小話箱

みち木遊

捨てる

 おれは道端である看板を見た。

 『断捨離しています。貰ってください。』

 木の簡素な看板に二行。

 なんだ、こりゃ。

 その看板のすぐ下。

 気づかなかったのが不思議だった。

 そこにはブルーシートの上に胡坐を掻いて座る男性とその周囲を囲うように置かれた家具や宝石が散り填められたアクセサリーをはじめとしたさまざまな家庭にあるだろうものたち。

 確かに、今いる道は人通りがないし、街灯も少ない。

 だが、露天商、とまではいかなくてもそんな行為が出来るような場所でもない。

 そんことやれば一瞬で気付く。

 遠目から見えなかったのか、そう訊かれるにも現時刻は午後十一時。

 夜も本番の時刻。

 見えないのは仕方がない。

 だが、しかしだ。

 すぐ横に看板がある事に気付いたのだ。

 そんな近くにきてようやく気付くなんて、奇妙だ。

 やっぱり、変だ。

 だが、そんな疑問より、目に入るものがあった。

 名前だ。

 チラシの裏、だろうか。

 安っぽい紙に書かれた『はせべ ようこ』。

 誰の名前だろうか。

 好奇心旺盛の性がおれを動かした。


 「すみません、この、名前が書かれてるこの紙なんですが、これは売り物ですか?」


 掛けられた声に男はうつむいていた顔を上げて言う。


 「ええ、売り物です。ちょっとばかし、これは扱い難いものですから本体じゃなくて、名前だけ。いわゆる、ダミーってやつですよ」


 なるほど。

 だが、人の名前のような商品名は何か、気持ち悪く、好奇心だけはくすぐられ、正体を明かしたくなって。


 「その商品ってどんなものなんですか?」


 訊いた。

 それに男は静かにに答えた。


 「嫌なものです。あんなに愛してやったのに、遊んで、私たちをないがしろにし続けて、子供まで孕んで、仕舞いには金だけ寄越せ、でした。生意気、いいえ、ゴミなんです。だから、捨てるんですよ。でも、苦労や手間を掛けさせられましたので、誰かに譲ろうって思いまして」


 おれはその答えに何かを察した。

 そして、察したことを予想として組み立てて、好からぬ想像が浮かぶ。

 だが、そんなことあっていいのだろうか。

 想像を否定するように常識が問い掛ける。

 犯罪、そうじゃなくても、倫理的なものではない。

 それに、ちょっと過るものがあった。

 おれは数か月前に、元カノを孕ませてしまった。

 自分のわがままでそうさせて、責任に堪えかねて、逃げた。

 そういえば、割りと逃げるのには慣れ切っていたせいで、忘れるのが特になっていたが、元カノの名前は何だっただろうか。

 たしか、目の前の商品名に何かが引っ掛かる。

 それに今思うと、男が並べるものにも見覚えがあるよう気がしなくもない。

 何だっただろうか。

 得も言われぬ恐怖を感じながらも好奇心がさらにおれを駆り立てた。


 「そしたら、一応なんだけど、この商品はおいくらなんだい?」


 それに男は答える。


 「後々掛かるだろうけど、私が売るって上ではタダで差し上げますよ。それに看板にも書いてるでしょう?貰ってくれって」


 その答えになんとなく、理解が及んだ。

 そして、思い出せた。

 しかし、目の前の男の狂気には驚かされた。

 元カノを売ってるんだ。

 捨てるから、彼女のモノをこうやって捨ててるんだ。

 全部俺が悪いじゃないか。

 そう思うと、俺は名のついた紙に名前を足した。


 『ゆうと』


 そして、俺はその場を去った。

 俺はどうせ、地獄に落ちるのだろう。

 そう思いながら。

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