第68話 新たな顔を知ったらしい

 開いたメニュー表にはカップル限定○○みたいなのがずらりと並んでいて、逆に普通のメニューが1つもない。

 これはこのメニューで確定っていうことでいいのだろうか?


「の、信春君は何が食べたいですか?」

「いや、何が食べたいっていうか・・・」

「何が食べたいですか!」


 優里さんは最早俺のことを見ていない。っていうか何を見ているんだ?

 俺と目の合わない視線をたどってみると、俺からは見えないメニュー表の裏側を見ているようだった。

 少し気になってそっちを見ていると『カップル限定イチゴパフェ』という如何にも"それ"をしろ。みたいな写真付きパフェが載っている。

 ちなみにお客さんも数人はいっているこの状況で、俺はこれを優里さんと食べなければならないのだろうか。

 いやむしろオーダーをとられる段階で心が折れそうだ。

 店員さんに「カップル限定○○で!」とか言うのだろう。そして定員さんに復唱されると・・・。地獄じゃね?恥ずかしいんだけど。


「優里さん、イチゴパフェ食べたいんですか?」

「・・・いえ、別に」

「では食べなくてもいいんですね?」


 優里さんの視線がシラーッとパフェの写真から遠のいていくが、明らかに悲しそうな顔をしている。

 俺にはそれを見て見ぬふりをするという選択肢が出てこなかった。


「一緒に食べます?パフェ」

「いいんですか?」

「これが食べたくて来たんですよね?たぶん」

「うっ・・・まぁ」


 この際、優里さんがパフェ好きなのか、それとも俺とこれが食べたかったのかという疑問は置いておこう。

 あの顔を見てしまうと、優里さんに想いを馳せる男子なら誰でも羞恥心なんて吹き飛ぶ。その証明がまさにこれであった。

 ピンポーンと呼び鈴が鳴り、さきほどこの席に案内してくれたウエイトレスさんがオーダーをとりにやってくる。


「ご注文のほう、どーぞー」

「「・・・」」


 一瞬の沈黙。優里さんの方をチラッと見ると恥ずかしがっているのが分かった。そしてウエイトレスさんから感じる「お前が言えよ」みたいな謎のプレッシャー。

 この空気に耐えることなど出来るわけがない。


「えーっと・・・、カップル限定イチゴパフェ1つ。あとコーヒー1つと」

「オレンジ1つお願いします」


 優里さんの注文にウエイトレスさんが嬉しそうに


「ストローはどうされます?普通のとカップル限定用のがありますけど」


 カップル限定のって何だよと思いつつ、たまにテレビなんかで見る二股に分かれているストローを思い出す。


「普通ので大丈夫です」

「あっ・・・、普通のですね。かしこまりましたぁ~。ではご注文の方確認させて頂きますねぇ。カップル限定イチゴパフェがお一つ~、コーヒーがお一つ、オレンジジュースがお一つですね」


 やはりと言うべきか大きな声で復唱された。

 やや不満げに厨房の方へと戻っていったウエイトレスさんを眺めつつ、優里さんに目を向ける。

 何故か赤くなっているのは、俺のせいなのだろうか?何で?


「優里さん、こういうお店に良く来るんですか?」

「・・・初めてです。信春君以外の男の子となんて来たことありません」

「あ、そうなんですね」


 俺が聞きたかったのは、こういう渋めの喫茶店に良く来るのか聞いたつもりだったのだが、イマイチ質問の意図が伝わらなかったようだ。

 でも他の男とこういうことをしていないと聞いてどこか安心した。

 あと今更のことではあるが、さっきのオーダーの際店内にいる他の客から一部視線を集めた。死ぬほど恥ずかしい思いを現在進行形でしている最中である。

 しばらくの沈黙後、大きなイチゴパフェが運ばれてくる。どう考えても1人用のサイズではない。


「ではこちらスプーンとフォークお付けいたしますね」


 渡されたのはたった1つのスプーンとフォーク。そしてどう考えても1人用でないサイズのパフェ。逃げ場がない・・・。


「ごゆっくりどうぞ~」


 残されたのは俺と優里さんとデカいパフェ。


「食べますか?優里さんが好きなだけ食べていいですよ」

「駄目ですよ。一緒に食べないと」


 恥ずかしそうにそんなことを言う。つまりあれをしろと言いたいのだろうか?この席、外の通りから丸見えなんだけれども?

 そうこうしている間にも優里さんはスプーンでパフェをひとすくい。そしてそれを俺の目の前に差し出してきた。僅かに手が震えているのが分かる。

 恥ずかしいのならばしなければいいのに。

 しかしここまでして拒絶なんて出来ない。俺も恥ずかしいけど・・・。


「いただきますね」

「ど、どーぞ!」


 パクッと一口。たぶん美味しいのだろうけど、周囲の視線と単純に恥ずかしすぎてイマイチ味がわからない。


「美味しいですね。優里さんも食べませんか?」

「ではお願いします!」


 そのまま手に持っているスプーンで食べれば良くない?そんな空気の読めない思考を振り払いスプーンを受け取りひとすくい。

 優里さんの目の前にスプーンを差し出す。やっぱりこっちはこっちで緊張するものだった。俺の手も震えているのが分かる。


「いただきます!」

「どーぞ」


 パクッと食べるその顔が思った以上に可愛くてもう1度したくなる。味が分からないパフェを食べるよりこっちの方が幸せかも知れない。という謎思考に襲われた俺は、その謎思考を振り払うことができずもう一口、さらにもう一口と最早餌付け状態になる。

 しかし優里さんも幸せそうだし、結果オーライということにしておこうかな。


 パフェを大方優里さん1人で平らげ、飲み物を飲みつつ雑談をかわす。そろそろ帰らなければ、家に着く頃には真っ暗になってしまうだろう。

 ちなみに会計をしてみると思った以上にお得な値段だった。

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