第2話 嬉しい言葉
少しだけ愚痴を言いたくなった瑞貴は思わず説明するつもりのなかったことまで話を始めてしまっていた。瑞貴の家に関わる問題であり、外部に漏らすことは基本的に禁止になっている内容だ。
誰にも相談できないもどかしさが、知らないうちにストレスとして瑞貴の中で蓄積していたのかもしれない。
「えっ?何それ。プレゼントが貰えなくなることと関係ある話なの?」
「……関係なくもないのかな?一人前の人間として役割を果たせってことになるんだから」
「大人の仲間入り……みたいな話か?昔だったら『
「ちょっと違うかもしれないけど……、そんな感じの意味があるのかもしれない」
「お前の家って、そんな古風な
「……秘密。言っちゃダメなんだって」
「秘密ってなんだよ。言えない話なら最初からするなよな。ただ気になることを増やされて、俺が損しただけだろ?」
当然の反論が清水から返ってきた。瑞貴が同じことを言われたとしても全力で不満を口にしていただろう。
分かってはいても、会話の流れで止められなかった。
「……ゴメン。でも、お前が誕生日のことを思い出させたんだから、愚痴くらい聞いてくれてもいいだろ?プレゼントの代わりってことでさ」
清水は少しだけ納得いかない表情を見せてはいたが、何かを思いついたように不敵な笑みになって、
「まぁ、いいけど。それなら俺は『お前の愚痴を聞いた』っていう誕生日プレゼントを贈ったことになるんだよな?貰ったら返すって、ことが礼儀だと思うんだ。さっきも言ったけど、ギブアンドテイクは大事なことだろ?」
「その時まで覚えてたら、ね」
男同士で誕生日プレゼントの交換について気持ち悪い相談をしていると、別の人物が会話に割り込んできた。
瑞貴は眼前の清水に気付くのも遅れてしまっていたが、隣席に座っていた存在も見落としていたことになる。
「滝川君、今日が誕生日なんだね」
クラスメイトの何気ない一言に、瑞貴は必要以上に動揺してしまう。
隣の席から瑞貴を見て声をかけてきただけなのに、特別なことでも起こったような感覚に陥っていた。
秋月
高校1年生の女子を美人と表現することに瑞貴は否定的な考えもあった。そんな瑞貴でも、美人と認めてしまう人物が秋月だった。
身長は他の女子よりも少し高めで黒髪ロングが似合っており、いつも姿勢正しく、知的な印象を与えてくれる。
実際の成績も良いので、偏見だと分かっていても『美人=クール』のイメージを作り上げてしまい、瑞貴には苦手意識が先行してしまっていた。
「あっ……、一応、ね」
同い年の女子から声をかけられた動揺で、返事に
正面に立っている清水は、瑞貴の反応を見ているだけだった。
「そうなんだ。……おめでとう」
おそらく瑞貴と清水の会話が聞こえていたのだろう。無視することも出来た会話であることを考えれば、意外に律儀な性格なのかもしれない。
「……ありがとう」
それだけを瑞貴が伝えると、秋月は教室を出て行ってしまった。
長い髪を
「せっかくのチャンスを無駄にしたな」
それまで黙っていた清水が茶化すようにして話しかけてきた。
「……チャンスって何だよ?」
「でも、秋月からの『おめでとう』で憂鬱な気分が少し晴れたんじゃないのか?」
その言葉に、瑞貴は肯定も否定もしなかった。
清水は『それじゃ、俺も帰ろ!』とだけ言い残して去ってしまった。一人残された瑞貴も帰り支度を終えて教室を後にする。
実際には、秋月からの言葉で気分は高揚しており、憂鬱は半減していたのだ。それでも単純に認めるのは恥ずかしかった。
秋月だったから嬉しかったのか、秋月以外の異性でも嬉しかったのか――それまでは分からない。嬉しさの理由を深く掘り下げるのは止めておくことにした。
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