那須の大妖怪の憂鬱

美ぃ助実見子

玉藻の憎しみの連鎖

 栃木県、日光国立公園が立地し、日光・那須は観光地や保養地と知られている。

 また、日光東照宮、那須高原、那須温泉、いろは坂、鬼怒川などなど観光で有名であることも多くの人が知るであろう。


 そんな観光名所溢れる栃木県でゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人絡みの異変が起ころうとしていた……。


 発端となるのは、那須湯本。温泉郷と知られる有名な温泉処の一つだ。

 那須湯本温泉付近に存在する溶岩に『殺生石せっしょうせき』と呼ばれる大岩があるのは、ご存知だろうか。


 殺生石付近一帯は硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスがたえず噴出しており、『鳥獣がこれに近づけばその命を奪う、殺生の石』として古くから知られた名勝である。松尾芭蕉も訪れ、『おくのほそ道』にその様子が記されている。

 現在一帯は殺生石園地と呼ばれ、観光客が多く訪れる名所となっているが、ガスの噴出量が多い時は立ち入りが強く規制される曰く付きの場所である。


 そんな殺生岩を眼下に収める高台の場所に、『玉藻の温泉宿』がある。


 バブル景気が一世を風靡した時代に大層繁盛したが、今ではその面影は乏しく見る影もない。閑古鳥が鳴くと言ってもいいだろう。

 その温泉宿の一画にある静寂な大宴会場の隅で、肌が透き通る生絹の小袖を身に纏う経営者の『玉藻たまも』が一枚の紙切れを手にして嘆息する。


 玉藻は、立てば芍薬、座れば牡丹。芙蓉の顔は、中国の皇帝を誑し込む程の絶世の美女と謳われるが、実はその正体は九尾の狐の大妖怪である。


 玉藻たまもに纏わるこんな逸話がある。


 鳥羽上皇が寵愛したという伝説の女性・玉藻前が、正体が妖狐の化身であることを見破られ、逃げた先の那須の地で討伐されて石となったという。しかし石は毒を発して人々や生き物の命を奪い続けたため殺生石と呼ばれるようになり、至徳二年には玄翁和尚によって打ち砕かれ、そのかけらが全国に飛散したという。


 その飛散した岩の一つに玉藻の怨念が宿り続けて魂となり、長い年月を掛けて人としての姿を形作りだし、温泉宿の主として君臨する様にまでなっていた。



 玉藻が見詰める紙切れにはこう書かれていた。


『ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人へ乗っちゃいなよ、YOU! 金儲けできるチャンスだよ、YOU!』


 と、達筆で綴られていた。差出人は妖怪仲間である境港さかいみなと鬼次郎おにじろうである。


 玉藻は再び嘆息すると、紙切れから視線を逸らし、大宴会場を静かに眺望する。


 そこには数多のゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人が着座し、宴会用の長机に山盛りに盛られた栃木の珍味に舌鼓を打ち、酒を酌み交わす姿だった。


 見つめ合い酒に酔い楽しく話し込んでいる、であろう様相からは音が全く無い。


 テレパシーで会話しているのか、声音は一切発しないが、どことなく騒ぎ立てている様に見える。加えて、口が無いのに誰かが食べたのであろうか、山盛りの珍味が忽然と姿を消す様子もチラホラ見受けられる。


 珍味が姿を消す度に仲居が忙しく動き料理を盛り付け、忙しい余りに人に化ける事を止めた妖狐達の姿が見える。


 そんな静寂の打ち破る者がいる。ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人の中央でゲハゲハと品のない笑い声を上げる雨ダヌキだ。


 酔いの席を楽しむゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人に混じり酒に酔いしれ、なんども酒を口に運ぶと血色が良い面立ちを更に赤くしている。上機嫌なのか栃木産のイチゴを頬張り、悪酔いしては、ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人に絡み愚痴を零している。


 何処か苦労が絶えない中年サラリーマンの酔いつぶれる姿を思い浮かべるが、それとは別に女性と思しきゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人の俎板の胸を凝視して、フッと勝ち誇った顔を浮かべてゲハゲハと下品な笑い声を上げるのは、セクハラであろうか。俎板の胸を大いに見下しているようにも思える。


 そんな雨ダヌキも酒癖の悪さは、玉藻まで波及する。


 ふと玉藻のスイカの様な豊満な胸を見詰めると、自身の胸と何度も見比べては、何故か苛立ちを募らせている。しばし見比べて瞬間湯沸かし器の様に蒸気を頭から噴き出すと、スクッと立ち、玉藻に近寄っていく。


 予想が付かない行動にたじろぐ玉藻は、無礼を承知の上で睨み返すしか術がない。


 雨ダヌキは怒りからニヤニヤと邪な笑みを浮かべながら玉藻に近付くと、右手を刺し出して、突拍子もなく豊満な胸をその手で鷲掴みする。


 玉藻は予想も出来なかった行動に恐れ戦き、悲鳴すら零さず、桜色の唇を堅く噛み締め震わせるしかなかった。


 そんな玉藻を他所にして、雨ダヌキは下品なまでに口を緩ませる。


「お主も悪よのう。こんな悪意に満ちた胸を邪悪なまでに魅せつけた挙句、恥じらいながらも私を嘲笑するとは、んん!? なんだ、この自然なまでの柔らかさは。私の人工的な胸とは大違いだな。おお、おい」


 頬を染めて俯く玉藻を気にする様子もなく、雨ダヌキは手先起用に指を絡ませる様にしてにぎにぎと何度も玉藻の賜物の胸を掴み、まるで突きたてのお餅の柔らかさを噛み締める様に何度もウンウンと頷き、遂には何故か涙を零す仕草まで見せる。


「負けた、負けたよ。ここは潔く負けを認めようじゃないか。いい、胸だったよ。しかと堪能させてもらったよ」


 と吐き捨て、ニカリと笑みを浮かべると、玉藻を背にしてゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人をゆっくりと見渡す。


「お前達、栃木の侵略は諦めるよ」

「……」


「ああ、言いたいことは分かる。殺生岩の毒気を新兵器へと転換しようとしたことは、玉藻に免じて諦めよう」

「……」


「不満なのか。そうだな、言ってみれば、日光東照宮の古だぬきのお告げみたいなものだよ。呪いとも言うね。そむけば、私の胸が穢され危いことになる」

「……」


「そうだ、古だぬきの呪いは怖いし、私は玉藻の賜物を尊重したいんだ」


 雨ダヌキは、くるりと振り返ると、玉藻を見詰める。


「その胸に乾杯(完敗)。でもね、言っとく。現代の美容整形を侮ってはいけないんだ。ことさんに相談するけど、きっとその胸を凌駕するZカップを身に着け、再びあんたに勝負を挑むことにするよ」


 玉藻は胸を両手で隠し、項垂れる。


「そう、落ち込むことは無いよ。まだまだ、成長の余地はあるってもんだ。揉みに揉みまくった私が言うんだ、間違いがない」


「……サービス料は弾んで頂けるのでしょうか……」と声細にして玉藻は呟く。


「ああ、心配することはないさ。たーんとお金を弾むよ。散々お世話に成ったし、色を余すことなくつけるよ」


 と、言って雨ダヌキはゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人共に忽然と姿を消した。その後には宴会場を埋め尽くす数多のを残して……。


 唖然とする玉藻は、じわりじわりと顔をいびつに歪ませ、狐に容姿を変えると九本の尾を焔の様に揺るがし、怒りを怒涛如く那須湯本の隅々に伝える。


「おのれ、雨ダヌキ!! 散々温泉宿で遊び尽くし、大量の御馳走を鱈腹平らげた挙句、妾の胸を弄んで辱めた。その接待の報いが、この始末。無価値でごみの様な葉っぱを山の如く残し、食い逃げとは断じて許すまじ。この恨み晴らさずにはいられるか!!」


 吠える玉藻の憤りは、栃木県を地震の如く揺るがし、空地に怒りを沁み込ませた。


 その一件の後々、栃木県知事がテレビ局各所で緊急声明を発表した。


「我々栃木県民は一体一丸となって、ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人の日本侵略に立ち向かう。食い逃げ犯は決して許さない。

 これは宣戦布告と受け取って構わない!! 我々は、最後の一兵に成るまで武器を手に、死力を尽くして最後まで闘う所存だ!!」


 虚ろな目で言葉強い声明を発表する県知事の後ろに、その身に寄り添うようにしてスーツ姿の玉藻が居たのは言うまでもない。


 恐ろしき、女性の気高き胸の争い、いや、お金の執着心が成せる技であろうか。寧ろ、食い逃げした雨ダヌキ一行が悪いのかも……。

(了)


 本作品で少しでも楽しんで頂けたのであれば、幸いです。

 詳しい企画内容は、

 雨 杜和orアメたぬき様の『【爆笑】都道府県オープン参加小説2:宇宙人侵略その後、各都道府県はどうなっている。』

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219500906547

 をご覧に成ってください。

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