第8話 本領発揮
無事に食事を終えて再びリビングに集合していた。母が作った食事は気に入ってくれたらしく、ただの子犬として満足げな様子を見せていた。
夕食後、新旧・神媒師の父子で話を再開させる。
母はテレビで放送されている映画を見始めており、シヴァ神はソファで母の横に寝転んで一緒に映画を見ていた。
「とりあえず、シヴァ神は自由に行動してもらって、常にお供しておくしかないな。……会話が成立しないんだから仕方ない」
「メールには『この世界が破壊神を必要とするか見極める』って書いてあったけど、父さんはどういう意味だと思う?……わざわざ『破壊神』って表現してるのは気になるんだ」
「うーん、神様の解釈ってのは色々あるから難しいんだ。それでも、『破壊神』の呼び名を自ら選んで使っている点は、意図していることがあるとみて間違いないな」
「……破壊か。……いきなりテーマが重いよね。……見極めるってことなら、今の世界を見るだけなのかな?」
母と並んでソファーに座っている子柴犬に何が破壊できるというのだろうか。瑞貴には平和な光景にしか見えない。
「まぁ、俺も神媒師の役割に慣れていかないと……」
経験者の父でもアドバイスは難い状況なのだから、この程度でしか結論は出せない。八百万の神と言われるくらいに多くの神様がいるのであれば、臨機応変に対応していくしかないのかもしれない。
同じ神様であっても信仰のされ方で全く別の神様になってしまうこともある。
片方は慈悲深くて優しい神様。他方では容赦なく破壊してしまう神様。どちらも正解になってしまう。
――こんな大人しくしてくれているなら、難しい仕事にはならないよな?
瑞貴が気を緩めた瞬間、リビング全体の空気が重苦しく変質したように感じていた。それは父も母も同じであり、三人は一斉に子柴犬に目を向けることになった。
過去にこんな体験をしたことはない。過去と現在を比較して明らかな相違点は子柴犬の存在だけであり、原因の特定は容易に出来てしまう。
そして、大人しくテレビ鑑賞をしていただけの子柴犬の身体を薄く黒い
『むにかえす』
瑞貴の頭の中に声が響いた。幼い子どもが話しているような舌足らずな言葉ではあったが、聞き取ることは出来た。
「えっ?誰?」
「どうした、何かあったのか?」
瑞貴が慌てている様子に父が心配して質問する。直接頭の中に響いている感覚があったのだが、先程の声は瑞貴にしか聞こえていないらしい。
「声が聞こえたんだ」
両親は瑞貴と子柴犬を交互に見て、瑞貴にだけ聞こえた声と黒い靄が関係していると直感した。
「その声は何て言ってたんだ?」
「たぶん、『むにかえす』って言ってたように聞こえた」
父の問い掛けに答えた直後、再び『むにかえす』の声が瑞貴の頭に響いていた。
「……ほら、また聞こえてきた。『むにかえす』って繰り返してる」
子柴犬の靄も徐々に濃くなっているように感じられた。
同時に、空気が重苦しくなり、小柴犬はテレビの方を見ながら低く唸りだしていた。
「これってシヴァ神が言ってると思うんだけど、何かに怒ってるのかな?……『むにかえす』って何なんだ?」
急に緊張感が増している。そして、母は『もしかして』と何かに気付いて立ち上がり、キッチンに向かってしまったのだ。
ここでも情けない父子は、事態を飲み込めずにシヴァ神と化してしまった柴犬に慌てることしか出来ない。
「大黒ちゃん、これは映画だから違うの。実際に起こっていることじゃないから、破壊しちゃダメ!……とりあえず、おやつを食べて落ち着きましょ」
子柴犬に優しく話しかける母。父子は何が起こっているのか分からず見ているしかない。
だが、子柴犬から出ていた黒い靄は徐々に消え去り、それまでの重苦しい空気からも解放されていた。何事もなかったかのようにビスケットを食べている小柴犬の様子を見て、
「どういうこと?」
父子は声を揃えて質問することが精一杯の状況だった。
「ゴメンなさい。戦争モノの映画を見てたら、凄く悲惨なシーンになってたの。……たぶん、それを見ていた大黒ちゃんが怒っちゃったの」
これまで瑞貴が丁寧な対応をしていたことも
ただ現状で名前のことは後回しにして母から説明を聞いてみても理解に苦しんでしまう。男二人の不思議そうな表情を見て、補足説明が為された。
「……だからね、大黒ちゃんの目的は『破壊神が必要か見極める』って書いてあったでしょ?『再生』のために『破壊』するのがシヴァ神の役目なんだから、今の世界に価値がないと判断されたら『破壊』活動を始めるんじゃないかな?」
「『このせかいがはかいしんをひつようとするかみきわめる』って、そんな意味なの?」
「たぶんね。……大黒ちゃん、映画を見てるうちに機嫌悪くなってたみたいだし」
黙って映画を見ているだけだと思っていた瑞貴は驚いてしまう。
「……嫌な世界に見えてたんだ。それで、映画と現実が混ざっちゃって、こんな世界に残す価値はないって思ったんだ」
「大黒ちゃんから伝わってきた気持ちが教えてくれたのよ。……悲しそうに怒ってる表情になっていたから、辛かったんだね」
そう言って母は優しく子犬を撫でた。
「えっ?俺には何も分からなかった」
見事な解説であり、シヴァ神としてこの世界に来た目的も明確に示されることになってしまった。
現在の世界を破壊して『無に還す』必要があるか見定めに来たのであれば、とんでもなく恐ろしい判断をするために顕現していることになる。
瑞貴は、知識や情報だけで考えてしまう傾向がある。眼前に存在している子柴犬を観察して得られることもあるのだ。動物が表情豊かだとは分かっていても、そこまで細かく判断することなど出来ていない。
「ちゃんと一緒にいて声を聞くための努力をしなさい」
母からの言葉は、少しだけ厳しい口調になっていた。瑞貴は会話しようとしていただけで、声を聞く努力を怠っていたことになる。
相手が話してくれないから諦めていた瑞貴に比べて母は短時間で僅かな表情の違いさえも見逃さなかった。そして、メールの内容もしっかりと読み取って判断していたことになる。
「母さん、すごいね」
母は得意気な様子を見せて『当然でしょ』と言っていた。
「ところで、『大黒ちゃん』って名付けちゃったの?」
「そう、柴犬に『シヴァちゃん』は分かり難いから『大黒』にしてみたの。でも、瑞貴は『ちゃん』じゃなくて『様』って呼ばないとダメよ。あなたがお仕えする大切な相手なんですからね」
「……はい」
瑞貴母も昔からこの手の話は好きだったらしく、父の所有している本は読んでいた。故に『大黒』と付けてしまったのだろう。
この状況では、既に逆らうことなど出来るはずもない。
「父さんにはゴメンだけど、母さんの方が頼りになるよね」
先代の神媒師である父は完全に沈黙してしまっていた。
その後、『大黒様』は瑞貴の部屋で一緒に寝ることが決まった。『大黒様』が一緒の時は
もしもの時に、大黒様の声に早く気付いてあげることは瑞貴にとって重要な役割になる。
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