第17話 脱出




 プッシュゥゥウ。


 蜘蛛が糸をムカデに向けて吐き出す。



    《身体操作》《瞬発LV2》《突進LV3》



 ムカデが蜘蛛糸で怯んだのを横目に、空に向かって飛んだ。正確には、ムカデと木の根の隙間を狙っての突進。


 飛び込んだ少し先には、何もいないことは確認している。だが、その後は出たとこ勝負だ。目立ってしまうだろうが、逃げ切れるところまで逃げるしかない。


 幸い、ムカデの向こうに見えた木々の間は、白み出していた。夜明けはそう遠くない。風を感じ、抜けたと思いながらも心臓が強く鼓動していると――、


 ガリュルリ


激痛が尾に走った。


《第三の目》で後ろを見ずに見やると、どうやらギリギリで噛みつかれたらしい。


 ――ッ! 痛っぇえ! クソが! 殺、してやる。


 そう思った時、カチリと音がする。



    ――復讐対象が決定されました――



 鱗を何枚も剥がされ、跳ぶ速度を落とされた。


 我に返る。今は逃げることを優先しなければならない。


 進行方向には木がないが、着地先には狼の群れがいた。ここには着地出来ない。


「おい蜘蛛! 振り落とされてないか!?」


「大丈夫や!」


 がっちりと、八本の脚で俺の胴を掴んでいた。


「着地したくない! 蜘蛛糸を木の枝に付けてくれ!」


「! 任しとき!」



    《蜘蛛糸》《躁糸》



 蜘蛛糸が木に付着する、ブランコのようにわずかに下がり、わずかに上がる。


「糸を切って、前の方にある木の枝にまた糸をつけてくれ!」


「了解や!」


 糸が前方に飛ぶ。ターザンごっこ。



    《蜘蛛糸》《躁糸》



 夜明けは近い。これを繰り返していけば、ここから離れていけるだろう。


 ふと、胴を掴んでいる蜘蛛の脚が緩むのを感じる。ぼそりと、蜘蛛の声がする。


 蜘蛛は俺の胴から脚を離した。


「堪忍な! こんな目立つより、ウチだけの方が、確実に逃げ切れるわ!」



    《巻きつきLV3》



 逃がさない。蜘蛛の下半身(?)に巻きついた。


「なっ!」


「ツレねぇこと言うなよ、相棒。さ、次の枝だぜ?」



    《蜘蛛糸》《躁糸》



「くっそ! お前、ウチのこと信用してへんかったな?」


「お互い様だろ? 俺らが仲良くなれたのは、お互いが生き汚かったからだ」



    《蜘蛛糸》《躁糸》



「あーもう。めんどいヤツと関わってもうたわ。嫌いやわー」


「俺もお前のエセ関西弁が嫌いだよ」


「ははは」


「くくく」



    《蜘蛛糸》《躁糸》



 ブランコの乗り継ぎというかターザンごっこというか、枝への乗り継ぎが続いてゆく。


 光は強くなり、地上では確実に魔物が減っている。朝が近い。



    ―復讐期間まで、あと48時間です―





「でー、ここどこ?」


「知らんわ」


 とりあえず恐ろしい夜をやり過ごし、夜明けを迎えたのだが。相棒の機嫌が悪いです。ちょっとした距離を移動したはずだが、木々の様子は変わりない。上は枝葉の間から細い木漏れ日。


 俺は蜘蛛を見ているのだが、蜘蛛は俺に背を向けている。


 まぁ巻きついたまま、さんざんこき使ったからだろう。先に裏切った方が悪いのだ。


「とりあえず南――朝日の右に行こうぜ。どんな魔物いるかわかんねぇし」


「勝手に行けや」


「こっちが朝日の左だった場合、強い魔物いっぱいいんだろ? 一緒に行った方がいいって」


 蜘蛛はため息をついて、ようやくこちらを振り向く。


「……しゃあないなぁ」


 カリカリと右前の脚で頭をかく。器用だな、なんて思う。



    ―魔性の蛇は、タラント《幼生》とパーティを結成した―



 ほぅ。同行するとこんなことになるのかと、天の声を聞きながら思う。


 それよりも、正直ホッとしていた。強い魔物も多いだろう。見知らぬ攻撃方法を一人でかいくぐるのは難しい。


「戦う時以外は、俺の背に乗って寝てていい。正直昨夜は、お前の貢献度がかなりデカかった」


「ま、そこまで譲歩するならえぇわ。快く乗ったろ」


 言うが早いか、ぴょいと俺の背に乗る。


「あぁ、一応起きてる間でいいから警戒のために後ろ向いててくれ」


「お? あぁ。でもウチすぐ寝るつもりやで?」


「起きてる時だけでいい。あと振り落とされないように、爪全部俺に突き立て続けてくれ」


「ドM?」


「違うわ。修行だ」


 時間を無駄にはしたくない。《粘着耐性》なんてものがあるなら、痛みの耐性や爪への耐性を磨けるはずだ。


「まぁええわ。知らんけど」


 言って蜘蛛は、八本の脚をちょこちょこと動かし、後ろを向いた。


 それから爪を立て、カチカチと音を鳴らす。


「アカンわ。お前の鱗には、ウチの爪立たへん」


「腹でいいよ。お前、昨日の夜ずっと俺の腹に爪立ててたんだぜ?」


「……まさか、その時にM性に目覚めたん?」


「違うっつってんだろ食うぞ」


 労力としては蜘蛛にかなり頼ったが、苦痛は俺の方が大きかったのだ。


「いやそもそも、お前が大人しく置いてかれてればよかったやん」


 はぁ、とため息を吐いて俺の腹に爪を突き立てる。


 合体完了。


 くっ。やはり多少のダメージはある。しかし、動きが鈍るほどではない。


「じゃ、起きてる間は後ろの警戒よろしく」


「へーへー、起きてる間だけやで?」


 舌をチョロチョロ出し《第三の目》でも改めて周囲を警戒する。


 チロチロ。


 チョロチョロ。


 よし。


「じゃ、南に向かって行くぞ」


 言って、蛇行を始める。


「ちょ、ちょ、ちょー!」


 蜘蛛が騒ぎ出す。


「何だよ?」


 俺は蛇行しながら応える。


「こんな左右に揺れてちゃ眠られへんわ!」


 それは知らん。というか、最初から寝させる気などさらさらない。


「じゃ起きてろ」


「この蛇ヤロー……」


 蜘蛛は気づいているか知らないが、木の根の下穴が向いていた方向は、夕日に向かって右側だった。


 つまり俺たちは、昨日の晩からかなり北に移動しているのだ。


 魔物が強くなるという方位へと。



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