第5話 ところでエバ、あなたは服を着ないのですか?
エバはアダムを連れて、エデンの園の果てまで歩いた。高台から半日ほど歩くと、そこに透明な膜があり、それより先には行けなかった。エバは横に動いた。果ての膜は大きな円筒形になっているようだった。
こんな膜はかつてはなかった。蛇が追放されたときに世界は創り替えられたのだろう。
エバは果ての向こうを見つめた。
そこは荒野だった。まばらに木が生えていて、痩せた実がなっていた。かつて見た夢に似た荒涼とした大地だ。緑は少なく、石ころがたくさん転がっている。そこに吹き飛ばされた蛇たちが横たわっていて、呆然と辺りを見回していた。
黒髪の蛇もいた。デモンは腰から上を立てて、エバを見つけて這い寄って来た。
「透明な膜がある。これであなたと私は隔てられているんですね」
「でも声は聞こえるわね」
「そうですね。あなたと話ができる」
「荒野でどうするの?」
「生きていきますよ。さっきも言いましたが、私たちはただの蛇ではない。賢くなった蛇人です。知恵の力で生き抜いていく。私には生きるためのアイデアがたくさん湧き出ているんです」
デモンは蛇たちに声をかけた。
「立ち上がれ。荒野といっても何もないわけじゃない。生きていける。木は今は少ないが、増やせばいい」
「どうやって?」
蛇たちは不安げな顔でデモンを見上げていた。
「種を蒔いて、育てる」
デモンが蛇たちを指揮した。蛇たちは活動を始めた。エバは蛇たちが始めた不思議な活動を熱心に見守った。
蛇たちはまず石ころを取り除いて、土地を耕した。そこに木の実から取り出した種を蒔いた。細長い水路を掘り、川の水を分流させた。水路から水をすくって種を蒔いた土地にかけた。木の芽が出た。蛇たちは毎日木の芽に水をやり続けた。木はすくすくと生長していった。やがて木の実がたくさん実り、蛇たちは収穫を祝って踊った。
彼らはそれを繰り返して開拓地を広げていった。
エバはそのようすを毎日欠かさず見ていた。エデンの園とはちがう生活が面白く、デモンと蛇たちの奇妙な行いを飽きることなく見続けた。アダムはそれほど興味がないようだった。彼は果実を食べ、昼寝をし、気が向いたときだけ、エバのそばに来てエデンの園の外を見た。
「蛇たちはずいぶん忙しそうだ。こちらでは木なんて育てなくても、いくらでも実はある」
「そうね。でもなんだかあちらはすごくない? 水路があって、木が整然と並んで育っている」
「別にすごいなんて思わない。エデンの園の方がいいよ」
アダムはすぐに飽きて、エデンの園の中を走ったり、ふらふらと歩いたりした。
デモンはよくエデンの園と外との境界にやってきて、エバに話しかけた。
「どうです。これが知恵の力ですよ。木が乏しければ、このように増やせばいいのです。私はこれを農業と名付けました。水路もどんどん伸ばしています。これは灌漑と言います。私は荒野を農地に変えたのです」
エバはデモンの言うことを素直にすごいと思った。知恵の樹の実を食べて、彼は変わった。
「ところでエバ、あなたは服を着ないのですか?」
「フクって何?」
「私が身につけているものです。木の皮と葉で作ったものですが」
「ああ、そう言えば、デモンはエデンの園にいたときとはちがった格好をしているわね。どうして?」
「裸でいるのが恥ずかしいからですよ」
「裸? 恥ずかしい? どうして?」
「ああ、もういいです。私もかつてはそうだったから、わかります。気にしないでください。私もあなたの裸を気にしないことにします」
デモンは変わったなぁ、とエバはつくづく思った。
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