第3話 迷子の柴犬

 滝川瑞貴は、男友達から『中の上』としての判定を受けている。外見的には『中の中』付近らしいが、運動神経と学力で多少加点されているらしい。学年上位である学力もかたよりがあり、理数系を苦手することで大幅加点には至らない。

 そこに関しては瑞貴が滝川家に生まれたことで文系の知識の方が必要だったこともあり偏りが生じたのだろうと考えられる。


 中学まで弓道を続けていたが、高校入学前に止めてしまっていた。16歳から始まる役割を優先させるために中学校までと予め決めていた。


 秋月は容姿も成績もトップに位置しており、瑞貴とは違い容姿端麗であるため注目を集める存在だった。瑞貴が気後れしてしまっているのは、無意識のうちに届かな存在として認識してしまっているからかもしれない。


※※※※※※※※※※


 瑞貴が暮らしているのは愛知県名古屋市。

 通学は自転車で片道20分程度。夏の蒸し暑さが厳しい点を除けば、生活しやすいと考えており、不便を感じることは少なかった。

 政令指定都市で区分されてはいるのだが、名古屋市はと瑞貴は考えている。歴史の割に観光名所も少なく、賑わう場所にも偏りがある中途半端な地域としている。


 瑞貴の父親は所謂IT系中小企業の経営者をしていた。

 生活に不自由はないが、贅沢が許される程の会社規模ではなく、ごく普通の一軒家で家族三人がつつましい生活を送っている。


 代々受け継がれる役割を持っている家系として、滝川家を見ている知人友人は存在しない。瑞貴自身も子どもの頃から役割については聞かされており、覚悟を持つように育ってられてはいたが実感としては非常に薄かった。



 学校から帰った瑞貴は自宅の駐車場わきに自転車を止めて門扉もんぴを開けた。いつもと何一つ変わらない行動のはずだったが、そこで固まってしまい動けなくなってしまう。


 門扉を開けた正面に、子犬が座っていた。

 黒色で麻呂眉のまん丸な子柴犬で帰ってきたばかりの瑞貴をジッと見上げて座っていた。


 彼の家で犬は飼っていないので、迷い犬か捨て犬の可能性しかない子柴犬なのだ。瑞貴が門扉を開けた瞬間も驚いた様子は全くなく、怖がってもいない。


――子犬にしては落ち着いてるよな。すごく綺麗な子だし、迷子かな?


 捨てられたと考えるには可愛すぎた。

 動物を捨てるような人間に常識的な判断材料は無関係であり、ただ捨てるだけでしかない。この場合、この子犬が可愛いことが捨てられない基準とは別問題になる。


 瑞貴はしゃがんで子犬に近づいてみたが逃げる気配はない。子犬は少し開いた口から舌を少しだけ出している。


 頭をでようとして伸ばした瑞貴の手を、子柴犬の短い前足が払いのけようとする素振そぶりを見せた。座っている場所から離れるわけでもなく、ただ払いのけようとした。


 予想外の子犬の反応に驚いてしまうが、子柴犬は瑞貴の顔をジッと見つめている。短い前足では届かなかったが、瑞貴は子犬の頭を撫でるのは止めることにした。


――随分と気位の高い子だな


 子柴の態度を尊重して撫でることは諦めたが、このやり取りで思わず笑顔になってしまう。


「お前、どこの子だ?……きっと家の人も心配してるぞ」


 瑞貴は動物に対しても、無意識に話しかけてしまうタイプの人間だったらしい。

 話しかける行為自体に意味はないと分かっていても、心の何処かでは伝わる可能性も信じているのかもしれない。


――もしかして、俺の誕生日プレゼント?


 この子犬が自分の力だけで門を開けることは不可能で、全く恐れておらず人間に馴れている態度。誕生日プレゼントはないと聞かされていたのだが、考慮すべきなのかもしれない。


――でも、車が止まってないから、まだ二人は帰ってないよな。……プレゼントってことはないか


 自宅前の駐車場に車がないのは確認済。両親が帰宅していれば、自転車を止めている時に気が付いていたはずだった。

 片足を動かせない瑞貴の父親は車の運転が出来ないので、母親が秘書兼運転手のような立場で父の仕事を手伝っている。


 数年前、家庭でも職場でも一緒にいるのだから窮屈に感じることはないのか聞いてみたことがある。『ずっと、そうしてきたから比較出来ない』が二人からの共通した返答であった。



 両親のことを考えるよりも問題は目の前の子柴犬。


――困ったな、首輪もついてないみたいだし……


 現在首輪はつけておらず、首輪をつけていた跡も見られない。

 子犬なので飼い始めて間がないのかもしれないが首輪を用意する前だったのかもしれない。などと、想像を巡らせてみても結論には至らなかった。


 子柴犬は口を開けた愛嬌たっぷりの顔で、悩んでいる瑞貴を眺めている。

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