第69話 厄介なイベントが予告されたらしい

 どうにか真っ暗になる前にはマンションに到着することが出来た。

 朝の気まずさなどどこへやらといった感じで、むしろこれまでよりも距離が近くなったと感じるくらい優里さんは俺と話してくれていた。


「あ、そういえば私謝らなければならないことがあったんです!」

「謝ることですか?何かありましたっけ?」

「ありますよっ」


 そう言い切った優里さん。何があったかな、といいつつもだいたい言いたいことはわかる。

 しかしあれは既に解決した話だ。今更蒸し返す必要も無いし謝ってもらわなくてもいい。


「分かりました、さっきパフェをほぼ1人で食べきったことですね」


 俺はひらめいたといわんばかりに優里さんに問いかける。優里さんもまたさっきの惨状を思い出したのか顔を真っ赤にして否定した。


「違いますよ!私は昨日の勘違いを」

「そのことは既に解決したでしょう?俺は怒っていませんし、気にしていませんよ。勘違いなんて誰にでもあることじゃないですか」

「ですが・・・」

「では今日俺と仲直りしようと良い感じの喫茶店を探してきてくれたのでチャラです。これ以上、あのことを持ち出すのは止めましょう?」

「・・・信春君がそれでいいというのなら」


 納得して貰うと同時にエレベーターの扉が開く。外にはカップルと思わしき若い男女が待っていた。

 遠慮が無いのか何なのか、降りる俺達のために場所を空けてくれるそぶりを見せない。

 なんだコイツ?と思いつつ、俺は優里さんの肩を自身の方へと引き寄せて2人の脇を抜けた。

 肩に手を置いた瞬間、「あっ」みたいな声が聞こえたからきっと驚かせてしまったのだろう。

 あとで謝っておこうかな。それよりこのマンションってほとんど住人に会わない。一時期はマジで優里さんの実家の力でマンション貸し切りにしているんじゃないかと疑うほどに誰とも会わなかった。

 そういう意味ではあんな奴らではあったが、人とすれ違ったことに安堵する。


「の、信春君?」

「あ、ごめんなさい。すぐどけますね」


 肩から手を離し、代わりに鞄の中から部屋の鍵を取り出す。にしてもさっきは無意識にやったこととはいえ、今冷静になってみると結構恥ずかしいな。

 あとから来るドキドキをどうにか押さえつつ、俺達はようやく部屋へと戻ってきた。

 なんか色々あって結構長い1日になったようにも思う。

 あとさらに今更のことではあるが、流れ上仕方が無かったとはいえあの優里さんと間接キスをしたと思うと、何か色々マズい。

 これまでもどうにか同居生活でそれが起きないよう配慮してきたのに・・・。


「今日は私が作りますね」

「・・・まだ食べられるんですか?」

「怒りますよ?」

「ごめんなさい」


 プクッと頬を膨らませながら、エプロンを着ている。余計にさっきのことを意識してしまう。しばらく1人になって冷静になろう。

 俺が部屋に入ろうとしたとき、リビングよりスマホの着信音が聞こえた。どうやら優里さんに電話らしい。

 まぁまだ何も作り出していないからキッチンから離れても大丈夫だろう。

 俺はそれよりも冷静にならなくては・・・。


 それから数十分後、いつの間にやら眠ってしまっていた。しかし微睡む意識の中で何かにつつかれている感覚に襲われる。

 これはいつかにも経験したやつだ。

 恐る恐る目を開けるとやはり優里さんがしゃがみ込んで俺の顔をのぞき込んでいた。もちろんこれが優里さんでなかったらそれはそれで怖いのだが、この状況も負けず劣らず心臓に悪い。


「お目覚めですか?」

「お目覚めです。・・・普通に声をかけて起こしてくれたらいいじゃないですか」

「起きない信春君が悪いです。ほらご飯が出来ましたよ」


 俺は手を引っ張られるように起こされた。優里さんの手って何でこんなにスベスベなのだろうか?1人になってまともな思考が戻って来たかとも思ったがそんなことも無かったらしい。

 今日はおそらく無理だ。明日どうにか切り替えられていればよくやった俺と褒めてやらねばならないだろう。

 リビングに出るとすでにご飯もよそってある。今日は優里さんが2番目に覚えた料理であるオムレツだ。相変わらずあの美味しそうなソースがかかっている。


「いただきます」

「はい、私も頂きます」


 しばらくはテレビを見つつご飯を食べていた。最近面白いテレビが少なくて困っているのだが、今日は音楽特番がある。しばらくは暇をせずに済みそうだ。

 しかしそんな俺の至福の時間は突如終わりを迎えた。

 優里さんがリモコンを持つと、いきなり電源を切ったのだ。


「ちょ・・・、って何かあるんですか?」


 その顔は真剣そのものだ。何かやらかしただろうか?いや昨日の今日で何かあったとしても言われないだろう。


「実は非常に大事な話があります」

「・・・それは俺にとってですか?それとも優里さんにとってですか?」


 あまりの緊張感に嫌な汗が背中を伝った。あ~いやだなぁ、たぶん少なくとも俺には関係がありそうだなぁ。


「来週の日曜日、私のお父様とお母様がこの部屋へとやって来ます」

「ブッ!?」


 あまりに突然の話に危うく口の中身を吹き出すところだった。っていうか優里さんのご両親と俺面識無いんだけど?


「春彦さんが色々手配してくださるそうです。とにかく来週の日曜日は必ず予定を空けておいてくださいね」

「・・・はい」


 特に予定は無いから突如告げられたのはまだいい。しかし一体何をしに優里さんのご両親はこの部屋へとやって来られるのだろうか?もし何か気になることがあれば、この幸せな時間が終わってしまうのではないだろうか?

 それは・・・嫌だな。なんとしも良い感じであることをアピールしなければ。


「安心してください。ちゃんと生活出来ているかを確認するだけらしいので」

「それが一番安心出来ないんですよね・・・」

「何か言われましたか?」

「いえ、楽しみですね」

「はい!久しぶりにお母様に会えると思うと」


 そこは嘘でもお父さんも入れてあげてよ・・・。それにしても学校では圧倒的人気を誇る優里さんにも、そういう女の子の闇的なところがあるんだと何故か両親目線で思ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る