を救った英雄を探すため、力を入れ出していた。
「おーい!みんな聞いてくれ!今回、冒険者ギルドでは、あのドラゴンマスク探しに賞金をかけたよ!彼を見つけたとか、ここにいるという情報だけでもいいぞー!その情報が正しくて、結果的にその情報が元となって伯爵様のところまで本人を連れていくことになった場合は情報の提供者には金貨20枚、もし説得して、自分達でフリークス伯爵のところまで直接本人を連れて行けば金貨100枚だ!」
街の広場では冒険者ギルドの関係者がドラゴンマスク捜索に賞金をかけたと広報し、まるでお祭り騒ぎのように盛り上げていた。
当然ながら、街の者達はこぞってドラゴンマスクを探すために街の外へ繰り出した。
だが、当然のことながらドラゴンマスクに関する情報が全くないため、大体の人間は途中でその事に気付き諦めていたが、冒険者ギルドの冒険者達は、僅かな情報を元に次々とフレックスを出て、モノ村に集結しようとしていた。
それは、ドラゴンマスクが現れた最初の場所であり、詳しい情報を得るためには、そこに行くのが手っ取り早いからであった。
ドラゴンマスクの捜索はアンジェの捜索隊だけではなく、ダイス伯爵配下の騎士や兵士、冒険者ギルドの冒険者、各地の街や村の領民達が一斉に探し始めていた。
盗賊を探すのではなく、英雄を探すということから、全員が危険だという意識もあまりないため、まるで本当のお祭りの様な盛り上がりであった。
再び、モノ村。
ベリルはアンジェ達の指揮により、村の裏手に広がる『聖龍の森』に入っていた。
聖龍の祠があるところから名付けられたこの森は聖龍の聖なる力の影響で魔物が出ない森として有名であった。
だがそれは、単に強力な防御結界がその祠の周辺に張り巡らされていたためというだけであり、その事実を人間達は知るよしもなかった。
そして、その結界はもちろん聖龍の力により張られたものではあるのだが、現在、その聖龍の思念体がベリルの手により森を出てしまったために、その結界は解除され、魔物が出没する危険な森へと変貌していた。
ベリル達村人は、アンジェ達の捜索部隊の補助として付いて森の中にある小屋等を捜索したが、当然ながらドラゴンマスクの痕跡は無くベリルにとっては無意味な時間が過ぎていった。
「おい、本当にドラゴンマスクはここにいるのか?」
ベンが森の中の捜索に疲れてきたようで足取りが最初に比べ遅くなっている。
「ど、どうかな、僕にはわからないけど…」
ドラゴンマスク本人のベリルにはそう言うのがやっとであった。
何せ早朝から捜索を開始して、一度昼の食事休憩を入れたのみで、もう夕方である。
「よーし、もう日も暮れる。本日の捜索はこれまでにしよう。」
アンジェ付きの騎士が大きな声で本日の捜索の中止を皆に伝える。
「ふあー!良かったあ!終わったぁ!」
ベンがやれやれと言うような顔をしたが、それは突然起こった。
「魔物だぁー!」
誰かの声が森の中に響き渡る。
騎士達の間に緊張が走る。
全員が耳を疑う。
この場所は聖龍の加護により魔物が出没しない地域と思われていたからだ。
『やっぱり出たのお。』
聖龍が思念波でベリルに話しかけてきたが、そのあまりにものんびりとしたテンポに呆れてベリルもそれに応える。
『龍神さま、そんな
『ははは、まあ、そう言うな。なんならお前がまたドラゴンマスクに変身すれば良いではないか。』
『こんな人が周りにいっぱいいるところで変身出来る訳ないじゃないですか!』
『カッカッカッ!そんなものお前に『分身体』の秘術を授ければ事足りる。』
『『分身体』?』
『そうじゃ、お前の代わりに、お前とそっくりの姿をした魔力の塊を出して、しばらくの間、周囲の人間を誤魔化すという魔法じゃ。まあ、少し問題もあるんだがな。』
『問題も?』
『魔力の塊だから喋られないということじゃ。』
『えっと、それだけですか?』
『そ、そうじゃが、何じゃ?』
『それなら大丈夫です。私は元々無口ですから。』
『なるほど。では『分身体』の秘術を授ける。呪文は心の中で唱えても構わんからな。』
『わかりました。お願いします。』
『うむ、それでは『分身体』の呪文は『アバータ』という、胸の首飾りを握り締めながら唱えるのじゃ!』
『『アバータ』ですか?か、簡単ですね、もっと難しいのかと思っていました。わかりました。では…、』
ベリルは聖龍に言われるがままに胸に掛けた首飾りを握り締めながら心の中で呪文を唱えた。
『『アバータ』!』
すると、ベリルがいた場所にはベリルの分身体となる魔力の塊が残り、ベリル自体は少し離れた人目の付かない場所にドラゴンマスクの姿で現れた。
『おお!凄い!』
ベンと共に魔物のいる場所から逃げていく分身体を見て、ベリルが感動している。
『あの様に逃げるだけ等の単純な行動くらいは十分可能じゃ。』
『なるほど、わかりました。ありがとうございます。』
ベリルは聖龍に礼を言う。
「じゃあ魔物のいるところに行くか。」
ドラゴンマスクとなったベリルは森の木の枝を飛び移りながら、さらに人の目が追い付かない様な物凄い速度で声のする方向へ進んで行った。
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