開戦

 この街には城壁があり、外と街中とを区切っている。


 高さはビルの2階程とそこまで高くは無いけれど、落ちたら骨折くらいはするだろう。




 そんな城壁、普通の夜ならば哨戒の兵士がポツリポツリと点在しているだけだろうそこは今夜だけは違う様相を見せていた。




 赤々と松明に照らし出されるのは千を越える遠距離職のプレイヤー。


 そしてその下、街の外には数千の近距離職プレイヤー達がひしめいている。




 装備に(悪い意味で)統一感のある彼らは、今か今かとワクワクしながら、そして緊張しながら"その時"を待っていた。




「……さっきはごめんね。」


「こっちこそ……」




 そして僕ら二人は……




 それを見下ろす街の中、城壁横の物見櫓に立っていた。




「ここ、本当に入っても良かったの?」


「許可証が反応したから大丈夫だと思うけど……」


「けど?」


「駄目だったらまぁ、そんときはそんときだよ。」


「まー、そーだね! 終わった時に謝ればいっか!」




 当初街の際に着いた僕らは『最初くらいは』城壁の上、遠距離軍に混ざろうとしていた。




 でも移動中、インベントリ中の許可証がビビッ! って来ちゃって……




 櫓に侵入しちゃいました。




 他のプレイヤーは職業ごとに自動で配置されてるっていうのに……


 つくづく便利な許可証だ。




 ってな訳で、僕らは初っぱなから遊軍しちゃってる。


 おー、こわ。特別待遇チートとかで晒されて炎上とかしちゃうかも。




 目立たない用にⅠ再戦復讐リベンジキルしないとなぁ……




 ギルドの情報によると鴉が街の襲撃を始めるまであと5分。それまで座禅で集中力を高めて行く。


 ホノカも先程から杖をぐるんぐるん回してウォーミングアップ中だ。




「すぅー…… はぁ……」




 呼吸を整える。




「すぅー…… はっ!?」




 呼吸を整え―――




 その時、誰かが螺旋階段を使い櫓を昇ってくる音がした。




 不法侵入者? いや法は犯してないのだけど…… は僕達なんだけど、つい警戒してゴブリンの短剣を手元に出現させてしまう。




 そして昇ってくる人々の会話に耳を傾けた。




『アーノルド、やはりこの櫓は関節にクるのぉ……』


『ふっ、ジジイめ。オラはまだ全然大丈夫だど。魔術ばっか研究しとるから、そんな弱くてチビッこい生物になってしまうんだど。』


『クォータージャイアントのお主と一緒にするな! 』


『最初に関節痛仲間で一緒にしたのはお前だど!』


『うるさい!』


『ふっ、弱い犬ほどよく吠えるんだど。』




 すると聞こえてきたのは老人達の罵りあい。




 うん? 片方の声には聞き覚えが……




「ライト、この声って……」




 ホノカも覚えがあるみたいだ。そして僕ら共通の知り合いと言えば……




『うん? 何者かが入った形跡があるんだど』


『なに? この名誉の塔に? これは始末ものだぞ……』




 ヤバい。これはヤバい。櫓の名前厳ついし。


 この人ら権力持ってそうだし。てか一人は確実に持ってるし。


 しかも強そうだし。てか一人は確実に強いし。




『いくど?』


『あぁ。オリジナル! 【魔h』




「へ?」




 え、おり? おりじな? え? ここで?




 エルフ姉さんの話によると、オリジナルというのは一人一つの必殺技。


 詳細はわからないけど、多分あの人のオリジナルなんて食らったら、今の僕じゃ細胞の一個すら残らないに違いない。




 いのちだいじに のコマンドを選択している僕はなんとしてでも助からないといけないのだ。




「ちょっ、まっ! ごめんなさい! 謝るから許して下さい!」




 そう言いながら階下に身を乗り出す。1テンポ遅れてホノカも僕に続く。




 そして僕らの視線の先には……




 此方を見返して大笑いする白髪の偉丈夫と―――




 ――ギルマスがいた。




「ははっ、見事に引っ掛かったのぉ! 」


「まぁ、悪いことじゃないんだな。お前の言う通り優秀な冒険者だったんだな。移住者にも関わらずこの段階でオリジナルを知ってるなんてすごいんだな。でも…… それ以上に面白かったんだな!!」


「はっは! ひーー! スッキリしたわい。ライト、ホノカすまん、じょーだんじゃ。この塔から落ちれば命はない。危ないから引っ込むのじゃ。今からワシらが上に行くから待ってなさい。」




 僕らは言われた通りに乗り出していた身を引っ込め、櫓の中央に座り込んだ。


 下からは階段を昇ってくる音と笑い声が近付いてくる。




「まったくもー…… ビックリしちゃったよ! あのおじいちゃん達も人が悪いね」


「本当だよ。実際犯罪だ!って言われると、事前に考えてた様にはいかないんだなぁ……」


「ライト自信満々に『そんときはそんとき!』なーんて言ってたのにね!」


「流石にギルマスには勝てぬよ……」


「まぁそれは確かに!」


「ははっ、まだまだ若いもんには負けんよ!」




 会話に割って入ってきたのは話題の本人。いつの間にか最上階に到着していたらしい。




 それにしても、二人とも近くで見ると凄い威圧感だ。




 ギルマスはさっきギルドで見たローブ姿に加えて三角帽子、それとかなりの魔力を感じる緑の宝石が付いた短杖を携えていた。


 臨戦態勢だ。




 そして偉丈夫の方はとにかく大きい。


 ハーフジャイアントと言う単語が会話から聞こえていたが、それも納得だ。


 身の丈2mは確実に越えているだろう体躯は鍛え上げられ、圧倒的なパワーを秘めていそうである。




「まぁまぁ楽に…… は戦闘前なんだな。しなくても良いんだ。が、少しだけ話を聞いて欲しいんだな」


「なにー…… じゃなくて、なんでしょうか?」


「僕らはお叱りを受ける訳じゃ無いんですよね?」


「そうじゃな。ここには許可されたものしか入れんが、お主らの許可証にはその許可が付与されておった。ここにおっても何の不思議もない。じゃが、今大切なのは…… おっと、時間が…… すまんが、見て理解しておくれ。」


「「あ、は……い?」」




 ギルマスと偉丈夫はそう言うと僕らに背を向け、城壁の方へと向き直った。




「【灯火】」




 ギルマスがスキルを宣言し、櫓内がパッと明るくなる。


 それと同時に偉丈夫が大音量を発した。




「英雄達よ! ワシはこの街、そして一帯を預かるマカベリ=フォン=アーノルド伯爵である! 今この一瞬、ワシの話を聞いて欲しい!」




 先程までとは語尾の異なった、力強く威厳に満ちた声で偉丈夫……


 いや、アーノルド伯爵は注目を一気に集める。




「こたびの闘い、お主ら移住者にかなりの被害が予想される! 死なないと言う理由でお主らに負担をかけること、領主として不甲斐なく思う! だがしかし、同時に領主として勝手ながらにお主らにお願いをする! この街を、この街の人々の生活を…… 守ってくれ。」




 そうして彼は言葉を切る。それに続くのは当然隣のもう一人の役割だ。




「勇敢な冒険者達よ! お主らの欲しいものは勝利の先にある! この戦いが終了した暁には参加者は全員ギルドのランクを一つ、活躍した者は二つ上げることをこのギルド長が約束しよう! それ以外にも報酬は用意してある! 一同、頑張るのじゃぞ?」




 その瞬間




 ワッ!!!




 と大歓声が上がる。




 ギルドのランクは今後の収入や依頼内容に関わる大事な部分だ。それが一つ確実に上がるとなると…… うまうまだ。




 へへっ、涎が出てきたぜぇ……




 と、まぁこの2人が昇って来たのは開戦前の演説の為だったらしい。納得納得。


 隣でホノカも自己完結したのかウンウン頷いている。




 と、その時……




 周囲の気温が突如グッと下がった。




 あぁこれは―――




「総員、戦闘態勢!! 持ち場に戻れ! ヤツが来たぞ!!」




 ギルマスが怒号を上げる。




 僕とホノカも櫓の端まで駆け寄り、城壁と敵の様子を伺うがアイツの姿はまだ見えない。ただプレイヤー達がキョロキョロしているだけだ。




「ライト! お主の戦い方は聞いておる。見えたらすぐに撃て! ワシもやる! っと…… 城壁の上の冒険者諸君! 遠距離スキルの用意を頼む!」


「はい!!」




「【四矢】【三矢】【二矢】【強弓】【エンチャント黒金(兎)】矢の種類は…… 火か。よし、【火矢】! ホノカ、バフ貰っていい?」


「おっけー!【ストレングス】【デクト】 ……デクトは器用さね!」


「了解! 有り難う!」




 できうる限りの強化を施し生み出した火の矢を《黒金弦月》に番える。




 そして満月を描くように目一杯弦を引き……




 固定




 前回はこの火は届かなかった。でも、あの戦いを経て僕は確実に強くなった。撤退戦、その経験値は計り知れない。




「【インテリジェン】【エンチャント黒金(蛇)】【黒点ニアサン】っと。開幕はこれくらいでいいかの。」




 ギルマスは杖先から超高温の黒い球体を生み出し、空中に浮遊させている。








 そして……




「カァァァ!!!」




 鳴き声が一つ響くと共に遥か空高くから青い光が、落下する。


 狙いは城壁。そこに立つプレイヤー達。




 到達速度、距離、角度。




 全てを計算した僕の矢は外れない。




「そうだなぁ…… 【魔法弓術:登録】【黒炎牙】」




 宣誓と共に矢は放たれ、スキルは世界に記録される。




 黒き炎の牙24本とその横を並走する小さな黒い太陽は……




 城壁から放たれた無数の小さな光と混ざり合い鴉の放った青い光線と激突




 数秒間、いや体感だからもっと短いかもしれない間




 二つのエネルギーは拮抗し……




 大きく減衰しながらも此方のモノが打ち勝った。




 そのまま突き進む光は、咄嗟に身を翻した鴉の片足を吹き飛ばす。




 同時に下から沸き上がる歓声。うん、モチベ大事。




「まずまずじゃな。」


「ま、そうですね……」




 初撃にしてはいい成果だと思う。が、相手も転んではタダでは起きないようだ。


 運悪く相手の光線が飛び散り下にいたプレイヤー達を襲った。




 70人くらいキルされたっぽい?


 まぁ運が悪かったと思って貰うしかないな。




「うーん、うん。ギルマス僕もう行きます!」


「狙撃主の君にはここは理想的では?」


「まぁそうなんですけど…… ちょっと外には遠すぎるかなって。」


「それはそうじゃな。確かにアレに対応するにはちと遠い。」


「はい。僕はアレ、やってくるので……」


「そうかそうか。わかった。遊軍よ、成果を上げるのじゃぞ!」


「了解です司令官殿!」


「下に行くのー? じゃあ私も着いてくからね!」


「うん、ありがとう!」


「オイラも行くんだな!」


「あっ、わかりました」


「なんとアーノルド! はぁ、ワシ一人か…… ま、ええけどの! 行ってこい!」




 ギルマスに背を押され、僕らは階下に降りていく。




「ライトーアレってなに?」


「アレはアレなんだな。見ればわかるんだな。


 」


「アレは今からのお楽しみってことで……」


「もー、絶対だよ! 絶対教えてね!」


「了解ですお嬢様。」


「うーもー!」


「ははっ! なんだな!」




 歓談の間にも戦闘は続く。頑張るプレイヤーの声が聞こえる。




 あぁ、これだよ。


 帰って来たよ。




 ありがとうな、氷獄鴉。




 ただいま"闘争"




 ただいま"僕の居場所"










 ――――――零度のレイドが始まった。










_________

レイドまとめて出すので、更新滞ります。8月中には終わります。面白かった、続きが気になる等あれば、『応援』『フォロー』『星』『レビュー』『星』『レb』…… お願い致します。次の投稿が少し早まる…… かもしれません。

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