第15話 ぜひとも停戦してください。

 核爆発により発生したケイジョウ上空のキノコ雲の映像を見ていると、ノックの音がした。エバがドアを開けると、パピルス人民共和国の主席が立っていた。

「どうしたんですか、ハーン主席」

「ガダ合藩国のサエグサ大老から電話がかかってきました。あなたと話がしたいそうです。この部屋につなぎますから、出てください」

 電話がリリリンと鳴り、エバは受話器を取った。

「エバです」

「サエグサです。このたびは第二回会議に出席できず、申し訳ありませんでした。それどころではなかったものですから」

「事情はわかっています。ご無事でよかった。ケイジョウにはいらっしゃらなかったのですか」

「ケイジョウにいますよ。地上にいたら、今ごろは命がなかったかもしれませんが、地下の核シェルターにいますので、こうして連絡することができています」

「そうですか」

 サエグサ大老はあの不気味なキノコ雲の下にいるのだ。核シェルターとはどんなところだろう。窓のない地下の陰気なコンクリートの壁を想像し、エバはため息が出た。

「エバ様に相談したいことがあるのです」

「何でしょうか」

「我々には二つの選択肢が残っています。一つは我が国の核ミサイルを全弾ダン連邦に向かって発射すること」

 エバは血の気が引く思いをした。

「絶対にやめてください!」

「もう一つは停戦です。我々は核による攻撃も通常兵器による攻撃も中止する。ダン城壁連邦が同じ対応をしてくれるのならばですが」

「ぜひとも停戦してください」

「しかし我々にはダン連邦との通信の手段がない。連絡先を知らないし、おそらく仲介者がいなければ、話し合いに応じてももらえないでしょう。だから、エバ様にお願いしたいのです。仲介者となり、ダン連邦と我がガタ合藩国とを調停していただきたい」

 エバは息を飲んだ。大役だ。しかし引き受けるしかない。

「わかりました。少しお待ちください」

 彼女はハーン主席の方を向いた。

「ハーン主席、ダン城壁連邦に連絡を取ることはできますか」

「可能は可能ですが、私にはダン連邦との深いパイプはない。かの国との関係が深いエデンアダム復活国のサラエル・ラモン首席枢機卿か愛の国ミームのプリラ・グレイ教皇から連絡してもらった方がよい。頼んでみましょう」

 エバはうなずき、通話を再開した。

「できるだけのことはやってみます」

「よろしくお願いします。核攻撃のボタンはシェルターの中にありますが、こちらからはこれ以上は撃ちません」

「ダン連邦との連絡が終わったら、大老に電話します」

 エバは電話を切った。すぐに部屋から出て、主席と共にエレベーターに乗り、貴賓室のある五十階に向かった。

 サラエル・ラモン首席枢機卿の部屋をノックした。彼の秘書がドアを開けた。首席枢機卿は部屋の奥にいた。エバが事情を話すと、彼は快く了解してくれた。

「わかりました。連絡してみましょう」

 ラモン首席枢機卿が電話をダイヤルした。受話器を持ったまま、彼はじっと待っていた。やがて首を振り、受話器を置いた。別の電話番号にもかけてみたが、結果は同じだった。

「だめです。出ません」

「教皇に頼りましょう」

 三人はプリラ・グレイ教皇の部屋に向かった。エバが荒々しくノックする。

 女教皇はなかなか現れなかった。

 エバはドン、ドン、とノックを続けた。

「うるさいわねぇ。誰なの」

「エバです、グレイ教皇。ハーン主席とラモン首席枢機卿もいます。急ぎの用があるんです。開けてください!」

 ドアが開いた。エバは用件と首席枢機卿が連絡しても応答がなかったことを伝えた。

「ふつうの回線ではつながらないわよ」教皇は微笑んだ。「私に任せなさい。彼らのシェルターに連絡するから」

 彼女が電話すると、応答があった。

「ミームのプリラ・グレイよ。そちらにシンゴン大統領かガンジン国防長官はいらっしゃらない?」

 グレイ教皇が語りかけた。しばらくの間があり、受話器の向こうの相手が変わった気配があった。

「こんにちは、プリラ・グレイよ。今はエデンにいるわ。エバさんがあなたにお話したいそうなので、換わるわね」

 教皇がエバに受話器を差し出した。

「エバです」

「ガンジンです」

「ガンジン国防長官、お願いがあります」

 シーラ・ガンジン国防長官は沈黙した。困っているような雰囲気があった。

「長官、話を聞いてください!」

「どうぞ、何でしょうか」

「ガダのサエグサ大老から頼まれたんです。停戦したいから、その仲介をしてほしいと。大老はこちらからはこれ以上の攻撃はしないと言っています。話し合いをしてもらえませんか」

 国防長官は黙り込んだ。さっきよりもさらに長い沈黙だった。

「ガンジン長官、お願いです!」

「もう遅い」

「え?」

「五分ほど前、大統領がボタンを押しました。すでに五十発の核ミサイルが飛んでいます。誰にも止めることはできません」

 ガチャン。あいさつもなく通話が打ち切られた。エバは受話器を取り落とした。

 五分。最初にプリラ・グレイ教皇の部屋に来ていたら、間に合っていたかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る