第36話 彼女はこれで彼女ではないらしい
「おはようございます」
「・・・おはようございます?」
たぶん俺の目の下は凄いクマができていることだろう。案の定一睡も出来なかったわけだが、3時間もすれば柔らかい”それ”には慣れた。比較的には・・・。
それよりヤバかったのが、首筋に当たる寝息とたまに出る寝言?声?だ。
「うぅん・・・スースー」とか何回も背中越しに聞こえてくると破壊力が高すぎてどうしていいのか分からなくなる。
外が明るくなり始めた頃には疑問がわいてきた。
何故優里さんはこの異常すぎる状況で普通に寝れるのかと。
そして色々悟って、理性が睡眠不足でやや負けた結果俺は反対を向くことにした。優里さんの顔が今俺の目の前にある。
「まつげ長いな・・・。こんなマジマジ見たことないから知らないわな」
あきらかに危ないラインを越えようとしている。俺が一線を越えかけたときに優里さんは目を覚ましたのだ。
そして目を覚ました優里さんは、俺の朝の挨拶をイマイチ理解できていないままに返してくれた。
今、眠そうに目をこすりながらこの状況を整理していることだろう。
「えーっとよく眠れましたか?」
「おかげさまで」
「目の下、クマ凄いですよ?」
優里さんは向き合う俺の目の下にあるであろうクマを触りながらクスクスと笑う。優里さんの様々な一面に慣れ始めた俺ですら心臓バクバクなのだ。他の奴らなら命を落とすこと間違い無しだ。誰にもさせるわけもないけど。
「優里さんは頬が少し赤いですよ?風邪引きましたか?そんな格好で寝るからです」
「風邪なんて引いていません」
目の下を触っていた指が俺の頬を突き刺し始める。もうこれで彼女じゃないっていう状況の方が異常だと抗議したい。幸せ空間過ぎて死にそうだ。
「本当ですか?ではどうしてこんなに顔が赤いんですか?」
「ですから私は元気です!そこまで言うなら測ってみてください」
頬から離れた手は今度は俺の頭を固定する。俺はその行動に一瞬理解が遅れてしまった。
優里さんの両手はしっかりと俺の頭を掴まえ、俺のわずかな抵抗すらも許さない。
「優里さん?」
「おでこ、くっつけてください」
「は!?」
俺がその意味を知る頃にはすでに優里さんの額と俺の額がくっついていた。触れている場所はとんでもなく熱い。しかしそれは俺の顔が熱くなっているのか、優里さんが熱を出しているのか分からない。
ただ間違いなく優里さんの顔の赤みは増している。
そしてゆっくりと彼女の顔は離れていった。
「どうでした?私、熱ありました?」
「分かりませんでした・・・」
「奇遇ですね。私にも分かりませんでした」
優里さんの手自体はまだ俺の頭に添えられたままだ。だからお互いの距離はとても近い。彼女の肌が紅潮しているのがわかるのも、彼女の普段からしている寝間着のせいだろう。
「聞いてもいいですか?」
「なんでも聞いてください」
「昨日、優里さんが言いかけたことはなんだったんですか?」
「昨日ですか?」
そのまま数秒フリーズした。そして急に立ち上がる。頭に添えられていた手が勢いよく抜けて首が少し痛かった。
「な、何でも無いです!わたし、何にも覚えていませんから!」
ベッドから降りた優里さんは凄い勢いで部屋から出て行ったしまった。
「えぇ・・・」
あまりの勢いに俺はそうとしか言葉が出なかった。
だいたい先日の水族館のことを覚えていたんだ。つい数時間前の出来事を忘れるものだろうか?いや、あの反応は間違いなく覚えていただろう。でも答えられなかった。酒は飲んでないが、素面の状態では言いにくいことなんだろうか。
にしても困った。これまでのパターン的に、この後絶対気まずくなる。また何かきっかけを探さないといけないかもな。
結論から言うとそんなことにはならなかった。
「おはようございます、信春君」
「お、おはようございます。優里さん」
すでに普段着に着替えた優里さんは、珍しく朝食を作ってくれている。
トースターを使ってパンを焼き、目玉焼きを焼いて簡単なサラダも作る。だいたい俺達の休日の定番朝食だ。
「それで今日は何をしますか?」
「何かしたいことはありますか?」
特にしたいことがあったわけでは無いようだ。「ん~」っと真剣に悩んでいる。優里さんが何かしたいと言ったら俺はどうしようか。一緒に出来ることならするかもしれないがそうでないなら・・・。特に何にもすることが無いな。久しぶりに街の外を散策するのも良いかもしれない。
「あ!ありました、したこと」
「なんですか?」
俺はコーヒーを飲みながら優里さんの答えを待つ。
「信春君がよくしているゲームしてみたいです!」
ブッとコーヒーを吹きかける。危なかった、吹き出していたら優里さんがコーヒーまみれになっていた。
にしてもあまりに予想外すぎて本当にビックリした。
しかし冷静に考えてみれば別にあいつらを誘う必要は無いから、優里さんのことがばれる心配も無い。1番怖いのはタイガーにバレることだが、あいつはGWオタ活合宿があるとか言っていた。まぁ間違いなくいないだろう。クロウ君は夜型だし、紅猫さんはこっちから誘わないとパーティーを組むことはない。
まぁ安全だろうと判断した。
「ではやってみますか?」
「良いんですか!?楽しみです!」
というわけで今日の予定も決定した。
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