凸凹バドバード

平河ゆうき

1.サヨナラ東京(奈央)

 対戦相手が打ったシャトルがコートの左後方すみに飛んでくる。

 だいじょうぶ、あたしの守備範囲内だ。

「はっ!」

 あたしはなんとか追いついてラケットを振り抜き、シャトルを大きく敵陣へ打ち返した。狙い通り、相手ペアのちょうど真ん中あたりに飛んでいく。

 別に、このショットで勝負が決まるとは思っていない。敵も決勝まで上がってきた子たちだし、しぶといのはわかってる。

 決めるのは、千里ちさとだ。

 また返ってきたシャトルに向かって千里が踏み込み、きれいなフォームで下から打ち返した。上昇するシャトルはネットの高さをぎりぎり超えたところで、今度は床へ落下していく。いわゆるヘアピンだ。千里の得意技。相手選手たちも必死にネット際に走ろうとしたけど、間に合わない。

 シャトルが床に落ちた瞬間、あたしと千里の勝利が決まった。あたしたちペアの、おそろいの赤いユニフォームを着て戦ってきた二人の、きっと最後になる勝利が。

「やったぁ!」

 あたしは千里に駆け寄り、手を上げた。

「うん!」

 千里が笑いながら力強くあたしの手をたたき、ハイタッチ。

 こうして、全国小学生バドミントン選手権大会……『全小』の小学五年生以下女子ダブルスで、あたしと鶴巻つるまき千里は優勝した。


 そしてあたしは、この二日後には東京から四国の香川県へ引っ越すことが決まっていた。


奈央なお、年賀状ちょうだいよ」

「うん。千里も忘れないでよ。LINEで済ませちゃだめだよ」

「忘れないってぇ」

 千里はそう言ってケタケタと笑った。

 ショートカットで背が高くて、よく男の子にまちがえられる。そして、うらやましくなるくらいバドミントンの才能にあふれてる。それが鶴巻千里っていう子。あたしがバドミントンを始めたころからの親友だ。

 あたしとママが香川へ出発する日、千里はクラブのコーチといっしょに羽田空港へ見送りに来てくれた。全小が年末に行われたので、今日は十二月二十九日。もう完全に年の瀬だ。

 あたし……す、じゃない、大鳥おおとり奈央は、今日を最後に東京を離れる。もう転校先の小学校も決まってる。小学生最後の一年を、生まれてからずっと暮らしてた東京じゃなく香川で過ごすことになるっていうのは、けっこう複雑な気持ち。

 ママの実家があるので、夏休みやお正月には何度も行ったことがある。けど、生活するとなると、いろいろギャップもあるんだろうなぁと思う。まあ、ママもいっしょに引っ越すし、おじいちゃんとおばあちゃんもいるから、あんまり心配はしていない。なるようになる、ってやつだよね。

 ちょっと心配なのは、学校生活よりもバドミントンのこと。

 小学校に入学すると同時に名門と言われるバドミントンクラブに入ったあたしは、五年生の今では全国レベルのプレーヤーだと思う。けど、いい気になってなんかいない。もっとすごい子が身近にいたから。

 それが千里だ。

 千里は、去年も今年も一三歳以下のジュニアナショナルのメンバーに選ばれている。ジュニアナショナルっていうのは、要はバドミントンの年代別日本代表候補。そこに四年生のころから選ばれるって、ほとんどありえないことなんだよ。

 あたしも千里とペアを組んでダブルスの大会に出てるし、この間はついに全国優勝まで達成した。けれど、千里との差はずっと感じてる。千里はシングルスでも何度か全国優勝してるしね。

 千里という目標が近くにいたから、高いレベルでバドミントンを続けてこられたという面はあると思う。千里についていきたいから、背が低いあたしでもがんばってこれた。

 けど、香川へ引っ越しする以上、もちろんクラブもやめることになった。香川でもバドミントンは続けるけれど、環境が変わっても千里のレベルについていくことができるのかな……?


 ……なーんて、うじうじ悩んでいたのはこの間まで。全小のダブルスで優勝したことで、あたしの心は決まった。あたしだって強いんだ、ダブルスなら!


「また東京まで遊びに来なよ。ゴールデンウィークとか夏休みなら、だいじょうぶでしょ?」

 ママとコーチが話しこんでいるのを横目に、千里が明るくそんなことを言う。

 うーん、わかってない。わかってないなぁ。

「やだ。遊びには行かないよ」

 ズバッと答えてやると、「え……」と固まってしまった。あたしはニヤリと笑って、

「次に千里と会うのは、全国大会で、だよ。それまでは会わないって決めた」

「ああ、なるほどね。……いいね、そういうのも」

 あたしの気持ちを理解したのか、千里も笑顔になった。

「それで、あたしが勝つんだ」

「いや、奈央じゃ無理だよ」

「あんたねー! はっきり言わなくていいじゃん!」

 千里がさらっと現実を突き付けてくるので、あたしは抗議した。

「ははははは」

 千里はさわやかに笑うだけで、あやまりもしなかった。こういう子なんだ。あたしに対しては、気をつかったりしない。別にいいけどね。

「……シングルスだと今のあたしじゃ千里に勝てない。わかってるよ、それは。けど、ダブルスだったら、わかんないよ」

「まあね」

「あたし、新しくペアを組む相手を香川で見つける。千里だって、そうでしょ?」

「うん。シングルスもダブルスも、どっちも強くなりたいからね」

「だから、全国大会ではダブルスで勝負だよ。負けないからね!」

 あたしはまっすぐ千里を見つめて言った。

 千里は今度は笑わずに「……うん」とだけ言って視線を返してきた。

 ダブルスで全国優勝した二人が、今度はそれぞれ別の選手と組んで全国で戦う。夢みたいな話かもしれない。

 でも、大きな目的があるからこそ、やる気がわいてくるってもんじゃないの!

 千里の向こう側に目を向けてみる。ガラス張りの建物の外側には、雲ひとつない青空が広がっていた。

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