第12話 意地
「それじゃ、行きましょうか。」
瑞貴が微笑みながら声をかけると、大黒様は立ち上がり散歩は再開された。
――捨て猫で世界が滅ぶところだった……。でも、これくらいで滅んでたら世界なんて幾つあっても足りないよな?
足元をチョコチョコと歩いている大黒様を見ながら考えてしまう。
いつも切替えが早く、数分前まで怒っていたことを一切感じさせることはないのだ。ずっと悩み続けて生きるのは、辛くなるだけなのかもしれない。
――『それくらい』って思うことがダメなのかも。『捨てる』ってことは『死んでも構わない』ってことなんだ
大黒様は『死んでも構わない』が横行する世界など存在する価値はないと判断したのだろう。
怒るときは妥協などせずに、しっかりと怒るシヴァ神。それでも、世界が滅んでいないのは、これまでもあの女の子のような存在があったからかもしれない。
「捨てる『神』あれば、拾う『神』あり……か。そうやって世界は価値を保てているのかな」
瑞貴は思わず口に出してしまっていた。大黒様は何も反応せず歩き続けている。
――次からは散歩のときもビスケットを持って出た方が良いのかも
油断大敵であり、神媒師としての役割を忘れてはならない。そうでなければ瑞貴の代のときに世界は滅んでしまう危険性がある。
多少の緊張感はあったが、穏やかな散歩は気持ちよかった。
それほど遠出しているつもりはなくても大黒様と一緒でなければ近所であっても絶対に歩いてくることなどない場所ばかりだった。
大黒様は子犬の身体なので、体力を考えてあげなければならない。視察も大事だが無理をするのも良くないだろう。
「大黒様、今日はこの辺にして戻りませんか?」
あまり家から離れ過ぎてしまっては帰るだけでも大変になってしまう。
大黒様はチラリと瑞貴を見たが気にすることなく歩き続けていた。瑞貴の言葉には従いたくないだけで意地になっているとしたら困りものだ。
外でのトイレタイムに備えて水は準備してあるので万一の水分補給は出来るが、瑞貴は心配になってしまう。
意地を通すことも大切ではあるのだが、それが原因で体調を崩すことがあってはならない。
――トイレセットは持ってきてるけど、外ですることはないんだよな。そこも神様としての威厳なのかな?
瑞貴は近くのコンビニへ立ち寄ることにした。飲用で使える器を仕入れようと考えていたのだが大黒様を店の前で待たせておくことには少し躊躇いもある。
「……滝川君の犬?」
とりあえずコンビニの前までは来て大黒様を見つめながら迷っていた時に瑞貴は声をかけられた。
声のする方に立っていたのは秋月穂香だった。
コンビニで買い物を済ませた後らしく彼女の手には買い物袋が下がっていた。
「秋月さん?」
「おはよう」
「あっ、おはよう」
相変わらず淡々とした雰囲気であった。彼女の私服姿を初めて見たのだが、ラフな服装でも整っている。
別の中学出身ではあるが隣の地区に住んでいることだけは瑞貴も知っていた。それでも散歩中に偶然出会うほどに近いとは考えてもみなかった。
「瑞貴君の犬?散歩中だったのかな?」
「あぁ、家でお世話してるんだ。……散歩してたんだけど、水を飲んでもらうお皿がなかったから」
「……コンビニに買いに来たの?」
瑞貴は、少しだけ秋月が笑っているように見えて驚いた。『飼っている』ではなく『お世話をしてる』という言葉を可笑しく感じたらしい。
「そうなんだけど、ちょっと待たせておくのが不安だったんだ」
「可愛いから、連れていかれちゃうと思ったの?」
「えっ?」
子犬を待たせることを
笑顔で話してくれている秋月に対して真顔でオタオタしている瑞貴。
「……あ、うん、そうなんだ。まだ子犬だしね」
「いつから『お世話』してるの?」
「家に来て2週間くらい」
「……それじゃぁ、誕生日プレゼント?」
確かに瑞貴の誕生日に祝いの言葉をもらっている。瑞貴は当然覚えていたが秋月が覚えていたことに意外な感覚があった。
「えっ、誕生日プレゼントって?」
「何も貰えないって聞こえてきたけど、子犬のプレゼントだったんだね」
瑞貴は、思わず大黒様と見つめ合ってしまっていた。
「違うの?」
「……そうなんだ!違わない」
普段であれば一言二言で終わってしまう秋月との会話が、こんにも長く続いていることが不思議な感覚だった。
休日、コンビニの駐車場で女子と語り合う時間はくすぐったいものでもある。
「……見ていてあげようか?」
「えっ?」
「滝川君が買い物してる間、子犬見ていてあげようか?」
「いいの?」
意外な展開は継続されている。確かに瑞貴にとっては
瑞貴の偏見とは異なり秋月について嫌な噂は聞いたことがなかった。見た目から男子の人気が高いのは当然だと思っていたが女子からの人気も高い。
大黒様のことを考えれば断る選択はない。
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