第18話 政府の自暴自棄的行動と考えられます。

「緊急事態発生っ!」

 晩餐会の終盤近く、大広間に軍人が数人入って来て、将校が叫んだ。

「ダン城壁連邦が世界各国に向けて、多数の戦略核兵器を発射。我が国にも向かって来ています!」

 広間がざわめいた。

「あの国はまだ核ミサイルを持っていたの? わけのわからない行動をしてっ!」プリラがわめいた。

「グレイ教皇聖下、冷静な対応を」とコリン枢機卿が言った。

「わかってるっ。枢機卿と指定の政治家、軍人は核シェルターへ、その他の者は地下鉄駅や線路に避難しなさいっ。大至急、防災無線、テレビ、ラジオで放送を。エバ、あなたは私と来て。核シェルターへ!」

「迎撃ミサイルを発射しますか?」と将校が訊く。

「当たり前でしょ!」

「報復核ミサイルは?」

「不要よ。もうあの国はほとんど壊滅しているでしょ」

 プリラがエバの手を取ってうねって進み出した。ミーム大神殿を出ると、黒塗りの車が止まっていた。二人は後部座席に乗り込んだ。

「私も乗せてくださいっ」とうねり寄って来たキム大尉が言った。

「後ろの車に乗って追ってきなさい」とプリラが答えた。

 車は猛スピードで走り、三分後には軍の施設らしき建物に到着した。何台かの後続車が次々と到着してくる。エバとプリラは軍施設に入り、エレベーターに乗った。地下シェルターへ向かって、ぐんぐんと下る。

 エレベーターの扉が開くと、コンクリートの壁に包まれた広大な空間が現れた。

「状況を教えて!」とプリラが叫ぶ。

「ミームの軍事衛星で状況を確認しています。あと一分三十秒で核ミサイル一発がミーム上空に到達。すでに迎撃ミサイルを発射しています。パピルス、シロプス、エデンアダム、ハッシリ、ナテム、ワイズの各国へも多数の核ミサイルが飛んでいます」

「なんでそんなことが起こっているの?」

「はっきりとはわかりませんが、ダン政府の自暴自棄的行動と考えられます」

「シンゴンくそ大統領め!」

 エバとプリラは軍人に案内されて、核シェルター内の別室へと入った。そこには多数のモニターやコンピュータがあり、将校や参謀らしき軍人が詰めていた。

「あと十秒で迎撃」と誰かか叫んだ。

「六、五、四、三、二、一」

 エバは息を飲んだ。

「迎撃に成功。核ミサイルは爆散しました」

 わぁっ、という歓声が上がった。

「マウン大将、他国の状況を報告して頂戴」

「ナテム共和国、エデンアダム復活国でいくつかの核爆発を確認。両国はダン連邦に報復核攻撃を行っています。これで、ダンは完全に全土が廃墟と化すでしょう。多数の核爆発により核の冬の進行が懸念されます」プリラから指名された勲章をいくつもぶら下げた軍服を着た恰幅のいい男が答えた。

「あと十分後にパピルス人民共和国とシロプス調和の国にも核ミサイルが着弾し始めます。さらに三十分後にはハッシリ企業連合国、ワイズ商王国も核攻撃にさらされます」

「ダンは今回何発のミサイルを発射したの?」

「七十発が確認されています」

「ミームに飛んで来たのは一発だけなのね?」

「はい。しかし周辺国エデンアダムには複数の核爆発が発生しており、我が国も放射能汚染は避けられません。核の塵が大量に降り注ぐでしょう」

「くそがっ」女性教皇は悪態をついた。

「フープ法王と連絡は取れるかしら?」

「只今、連絡します」

 教皇の秘書らしい女性が電話をかけた。つながったらしく、受話器を恭しくプリラに差し出した。

「プリラ・グレイです。フープ法王、貴国の状況はいかがですか?」

 プリラが受話器に耳を傾けている。その表情がみるみるうちに蒼ざめていく。

「まさか、そんな。はい、はい、わかりました。また後刻連絡を」

 教皇が電話を切った。

「凶報よ。エデンアダムでは二十発以上の核爆発が発生。そのうち半数以上が西から飛んで来た核ミサイルだそうよ」

「まちがいでしょう? ダンはエデンアダムから見て南東ですよ」

「エデンアダム軍はパピルス人民共和国からの核攻撃と断定。このどさくさに紛れて宗教的敵対国を破滅させるのが目的と確信しているそうよ」

「まさか。ハーン主席がそんな判断をするはずがない」とエバは言った。

「知らないわよ。法王がそう言ったの! 主席以外にも核攻撃ができるやつはいるわよ。とち狂った軍の最高司令官とか」

「パピルス人民共和国が核ミサイルを発射しているのを確認しました。ミームにも向かっています。少なくとも五発」システムオペレーターが叫んだ。

「迎撃ミサイルを照準せよ。最適なタイミングで発射を。聖下、報復攻撃をしますか?」とマウン大将が命令し、指示を仰いだ。

「直ちに報復しなさい。パピルス人民共和国の首都、主要な軍施設を攻撃」プリラは顔色一つ変えずに即答した。

「やめて! 世界が破滅する!」エバが悲鳴のように叫ぶ。

「パピルスの息の根を止める。エデンアダム軍もパピルスを攻撃しているわ。核戦争はもう勃発しているのよ」

「ダンの核ミサイルがパピルスとシロプスに着弾」とオペレーターが報告した。

「パピルスの核ミサイルがミームに接近。迎撃ミサイル発射。二十秒待ってください。この迎撃が成功しなければ、ミームにも原子爆弾が落下します」

「神よ!」

 プリラが天を仰いだ。エバは立ち尽くし、その隣でキム大尉が歯を食いしばっていた。

「三発の核ミサイルの迎撃に成功。二発はまもなくミームに到達します。迎撃不可能」

 ドドン、という衝撃的な爆発音がした。核シェルターが揺れた。悲鳴が響き渡り、終わりだ、と誰かが叫んだ。一瞬停電して真っ暗になり、すぐに非常用発電機が作動して復旧した。

「うふふふ。こんなにあっさりと世界が破滅するなんてね」とプリラが不気味に笑いながら言った。

「まだ核ミサイルを発射していない国もあるわ」とエバは反論した。

「ハッシリもワイズも絶対に報復するわ。万が一しなくても、猛烈な核の冬が来て、地球は寒冷化し、凍死と餓死で蛇人は滅亡する。あははははっ」

「システムダウン。軍事衛星と連絡が取れません。状況の追跡不能」

「もういいわ。このシェルターにワインはないの」

「二百箱の備蓄があります」

「最高級のやつを持って来て」

 プリラがエバを見つめた。

「飲みましょう、エバ」

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