誰にも見られずにクーラーボックス捨ててくれ!

ちびまるフォイ

誰にも見られずに捨ててこい

「お願いだ! このクーラーボックスを捨ててくれ!」


「……はあ?」


差し出されたのは釣りにでもいくかのようなデカいクーラーボックス。


「自分で捨てればいいじゃないか」


「それができないから頼んでいるんだよ」


「どうしてできないんだ?」

「言えない」


「クーラーボックスに何が入ってるんだ?」

「言えない」


「何も教えてくれないじゃないか」


「頼む! 黙って、中身も見ないで捨ててくれ!

 中身は誰にも絶対に見られないようにして!」


「ほかを当たってくれよ。変な暴力団とかの死体処理とかに巻き込まれるなんてまっぴらだ」


「お、おい待ってくれ! 誰にも中身を見られずに捨ててくれたら、金を出す!

 お前、最近お金に困ってるんだろ!?」


去ろうとした足が止まる。


「……いくら?」


「いくらでも。お前が誰にも中身を見られずに捨ててきてくれたなら、いくらでもお金をくれてやる」


「その言葉、絶対に忘れるなよ!」


クーラーボックスを受け取った。

中を軽く揺らしても何も音がしない。


ちょっとだけ開けようとすると思い切り止められた。


「なにいきなり開けようとしてるんだ!?」


「いやだって中身見ないと捨てられないし……」


「誰にも見られるなってことは、お前も見ちゃだめだってことだよ!」


「これから捨てるってのに中身も見ちゃだめなのか?」

「当然だろ! 早く捨ててきてくれ!」


クーラーボックスを押し付けられると、そそくさとどこかへ行ってしまった。

デカイクーラーボックスをもったままどうしようかと途方にくれる。


「普通に廃棄処分するのはリスクあるよなぁ……」


ゴミ捨て場にポイと捨てたら誰かがこっそり開けるかもしれない。

もしかしてゴミ回収のおじさんが気まぐれにあける可能性だってある。


中身が見れない以上、自分で火をつけて燃やすのも良くない。

爆発するかもしれないし燃えないものかもしれない。


火薬でも詰めてドカンと吹き飛ばそうかとも考えたが、

報酬金を受け取る前に警察に逮捕されてしまいそうだ。


「あぁクソ! いったいどうすれば捨てられるんだ!!」


頭をガシガシとかきむしっていると、窓の外には長い煙突が見えた。

煙突からは今も黒い煙が空に立ち上っている。


「そうだ……たしかあそこに金属廃棄場があったはず!」


クーラーボックスを抱えて廃棄場へと向かった。

工場長を呼び出して話をすると、わかりやすく顔をしぶらせた。


「うちのプレス廃棄機でそのクーラーボックスを捨てたいだって?

 ダメダメ。そんな勝手なことできないよ」


「いいじゃないですか! あのプレス機でぺちゃんこにして

 そのまま溶鉱炉にぽいってするだけでしょう!?

 そこに一つ増えるだけなのに、何が問題なんですか!」


「あんたは素人だから勝手なことが言えるんだ。

 ここではちゃんと分別をしたうえで捨てるようになっている。

 変な異物を捨てられておかしな化学反応出たらどうするんだ」


「このわからずや!! なんでそんなに頭がカタいんだ!」


この世界には融通のきかない人ばかりだと悲しくなる。


さんざんごちゃまぜ金属を跡形もなく潰して捨てられているなかに

たかだかクーラーボックスひとつまぎれこませることすら許さない。


「ぺっちゃんこにすれば中身も見られないし、

 溶かしてしまえば完璧だと思ったんだけどなぁ……」


最後の希望も断たれて工場を去ろうとすると、出入り口には営業時間が書かれていた。

工場が閉まる時間をしっかり記憶すると、誰もいない深夜に忍び込んだ。


操作室から中を覗くと、予想通り溶鉱炉は今でもグラグラと煮えたぎっていた。

工場を閉めても溶鉱炉を止めることはないだろうという狙いがあたった。


「ようし、これなら誰にも見られずに廃棄できそうだ」


プレス機の準備をし、クーラーボックスをコンベアの上に置く。

あとは箱ごとぺちゃんこにしてしまえば中身を見られずに捨てられる。


スイッチに手をかける。


あとはスイッチを入れてしまえばすべて終わる。





「……誰も見てないし、やっぱり中身見ちゃおうかな」


この場所には誰もいない。

箱を開けて中身をみたとしてもそれを知る人はいない。


このまま廃棄して「中身はなんだったのか」と一生モヤモヤするのは耐えられない。

コンベアの上に乗るクーラーボックスに手をかけて、そっと蓋を開けた。




その瞬間、クーラーボックスに吸い込まれると同時に

箱の中からは入れ違いでひとりの人間が外へ飛び出していった。


クーラーボックスの中に収まると自動で蓋が閉じてしまい出られなくなる。


真っ暗な箱の外からは人の声だけが聞こえてきた。



「やっと……やっと出られた! こんな恐ろしい箱は早く捨てなくちゃ!」



クーラーボックスが持ち上げられたのがわかる。

優れた断熱性が裏目に出たのだろう。


猛烈な熱さを感じたのは箱が溶け始めてからだった。

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