暗夜異聞 今宵、バーにて…

ピート

 久々の出張で来たが綾金に来るのは何年振りだろうか。

 東海圏の一大都市でもある綾金市は、観光スポットは少ないが、独自の食文化が発展しているのもあって、最近では食べ物目当ての観光客も増えているようだ。

 仕事も終えた事だし、綾金グルメでも堪能しようと適当に繁華街をぶらぶらと歩いてる。

 数年ぶりということもあって、知らない店もずいぶんと増えてるなぁ。

 さて、以前行った店にしようか、新規開拓といくべきか?

 ネットで口コミなんかを調べてみてもいいが、どうせなら自分の目で見て決めたい。

 そんな思いで、あっちの繁華街からこっちの繁華街へと、ふらふらと結構な時間を歩いてる。

 で、行きついたのは小洒落た感じのカフェレストランだ。

 趣味の良い内装と、店内の客層の若さに引き返そうとも思ったが、流石にこれ以上歩き回る気力はなかった。

 夕食の時間から少し過ぎてるのもあって、店内はさほど混みあってはいない。

 騒がしいわけでもないし、ゆっくりと食事をするには問題なさそうだな。

 さて、あとは美味しい夕飯をいただくことが出来れば何も問題はない。

 メニューを開き、その多さにどうしようかと思ったが、迷っていても仕方ないので店員におススメを聞く事にした。


 食事を終え、店員に声をかける。

「この近くでカクテルを出すお店があれば教えてほしいんだが」

「カクテルですか?」

「あぁ、若いころに飲んだカクテルを飲みたいと思ってね。おススメしてもらった料理も美味しかったから、良い店があれば教えてもらおうと思ったんだ」

「なら奥のバーが良いと思いますよ。数か月ぶりですが今日は営業していますから」

「数か月ぶり?」

「オーナーの気分で営業日が決まるんです。どういう理由なのかはわかりませんが。ただバーテンの腕は確かですから、きっとお客様のご期待に応えられると思いますよ」

 促された方に目をやると装飾に紛れ込むように扉があった。

「会員制とかではないのかい?」

「えぇ、営業日であれば問題無く入店できますよ」

「ありがとう。では会計は一度済ませた方が良いのかな?」

「いえ、ご一緒で大丈夫です。では、ごゆっくり」

 店員に案内され、扉をくぐる。


 小さなL字カウンターのみだが、カウンター内には磨かれたグラスと、多種多様なボトルも並ぶ。

 カウンターの奥の席には、すでに先客がいるようだ。

 美しいプラチナブロンドの女性のようだ、バーテンの影になって残念ながら顔は見えないが……。

 俺と同じように幸運な客なのかもしれないな。

「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」

 促されたのは先客の座る席からほど近い席だった。

 席につくと女性の顔が確認出来た。

 西洋人形を思わせるような整った顔立ちだが、まだあどけなさが残る。

 外国人の年齢は判断しかねるが、どう見ても未成年だ。

 大丈夫なのか?

「あちらのお嬢さんのお連れの方は?」

「あぁ、彼女は当店のオーナーです」

「オーナー?」

「えぇ」

「オーナーの娘さんではなく?」

「聞こえていますよ?」

「これは失礼しました。未成年の方が一人でいらっしゃっていては問題があると思ってしまって」

「若く見られますが、それなり年齢を重ねているのですよ?」

「これ以上は失礼を重ねてしまうだけになりそうです。申し訳ありませんでした」

 このままでは女性から年齢を言わせてしまいかねない。

 しかし流暢な日本語だ。変なアクセントもない。

「変な誤解をさせてしまったのは私の方ですから、お気になさらないでください。この気まぐれなお店にいらっしゃってお客様に、何か御馳走させていただけないかしら?」

「ご厚意はお気持ちだけで十分ですよ。失礼をしてしまったので、私から御馳走させてもらえませんか?」

「では、互いに御馳走になる形でしたら」

 天使の微笑みとはこんな感じなんだろうな、若い頃ならば間違いなく勘違いしていただろう。

「では、スティンガーをお願いできますか?」

「マスター、私にはいつものものを」

「かしこまりました」

 初老のバーテンダーは、そういうとシェイカーを振り始める。

 無駄な所作はない、洗練されたものだということがわかるようになってきた。

「カクテルがお好きなんですか」

「えぇ、若いころに初めて入ったバーで出してもらいましてね。これと雪国しか飲まないんです」

「何か理由が?」

「いえね、他のカクテルも飲んだことがないわけではないんです。ただ、この二つは最初に飲んだ味と同じものを飲んだことがないんですよ」

「スティンガーはバーテンダーの腕を試すカクテルとも言われてますからね。最初のお店のバーテンダーは素晴らしい腕前だったのかもしれませんね。私も行ってみたいですね、そのバーに」

「それが、その店が何処にあるのかわからないんです」

「移転されたんですか?」

「いえ、したたかに酔った状態だったんです。もしかしたらそんなバーなんて存在しなかったのかもしれません」

「お待たせしました」

 目の前に置かれたグラスは、あの店で飲んだものと同じように見える。

 何年も色んな店で飲んできたが、あの味ではないのだ。

「オーナーにはこちらを」

「それは?」

「これですか?ソーマですよ」

「ソーマ?インド神話に出てくる?」

「ご存知ですか?」

「神の酒ですよね?」

「えぇ」

 先ほどの天使の微笑みとは違う、今度は見る者を飲み込んでしまうような妖艶な微笑みだ。

 確かに見た目より年を重ねているというのは本当のようだ。

「では、この偶然の出合いに乾杯」

「乾杯」

 グラスを互いに傾ける。

「マスター!これです、この味です。何年もこの味を求めていたんです」

「ベースになるブランデーの配合でも味が違いますからね。お客様の望むものを、お出し出来て良かった」

「マスターはもしかしたらあのバーテンダーをご存知なんじゃないですか?ヒガンという店なんですが」

「ヒガン?」

「なるほど、そういう『縁』だったのか」

「『縁』?」

 先ほどまでとは、オーナーの口調が違う。

「マスター、どうやらこちらは私の客人だったようだ。偶然の出合いなどあるはずがない」

「お嬢さん、いったいなにを?」

「お嬢さん、か。ククッ、そうかお嬢さんか。そんな風に呼ばれるのは何時以来だろうねぇ。さて、坊やには何を話してもらうべきなのかねぇ。それともここで帰ってもらった方が良いのか」

「坊や?」

「あぁ、私はロゼリアと呼ばれる魔女さね。少なくとも坊やの倍以上の年月は生きてきた。まだ名も聞いていなかったし、これ以上の『縁』を結ぶべきか、悩むところさね」

「ロゼリア?魔女?……なるほど」

「帰るかい?お帰りはあちらだ。久方ぶりにお嬢さんなんて呼んでくれた礼に、今夜は御馳走させてもらうよ」

「いや、魔女ロゼリアに出合えたのに帰るなんてもったいないことは出来ないさ」

「私を知ってるのかい?」

「今世紀最高、最強、最恐、最狂、最凶、最悪にして最善、血煙の魔女、魔銃使い、魔獣使い、預言者、聖女、etcetc二つ名をあげればきりがない」

「おやおや、随分と詳しい」

「オカルト雑誌の編集長なんて仕事をやってるんでね。それもヒガンなんて店に行ったからだが……。失礼、まだ名乗っていなかった。私は磐倉、磐倉辰己、『アムリタ』という雑誌の編集をしている」

「ヒガンねぇ」

「ロゼリアが反応したって事は、やっぱり彼岸なのか?」

「この世ならざる場所にあるのだけは確かさね」

「あの晩、俺は死にかけたって事かい?」

「その晩に何があったのか私は知らない。だが、ヒガンに行ったんなら死にかけたわけじゃない。存在そのものが消えそうになっていたんだろうね」

「あの店は私も数回しか行ってない。品の良さそうなバーテンダーと爺様がいたんじゃないかい?」

「・・・…夢ではなかったのか」

「残念ながらね」

「あの二人は何者なんだ?」

「さてね。あの二人はいつだって何かしらのゲームをしてる。それに巻き込まれたんだろうね」「ゲーム?」

「あの二人はあの店に縛られてる。暇で暇で仕方ないのさ。敵対するような事をしてないなら大丈夫さね」

「敵対も何もよくわからないまま店を飛び出したんだ。もう一度戻った時には」

「戻っただって?店を出て、すぐに戻ったっていうのかい?面白い!さぁ、続きを聞かせておくれ」

 ロゼリアの表情は興味深々といった感じだ。噂の魔女が俺の話に興味を持ってくれるとは。

「店を一度出た際に、妙な男に出合ったんだ。」

「男?」

「あぁ『探求者』だと、椎名巧と名乗っていた」

「・・・…椎名巧」

「知り合いか?」

「そう名乗ったのかい?」

「あぁ、『BLACK OUT』って店に返してくれればいいって、鍵も預かってる」

 いつも持ち歩いてる鍵をロゼリアに見せる。

「・・・…」

 ロゼリアの表情が変わる。

 さっきまでの悠然とした感はない、喜んでるのか?色んな感情を隠そうとしてる。が、あふれ出てきてるようだ。

「これがどうかしたのか?」

「磐倉さん、ここがその『BLACK OUT』さね」

「本当かい、マスター?」

「えぇ、入口に小さいですが店名表示がありますので、確認していただければ」

 入ってきた扉に戻る、魔女なら俺を騙すことも簡単だろう。

 先ほどの店員に声をかける。

「すまない、奥のバーの店名が知りたいんだが」

「扉の横に小さく表示してあります。『BLACK OUT』っていうんです。なんでこんな名前にしたのかは聞いたことがないんでわかりませんが・・・」

 扉の横を確認すると確かに小さなプレートに『BLACK OUT』の表記があった。



「そうか、なら鍵を預けるとしよう。何年も探してた店にまさかようやく辿り着けるとはな」

 鍵をマスターに手渡す。

 マスターは受け取った鍵をロゼリアに手渡す。

「・・・…」

 ロゼリアは鍵を見つめたままだ。

 先ほどあふれ出そうになっていた感情は、今は綺麗に隠されたままだ。

「何年もですか?」

「そう何せ、20年以上前の話だからな」

「磐倉さんといったね、貴方が店で見聞きした事を聞かせてはくれないかい?」

「ロゼリアが聞いて楽しいような話を出来るかはわからない。それを話終えた時、俺は帰ることができるのかい?」

 ロゼリアの数々の話を聞いてきた。

 関わって生きている者は少ない。

「帰る?当たり前じゃないかい。磐倉さん、貴方は私が探していた人の情報を持ってきてくれた」

「探していた?」

「そう『探求者』をずっと探していた。何年も何十年も、たくさんの国を渡り歩いてね」

「椎名巧は当時でも俺よりも若かった。別人じゃないのかい?」

「『探求者』はただ1人さね。この鍵も、彼からの贈り物さね」

「知り合いなのか?」

「『探求者』の事はよく知っている。椎名巧の事は知らないがね」

 そう言って魔女が微笑む。

 歓喜に満ちた、妖艶な微笑みだ。

「知ってるのに知らない?何かの謎かけなのか?」

「聞かせておくれ、彼を追いかけて長い年月を彷徨ってきた哀れな魔女にね」

「無事に帰れるんだな?」

「約束する、貴方は私の少ない友人さね」

「友人?」

「バーで酒を酌み交わし、昔話をする。友人とはそういうものじゃないのかい?」

「なるほど、じゃぁ、俺にも聞かせてくれるのかい?ロゼリアの昔話を?」

「哀れな魔女の話が聞きたいのかい?」

「哀れかどうかは知らない。だが話を聞いて、もし哀れだと思うなら、俺は友人の為に出来る事をさせてもらうさ」

「面白い、磐倉さん。いや辰己、貴方とは良き友人になれそうさね。さぁ、今宵はゆっくり語らおうじゃないか」

 そういうとマスターに目くばせをする。

「では、今夜は貸切という事で閉店するとしましょう。オーナー、飲み物はどうなさいますか?」

「スティンガーで乾杯といこうじゃないか」

 ロゼリアが微笑む。




 グラスを傾け、魔女と語らう。

 今宵、バーにて・・・




 Fin


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暗夜異聞 今宵、バーにて… ピート @peat_wizard

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