閑話Ⅸ
皇帝の策謀とメスガキを支える者
皇帝<フルムーン>の進攻は止まらない。
力ある英雄たちの抵抗が血の兵隊を止めようとも、あくまで個人的な力。軍隊という暴力を完全に止めることはできない。
天騎士ルークと夜使いトバリが守っていたチャールストンは三日前に陥落した。その勢いで隣国のヤーシャまで攻め入る。抵抗は激しいが、それも時間の問題だ。
アウタナもすでに手中だ。抵抗を続けていた戦士達は千々に散り、ゲリラ的に抵抗を続けているが小さな抵抗だ。聖地と呼ばれる山脈はすでに確保してある。
遠く東方のアズマアイランドも、そして音楽の街ムジークも。抵抗する力は大きかったが、しかし無限の兵士には太刀打ちできない。終わりなき赤い兵士の行進に膝を折り、そして無人の地と化した。
皇帝の蹂躙から逃げ遅れた者は、血の海に沈んだ。比喩ではない。皇帝の支配地は全て赤き液体に染まり、そこに沈んだものは皇帝に全てを奪われる。力も、財も、生きることも、死ぬことも。全て奪われ、ただ液体の中で漂うだけの存在になる。
「全てを皇帝の支配地に。全ての生命を我が血肉に。そして無限の支配を此処に」
赤き無人の地。それを見ながら皇帝<フルムーン>ことクライン=ベルギーナ=オルストは笑みを浮かべる。これが皇帝。全てを支配する世界の王。逆らうものなどありえない。喜ばぬ者などいやしない。全てを支配する。その権利が自分にある。
孤独など感じない。頂に立つのは常に一人だ。
寂しさなど感じない。他人は愚かだ。能力に劣る者など不要。
世界全てを赤く染め上げた後、永遠の帝政が始まる。
飢えもなく/食を満たすこともなく、
戦争もなく/平和もなく。
貧困もなく/富むこともなく。
死ぬこともなく/生命もなく。
全てが皇帝の支配下。逆らおうなどという気すら起させない。皇帝を崇める以外の精神活動を許さない。支配するものとされる者。その格差は覆らない。それが支配者。それが皇帝。すなわち、自分なのだ。
妄想に近いクラインの支配欲。しかしそれを可能にするだけの力が彼にはあった。
悪魔アンジェラが創りし皇帝<フルムーン>のスペック。
悪魔テンマそのものが宿った四つの武器。
悪魔リーンが施した強固な契約。
神ギルガスが与えた
神リーズハルグが与えた
「そうだ。支配されるべきだ。この世界は」
ただ二人を除いて。
「アサギリ・トーカ……イザヨイ・コトネ……あとは貴様たちだけだ!」
皇帝は怒りの感情を乗せて、二人の名を呟く。
皇帝<フルムーン>が持っていない神の力、シュトレインを味方にした者達。生命の女神、聖母の神。そう呼ばれた癒しの神。
かつてアサギリ・トーカを捕えた際、シュトレインの力により逃げられた。それ以降はムジーク、グランチャコ、カルパチアに転々と移動しているという。目的は読めないが、どうでもいい。皇帝に逆らうことなどできないのだから。
そうだ。無駄な抵抗だ。皇帝の支配『血』は確実に広がっている。いずれ全てが皇帝のモノになる。どこに逃げても同じことだ。力をつけるための時間稼ぎだとしても、またその力を吸えばいい。
「完全なる皇帝の支配に抗う愚か者どもめ。子供如きが皇帝を罵るなど万死に値することを知るがいい」
かつて支配していたイザヨイ・コトネ。皇帝の支配から逃れる愚かな聖女。皇帝の庇護がなければただの子供だというのに。面倒だが脅して言う事を聞かせればいいだけだ。
そして皇帝を蹴り飛ばした不遜なる存在。身分も低く、教養もなく、幼い子供。アサギリ・トーカ。聖女を皇帝の支配から奪い取った罪人。簒奪者には相応の咎を。
「何処に逃げても無駄だ。すでに『聖地』は全て押さえている。神からの力も届いている。悪魔の力も我が元にある。我が身は悪魔の創造物。我が腕にあるのは悪魔の武器。我が魂は悪魔により強化された。そして神の御業もここにある」
ただ一人、赤き海を創りし皇帝は言う。聞く者はいない。数多の人間と魔物は赤き血の中。皇帝の血となり永遠に生き続けるが、何も感じることはない。
だが皇帝の言葉を耳にする者は、いる。
「『リーン』『テンマ』『アンジェラ』」
血液で作られた悪魔が、そこに現れる。当人たちの姿を模してはいるが、別人だ。
「『ギルガス』『リーズハルグ』」
血で作られた神が、そこに現れる。当人たちの姿を模してはいるが、こちらも別人だ。
皇帝<フルムーン>は、それぞれの悪魔とそれぞれの神と縁がある。その縁を利用して力を借り受け、生み出した血の人形に借り受けた力を宿したのだ。リーズハルグが己の分体を作ったように、神魔の力を宿した別の何か。
そして最も大きな違いは――
「貴様らは人間を煽れ。アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネをこちらに差し出すように仕向けるのだ」
「御意」
本物の神や悪魔は皇帝に敬意を示さない。しかしこれらはは皇帝<フルムーン>の忠実なる人形だ。テイムされた動物のように、主の命令に従う。姿を消し、世界中を飛び回る。
「アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネを皇帝<フルムーン>の元に差し出せ」
「その二人を捕えるまで、我々は破壊を続ける」
「二人を差し出せば、安全を保障しよう」
世界各地で神や悪魔が跋扈するようになる。町は壊滅し、城壁も容易に突破される。何よりも、奉じられた神や恐れられた悪魔に姿が似ている事もあり、精神的な打撃は高い。
「何で俺達が……」
「ああ、神様……」
「あの二人を差し出せば……」
皇帝に反抗する意思が折れていく。同時に、皇帝を煽ったとされる二人に対する恨みが募っていく。あの二人が余計な事をしなければ。あの二人が皇帝に逆らわなければ。二人を皇帝に差し出せば、自分達は楽になる。
「アサギリ・トーカ、イザヨイ・コトネ。貴様たちを守る者はいない。世界中全てが貴様の敵だ。
絶望し、我が元に下るがいい」
その独白を聞くのは皇帝本人。クライン自身は気づいていないが、自分自身を安堵させるための言葉。
「そうだ。勝ち目はない。圧倒的な力を持って貴様たちを倒し、そしてこのミルガトースを永遠に支配する。
それが皇帝として生まれたモノの運命なのだ」
ただ一人、皇帝は嗤う。彼の味方はいない。彼を守る者は、全て彼の血で生み出されたモンスター。ただ孤独に、皇帝は世界を統べるのだ。
アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネにこれだけの力はない。世界を統べる力も、神や悪魔の力を行使することもできない。人類や魔物よりも上位に位置する存在を使う皇帝<フルムーン>の支配を打ち破るだけの力はない。
だがしかし、
「彼女達が皇帝<フルムーン>に挑むなら、吾輩はそれを支えるのみ! 道幅む物を全て投げ飛ばして見せましょう!」
二人には皇帝にない出会いがある。
「天騎士の誓いにかけて! 我が武御雷にかけて! 二人を守る!」
二人には皇帝にない縁がある。
「ええ、子供に全てを背負わせはしません。やりたいことをやらせて、サポートする。それが大人の役割。そしてそれをみてハスハスするのも大人の性癖!」
二人には皇帝にない支えがある。
「上等上等! リベンジするなら一番手は譲るよ。でも油断してると後追いに追い越されるのがアイドルの世界だからね! 油断は禁物禁物!」
二人には皇帝にない仲間がいる。
「ダーもまけてられナイ! トーカとコトネに負けないぐらいに強くナルゾ!」
二人には皇帝にない親友がいる。
「我は影。我は夜。共に歩み、しかし相容れぬ。表裏一体にして同質。それもまたよし」
二人には皇帝にないファンがいる。
神の力と悪魔の力が、そして世界が二人の道を阻むなら。
それを支える者達が、二人には存在する――
――――――
作者です。
近況ノートにも書きましたが、仕事環境の変化に伴い更新頻度を変更します。
現在:月・水・金曜日の8:00に更新
↓
変更:月・木曜日の8:00に更新
暫定的な変更のため、再変更する可能性もあります。
拙作を読んでくださる方には申し訳ありませんが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
これからも『クズジョブの遊び人に転生したメスガキは、ゲーム知識で成り上がる! ~あは、こんなことも知らなかっただなんて、この世界のヒトたち頭悪いんじゃない? ざこざーこ。』をよろしくお願いいたします。
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