屋根裏部屋の破片
ひゐ(宵々屋)
01:ヨースケとジュン
潮の香り、と言えば爽やかに思えるかもしれない。
実際にはねっとりとした生臭さだ。むせかえるような磯の臭い。肌にまとわりつく粘っこい湿気。
海は穏やかで、朝日にきらきら輝いている。けれども空にはまだ雲が多く、水面も筆洗いのバケツの中身のような濁った青緑色だ。砂浜も褪せて汚れた印象で、落ちているのも心躍るような綺麗な貝殻ではなく、ゴミや流木ばかり。魚の死骸も混じっていて、浜辺の嫌な臭いが強まっていく。
もしここが南国だったのなら、自慢できる生まれ故郷と言えたかもしれない――ヨースケはふと思う。それなら、自分ももっとここが好きになれたかもしれない。
「昨日、流星群、見た?」
並んで歩くジュンが不意に口を開いた。今朝、隣の家を見れば彼が自室で出かける準備をしていたために、ヨースケはどうしたのかと尋ねた。するとジュンは浜辺に散歩に行くと言ったのだ――高校一年生。浜辺を散歩するよりも、もっとおもしろいことがあるのだろうが、この町におもしろいものは一つもない。しかし流星群の夜の次の日だ、何かおもしろいことがあるかもしれないと、珍しくヨースケも浮かれて一緒に行くことしたのだ。
「見てないよ、曇ってたし」
もっとも、流星群は見られなかったものの。だから実際に流星群があったのかは知らない。
そして海も浜辺も、いつもと変わらない。
幼馴染の散歩に付き合ったことを、ヨースケは早くも後悔し始めていた。寄せ波が早く帰れと言っている。
と、ジュンがしゃがみ込んだ。年相応の体格だが、背を丸めてしゃがみ込めば、まだ残っていた子供っぽさが強くなる。
「……見てこれ」
そして小さなものを手のひらに乗せて目を輝かせる様は、まさに子供そのものだった。
ジュンの手のひらに乗っていたのは、薄汚い小さな石のようなものだった。ヨースケは最初こそただのゴミだと思ったものの、よく見るとそれは、石にしては奇妙に感じられた。どうも緑色や黄色っぽい。半透明のように思える。
「シーグラスか?」
自然の力でできるとはいえ、随分と不細工なものもあるらしい。この海なら、仕方ないか。ヨースケの退屈は拭えない。
けれどもジュンは、手のひらでそれを転がして、
「でも、そんなにガラスっぽくないんだよね」
「じゃあ貝殻?」
「形は貝殻じゃないけどね……割れたのかな」
「……もしかして
「――匂いはしないね」
ジュンはそれを鼻に近づけて、首を傾げる。そうして笑うのだった。
「昨日の流星だったり? でも、星にしては地味だよね」
急に何を言い出すのだろうか。呆れてヨースケはうんざりした顔を浮かべた。
「まあ……貝殻かな。貝殻の、欠片かな」
ジュンは今度は、欠片を自らの耳元へ持っていった――貝殻なら海の音が聞こえる、そう考えたのだろう。
ロマンチストと言えば可愛らしく聞こえるが、ヨースケはこの幼なじみの馬鹿げた言動に、深く溜息を吐くほかなかった。昔からジュンにはこういったところがあるが、最近は異常にあほらしいと思えた。高校生になった故だろう。そして何をしても、この町は、海は、浜辺は、山だって、つまらないものなのだ。
「……俺、腹減ってきたわ。早く帰ろうぜ」
ヨースケは一人歩き出して距離を取る。
ジュンは海の音を聞こうと、それを耳に持っていったまま突っ立っていた。
「貝殻でもないかも」
やがて早足で彼はヨースケを追う。
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