第38話 本気の説教は思ったよりも心に響いたらしい
謎の嗅覚で優里さんの存在を言い当てた紅猫さんは、超絶機嫌が悪くなっていた。
そして俺が最初に考えていた設定まで見抜いてきたのだ。
『さっさと白状しな。ES、あんた一体何を隠しているんだい』
質問という名の尋問。嘘をつけばすぐに見抜かれて、さらに逃げ道を塞いでくる。俺は紅猫さんに関して大学生だと聞いていたのだが、もしかするとその手のプロなのではないかと疑ってしまう。
「信春君」
マイクを外した優里さんがコソッと俺の服を引っ張りながら話しかけてきた。
「どうしました?」
「紅猫さんって悪い人なんですか?」
「・・・おそらく違うと思います。おそらく」
「おそらくを強調しすぎですよ!もし信春君が嫌でなければ、私達の関係を話してみませんか?もちろん私が一色家の娘であるとか具体的なことを隠してです」
このお嬢様随分と思いきったことを言うものだと思った。秀翔や綾奈のように知っておいて貰った方があとあと助かるパターンはある。あとは保険医の佐々岡先生とか。
でもいくら知り合いとはいえネット上で実際にあったこともなければ、優里さんに関して言えば顔も見たことない紅猫さんだ。
そんな人を信頼して話すなどあまりにも大胆だと思った。
まぁもちろん、あんな人ではあるが色々親身になって話を聞いてくれたりする。それが元々の彼女の性格なのか、俺達に普段聞いて貰っている罪滅ぼしなのかは分からないが、まぁ優里さんが良いというのであれば話してみよう。
何かあった場合、最悪の手段として優里さんの親御さんの力を借りれば良いし・・・。
「お待たせしました。じゃぁ紅猫さんにだけ本当のことを話します」
『ようやくかい。随分待たされた上に、随分失礼なことを言われていたような気がしたんだけどね』
「あはは・・・、気のせいですよ。それでですね、今一緒にいるマナフィさんなんですけど今一緒に暮らしてて」
突如大きな物音が聞こえた。
え・・・、何?あの人怒ってんの?人に事情聞いといて?
そんな無茶苦茶なことあるわけ、そう思ったとき大きな舌打ちが聞こえた来た。やっぱり怒ってたみたい。
『チッ、それで?』
「今完全に舌打ちしましたよね?まぁそれで彼女の立場上・・・まぁ色々あって教師に隠すのは当然なんですけど、学校の生徒にもそのことを知られてはいけない立場にありまして」
『アイドル的立場っていうのかい?あの無愛想なESにかい?』
吹き出すように笑う紅猫さんの声が聞こえた。一緒にVCを聞いていた優里さんもクスクス笑っている。
「無愛想なんて、それこそ俺に失礼ですよ。俺が無愛想に見えるのは紅猫さん含めた皆が個性的すぎて俺の個性が目立っていないだけです」
『プクク・・・、クッ、クッ・・・。ハァよく笑ったわ。それで?』
「長年親友やっているやつと、彼女のお母さんの大学の後輩だという教師には事情を話しているんですけど、隠すのも色々大変でしてね」
『なるほどねぇ・・・。まぁネット上で知り合いっていう私ではどうにも出来ないね。たまになら苦労話を聞いてやるよ。マナフィって言ったね』
突如優里さんに話を振る紅猫さん。まさか呼ばれると思っていなかったのか慌てて返事をする優里さん。
『大変なことがあったら私に連絡しな。いくら信用しているっていったって男に相談しにくいことはあるだろうしね。それで明らかにESに非があれば私が思いっきり叱ってやるわ』
「本当ですか?ありがとうございます」
なんだろう?なんで紅猫さんが優里さんにこんなに優しいのか知らないけど、これはいよいよ本当に怒られる日が来そうで怖い。その日が来ることも怖いし、紅猫さんに本気で説教されるのも怖い。
『あぁ、そろそろ私バイトだったわ。結局1回も一緒にプレイできてないけどさ。・・・ちょっとESと話させて貰ってもいいかい?』
「分かりました」
優里さんはイヤホンを外して、今VCで繋がっているのは俺と紅猫さんだけだ。
「俺に話ってなんですか?」
『あんた、彼女のことどう思っているんだい?』
まだ隣にいるのにどう思っているかなんて言えるわけがない。チラッと優里さんを見ると、何かを察してくれたのかキッチンの方へと向かってくれた。
小声で言えばたぶん聞こえないはずだ。
「正直、自分でもよくわかりません。初めて彼女を見たとき俺は憧れを抱いたんです。でもそれが周りの奴らの言う好きっていう気持ちなのか分からないままこれまで過ごしてきました。そんな感情を抱いていたときに同居の話があって、流れのままに一緒に過ごして、彼女になってくれたらきっと幸せだろうなとは何度も思いましたけど、それを彼女が受け入れてくれるか自信がなくて、俺のこの感情も憧れの延長なんじゃないかと思うと自信も無くなってきて」
すると今度は大きなため息が聞こえてきた。俺だってため息吐きたいの我慢して胸中を語っているのに。そう思ったとき、とんでもなく大きな声で
『バカかお前は!私は今日初めてあの子と話したけど、お前の馬鹿な心情なんて全部お見通しだと思うがね。それでもなお彼女がお前と一緒に過ごし、そしてその空間をお前が幸せだと思うのならば間違いなく両思いだろう!それをウジウジウジウジ言いやがって!その幸せ私にもわけてほしいもんだ!』
また何かが吹き飛んだ音が聞こえた。にしてもこんなに怒気を含んだ説教人生で初めてではないだろうか。
大きな物音が聞こえた後、舌打ちとため息とそして小さな悪口が聞こえてきた。最後のは聞かなかったことにしておく。
「それ紅猫さんの考えすぎって事は?」
『無いね!断言してやる。だいたい好きでもない男と一緒に寝たり同じ空間で生活するなんて1ヶ月も耐えられない。それによって何か互いに利益が発生するならまだ分かるが、話を聞いていた限りではそういうことでもない。であるなら、もうそれしかなだろう』
「そう・・・ですか」
『そうだね。サッサとあんたが覚悟を決めないと愛想を尽かれるよ』
「それは嫌です」
『ならサッサと覚悟を決めな。きっと後悔する』
その後また少し怒られて八つ当たりされ、紅猫さんはバイトがあるといってVCを切った。
にしてもやけに説得力があった。これまで俺は俺が俺がと自分のことばかりだったが、今度からはもう少し優里さんのことも見てみようと思う。
・・・たぶんあんまり観察していると恥ずかしくて目を逸らしてしまいそうだけど。
それに紅猫さん、ゲーム仲間とはいえ限りなく赤の他人に近い俺にあれだけ本気で怒ってくれた。
放任主義だった家庭に、別にそこまで悪でなかった学校生活。誰かに本気で怒って貰ったのは初めてだった。怒られた内容は少し特殊なことではあったが、紅猫さんには感謝しかないな。
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