春、うだうだ

うなぎの

第1話

あたたかく、うだうだとした日の事でした。


真っ直ぐ伸びたアスファルトの向こう側は、陽炎のように見えて、そこへ向かって洗いたての高そうな車がピカピカと眩しく光って、空気を汚していました。


良く晴れた日曜日だというのに、勝手に敵に回してしまった世の中は、僕に楽しむという事を許しません。


僕は、コンビニの一番くじで運よく当てたぬいぐるみをもって、社会から零れ落ちてしまった者らが自然と溜まる、あのアパートへと向かっていました。


この、アパートの一室というやつが、僕が借りている家でした。


昔のように、トンボが飛んでいるように見えました。


今は、春です。


小さな畑には、年金暮らしの老人がおりました。

姿は見えませんでしたが、奥様に先立たれてしまったこの老人からは、強い、あの世の匂いがいたしますので、僕はいつも分かるんです。


窓の開いた隣の部屋からは、高校野球の熱のこもった実況が聞こえてきていました。


枯れた、つまらぬ男でございます。


「ただいま」


返事も無く、寝そべって、女は足の指を少しこすり合わせただけでした。


この女が使っているノートパソコンは7年前に買った僕の物です。


置いてあるコップで水道水を一杯飲んで、僕はテレビをつけました。


「面接、どうだったの?」


返事はありません、変わりにあるのは弾けるようなひんやりとした感覚です。


この女と出会ったのは、深夜の公園でした。


今ここに、この女が居るのは、僕の下心を置いて他になにもありません。


この女が求職に失敗する場合にのみ、この女の価値が生まれるのです。


僕達の間にはそれ以外の物は存在していませんでした。


夜になり、朝になり、仕事へと向かいました。


コンビニで、甘い物を買って帰ります。


すると、あの部屋から、女が姿を消していました。



ふと肩の荷が、下りたような気がしました。



それから、あの女があくせく働く姿を街のどこかで見たような気がいたします。

勿論、声は掛けません、僕は彼女の名前も歳も何も知らないのですから。


そう、思いつつもこのぬいぐるみが捨てられない自分が居るのです。

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春、うだうだ うなぎの @unaginoryuusei

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