自称巫女神流川奏の除霊録

今川幸乃

第一章 神流川奏と怪異

古城和久

かつて妖怪や霊、怪奇現象として存在した怪異は文明の発達とともに人々に認識されなくなった。

怪異は人々の「未知」に棲息する存在だ。

人々が「未知」だと感じることがなくなったこの時代、怪異はいなくなったかに思われた。

が、全てのことが解明されたと思われた現代にも、まだ「未知」は残っていた。

それがインターネットである。

膨大な情報が集積されたインターネットにはかえって人々がうかがい知れない領域が誕生し、そこに怪異が棲みついた。


その怪異を祓うのが“現代の巫女”神流川奏の仕事である。

(神流川奏公式サイトより)




「おい古城、あっちにいる女子可愛くね?」

「お前相変わらずそればっかだな」


 昼下がりの大学構内。俺、古城和久は友田翔太と一緒に次の講義の教室に向かっていたのだが、友田のやつはその辺を歩いている女子を指さしてはそんなくだらないことをささやいてくる。


 すでに梅雨もあけて夏も本格的に始まり、入学してから大分経つというのに俺はこいつから女絡み以外の話を聞いたことがない。

 俺たちはたまたま同じ文学部に入学し、入学時に席が近かったというだけの理由で仲良くなった。

 俺はどちらかというとインドア趣味しかなく人見知りの陰キャだが、こいつは髪を茶色く染めてるし、言動も全体的にちゃらちゃらしており、初対面の相手にも臆せず話しかけることが出来る。趣味も何も合わないが、いいやつではあるし、登録している講義だけは似ているのでよく一緒にいる。


 確かに友田の指さした先を歩いているのは涼し気な白いワンピースを着た少し清楚そうな黒髪の美人だ。同じ一回生の割に友田と比べて大人びて見える。いや、俺と比べてもそうだ。

 が、そんな俺の反応がお気に召さなかったのか、友田は少しむっとする。


「何だその反応は。じゃあお前はどんなやつが好きなんだ。大体、可愛くねって言うのいつも俺ばっかりでお前は一度たりともそういうの言わないだろ」

「いや、普通いきなり他人を指さして可愛いとか言わないだろ」

「冷めてるなあ。さてはお前、俺に隠れてもう彼女がいるとかそういうオチじゃないだろうな?」


 そんな俺と友田の数少ない共通点は彼女がいないことだろう。最初はバリバリの陽キャリア充じゃないかと思っていた友田は付き合ってみると全体的に残念なところが多く、彼女もいない。

 そのため話していてあまり肩ひじ張らずに済んだ。だからこそ数か月も関係が続いているのだろう。


「だからいないって何度も言ってるだろ。それに作るつもりもない」

「お前、まさか男の方がいいのか?」


 そう言って彼はたまたま近くを通りかかったイケメンの上回生を指さす。多分女子からはモテるのだろうが、俺は何の興味もない。


「違うって。ただ中学の時から好きな人が……あ」


 あまりに友田がしつこいので言うつもりもないことをぽろっとこぼしてしまった。くそ、こいつにはそういう恥ずかしいことは知られたくなかったのに。

 それを聞いてすかさず友田は指摘する。


「お前、まさか中学の時からずっと一途な片思いをしているって言うのか!?」

「ほら、早くしないと次の講義始まるぞ」

「それは一回付き合って別れたのか? それともまじもんの片思いなのか!? 講義なんて遅刻したっていいだろ! お前の片思いの方が大事だ!」


 話題をそらそうとしたが友田には一切通用しなかった。


「だからこのことは知られたくなかったんだ!」


 諦めた俺はそう言って友田から逃げるように駆け出す。彼は待て、と言いながら追ってくるが教室に入ってしまえば彼も叫ぶことは出来ない。俺はどうにか両端が埋まっている席に座り、友田から逃げ切ったのだった。

 少し離れた席に座った友田は「ぐぬぬ」という目でこちらを見てくるが、俺の知ったことではない。


「えー、では授業を始める」


 そこへ教授が入ってきて授業を始めたのだった。


 お昼後に教室の席に座ってぼーっと先生の話を聞いていると、だんだん眠くなっていく。こればかりは高校の時から変わらなかった。基本的に大学教授は中学高校の先生と違って、生徒が寝てようが無視して授業をしていく。そして出席と試験(もしくはレポート)の点数に応じて機械的に成績をつける。


 それでも入学したばかりの四月ごろは真面目に講義を聞いていたが、大学生活に慣れていくにつれてだんだんと眠りに落ちていくことが増えていくのだった。




「ねえ古城、大事な話があるんだけど、今日一緒に帰らない?」


 放課後の教室。そのころ、中学二年のころはまだそこまで陰キャではなかった俺が、友達とどこに遊びに行くかを話していると、唐突に後ろから話しかけてきた人がいた。


「ってうわっ、本多じゃん!」

「うわって何? 人をゴキブリみたいに言って」


 不満気な顔で俺の後ろに立っていたのは当時クラスメイトだった本多美香。そして俺の初恋にして最後の恋愛相手でもある。

 それに気づいて、同時に俺は夢を見ているのだな、と気づいた。


 俺は初恋相手に声を掛けられたから驚いたのだが、残念だが本多はそこまではくみ取ってくれていないようだった。まあ察されても困るのだが。


 彼女はクラス内でも一、二を争う目立つ女子で少しだけ明るく染めたセミロングの髪をポニーテールにし、つぶらな瞳は表情の変化とともにくるくると動いた。身長は他の女子より低く、身にまとっているセーラー服は少し丈が余っていて着られているようにも見えてしまう。

 俺はそんな可愛らしさに気が付くと惹かれていた。


「お、おお。いいよ」


 俺が答えたときだった。

 すかさず周囲のクラスメイトたちがはやしたててくる。


「お、二人とも付き合ってるのか?」

「ヒューヒュー、お熱いねぇ」

「や、やめてくれ!」


 さすが中学生だけあって周りにはやし立てられて俺は真っ赤になる。周りには俺が本多のことを好きだと言ってはいなかったと思うけど、今思うと知られていたのかもしれない。


 ただ、本多はどちらかというと陽キャで気が回るタイプではあったが、俺の、もしくは俺以外にも本多を好きな男子の好意には鈍感であった。他人同士の感情には敏感でも、自分への感情には鈍感なのかもしれない。


「い、行くぞ本多」


 こうして俺は逃げるように本多と教室を出たのだった。


 道中、俺はずっと鼓動を高鳴らせていた。本多はその明るい性格からクラス全員が友達のようなところがあったが、これまで二人きりで帰ったり遊んだりすることはなかったと思う。

 それをわざわざ俺と二人で一緒に帰ろうということはその気があるということではないか。

 それともこれはもはや告白なのではないか。


「ねえ、今日の数学の宿題大変そうじゃない?」

「ああ、面倒くさそうだな。もう問題集の答え見ちゃおうかな」

「ちょっと、そういうの良くないよ」

「あはは、そうだよな」


 が、俺と一緒に歩いている本多はなぜか当たり障りのない会話をするだけだった。

 クラスの人気者でありながら、本多には変に真面目なところがある。まあ、陽キャは不真面目、というのは俺の先入観だから別に不自然でも何でもないことなのだろうが。


 これは本当に俺のことが好きなのだろうか。だからこそ緊張しているのではないか。そう思うと俺まで緊張してきて自分の鼓動の音がうるさくなった。

 歩いているうちに俺たちはいつの間にか、周りに学生がいなくなり、二人きりになる。そこで本多は意を決したように足を止め、俺を見つめた。今まで当たり障りのない話しかしなかったのはきっと緊張していたからだろう。やはりわざわざ俺を誘ったのにはきちんと用件があったのだ。


「あの、今日わざわざ来てもらったのは話があって」

「な、何だよ」

「……実は私、夏休みに転校するんだ」

「え?」


 その台詞を聞いて俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。




「痛っ」

「おい、いつまで寝てるんだ。授業はもう終わったぞ」

「……え?」


 おかしい俺は本多と会話していたはずなのに、確か俺は彼女の告白で衝撃を受けて、というか本当に頭が痛い。


 隣を見るとそこにはあきれ顔の友田が立っていた。周りを見ると、授業はもう終わってしまっているようで、生徒たちは三々五々帰っていく。どうやら俺は授業中に眠ってしまい、頭を小突かれて起こされたらしい。


「……そうか。ありがとな」

「何だよ、今日はしおらしいな。まあお前がどれだけしおらしくしても初恋相手のことはちゃんと話してもらうけどな」

「だからそれは絶対に言わないって言っただろ」


 そうか、さっき口を滑らせてしまったせいで本多の夢を見たのか、と俺は密かに納得する。


 あの後、本当に本多は転校した。夏休みが明けて二学期になると、彼女は教室から姿を消していた。


 理由は親の転勤。事前に聞いていた友達は何人かいたが、俺のように二人きりではなかったらしい。俺は自分だけが違う状況だったことに首を捻りながらもどうすることも出来なかった。


 そしてそれ以来、どの女子を見ても本多のことが脳裏をよぎってしまい、恋をすることはなくなってしまったという訳である。


 自分でも中二の時の初恋にしがみついているのは情けないと思っているが、そう思ってしまっているものはどうにもならない。

 とはいえこんなことを話せば笑われるか心配されるのがオチだろう。だから俺は相手が誰であろうとこのことを話すつもりはなかった。


「おい、あっちに可愛い女子がいるぞ」

「え、まじ?」


 俺が窓の外を指さすと友田が一瞬そちらを向く。

 俺はその隙に脱兎のごとく教室の外へ駆け出した。


「へえ、お前はああいうのがタイプ……って騙したな!? 待て!」


 友田が間抜けな声を上げながら俺を追ってくる。


 が、意地でも俺の初恋については誰にも話す訳にはいかない。単純なあいつのことだから今さえ逃げ切ればそのうち忘れるだろう。そう思って俺は全力でダッシュする。


 教室を飛び出して廊下を走っていく。授業が終わって歩いていく学生たちは本気で走っていく俺を見て眉をひそめたり、慌てて道を避けたりする。確かに廊下をこんなにダッシュするなんてまるで中学生のようだ。先ほどの夢のこともあり、まるで中学生にかえったような気持ちになる。


 が、夢のことを思い出して一瞬意識がおろそかになったのがいけなかった。


「きゃっ」


 悲鳴が聞こえて俺は慌てて避けようとするが、曲がり角の向こうから走って来た女性にそのままぶつかってしまう。


「すみません!」


 慌てて声をあげたが時既に遅し。どかっ、という衝撃とともに俺は向こうにいた女性にぶつかり、その場に倒れる。


 そして目の前では俺がぶつかった女性も同じように尻餅をついていた。


 そして、俺は彼女を見て目が離せなくなる。


 そこにいた彼女は大学生になって身長ものび、大人びてはいたが俺の初恋の相手本多美香その人であった。

 当時短いポニテにしていた髪は、今はストレートのロングにしている。髪色は大学生になったからか、結構明るめに染めている。化粧をしているせいか、顔立ちは大人びているが、どこかあのころの本多の面影が残っていた。


「すみません、では私は急いでいるので」


 そう言って彼女は教科書を拾い上げるとそのまま去っていく。その声も当時からは大分変わっていたが、俺は本多のものだと確信した。これが片思いがなせる執念だろうか。


「本多……」


 気が付いた俺とは裏腹に、彼女の方は俺に気づいた気配は微塵もなかった。俺が成長して姿が変わっていたからだろうか。それとも、そもそも俺のことなんて覚えてなかったからだろうか。


 俺は去っていく彼女を呆然と見送ることしか出来なかった。

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