38:メスガキは聖女と戦争終結を告げる

 エレベーターを急降下するような浮遊感と、眠りそうになる眩暈。


 そんな一瞬の感覚の後に、アタシとコトネは地上にいた。


「あれ? 地面?」

「はい。地上ですね。十字架は……消えています」


 アタシはトランシルバニアの城にいた。あの馬鹿でかい十字架が生えていたど真ん中の場所だ。


「お城って破壊されたんじゃなかったの?」

「おそらくはデミナルト空間を通常空間に上書きしたんでちょうね。デミナルト空間が解除されて、空間圧縮されていた通常空間が――」

「あー、うん。そんな感じなのね」


 なんか難しそうなことを言い始めたかみちゃまに、頷いて納得するアタシ。実際、城が壊されていようがなかろうが、アタシには関係ない。


 アタシは椅子に座っているマント男ことドラキュラに近づいて尋ねる。


「で? 戦争はまだやる気ある?」

「さてな。貴様ら人間は血を得るためのエサだと思っているし、ブラムストーカーの甘い考えは反吐が出る」

「別にそんなことはどうでもいいわよ。トマトジュースが好きとか、リンゴジュースが甘くて飲めないとか。そんな程度だし」

「人間としてはあまり捨て置けない問題と思いますけど……」


 アタシの問いにカッコつけて誤魔化すマント男。アタシは鼻を鳴らして答えを促す。コトネが申し訳なさそうに言ってくるが、それもまあ今は別問題。


「ある、と言ったら?」

「徹底的にアンカー弄って罵り倒すわ。精神的に立ち直れないぐらいに馬鹿にして、指さして笑ってあげる」

「ふ、可愛いモノよ。所詮は人間の子供の発想か」


 アタシの言葉を鼻で笑って笑みを浮かべるマント男。……目の端でアタシにアンカーを弄られた吸血鬼ボスたちが『Don’t do itやめとけやめとけ!』『あれは可愛いなんてもんじゃない』『殺意沸くから』と手を振っているのが写った。無視無視!


「アタシの可愛さが分かるのはいい目をしてるわね。で?」

「やめておこう。余は一度汝に挑んで、そして破れた。汝が生きている間は戦を控えると約束しよう」

「そ。ならいいわ」


 よし、これで吸血鬼ボス全員が戦争をやめるわ。


「戦争停止ルート完成! あとは勝手にして頂戴。もうカルパチアにいる必要はないわ」

「No! トーカ&コトネには、FinalMissionが待ってMASU!」

「ふぁいなるみっしょん?」


 そのぐらいならアタシにもわかる。最後のミッション? 戦争求めたし、命令していた神もいなくなったんだから、もうやることは――のひゃあああ!? いきなり抱えられたあぁ!


「ちょ、なにするのよ!?」

「トーカ、落ち着いてください。戦争終結のために必要な事ですから」

「は?」


 コトネの言葉に落ち着きを取り戻したアタシは、銀色に抱えられたまま王座っぽい所に運ばれる。そして吸血鬼ボスたちはそのまま下がり、膝を曲げてアタシに頭を下げた。


「我ら、吸血鬼貴族4名はアサギリ・トーカとイザヨイ・コトネをカルパチアの王と認める」

「この血脈が途絶えるまで、この忠誠は途絶えない事を誓おう」

「如何なる障害、如何なる困難、如何なる不具、あらゆる妨げもこの誓いを阻むことはありません」

「カルパチアの民全てを代表し、我ら吸血鬼貴族がここに誓いましょう」


 マント男、脳筋、白女、そして銀色吸血鬼が一堂に告げる。そしてその背後にいる吸血鬼と人間の騎士も同じようにアタシに頭を下げていた。


「お、王!?」

「しっ、あくまで儀式的なものです。戦争を終わらせた象徴としてトーカと私を掲げて、これまでの恨みを飲み込もうとしているんです」

「恨みを飲み込む?」

「これまでいがみ合っていた国が急に仲良くなるのは無理があります。なので四人の吸血鬼を統治する存在が必要なんです」

「えー、それはアタシじゃなきゃダメなの?」

「トーカと私が一番なんです。それだけの戦果を私達は上げていますからね」


 要は神輿として持ち上げられて、ってことね。はいはい、わかったわよ。


「カルパチアの民たちよ! 戦争は終わりました!」


 コトネが大声で告げる。こういうトークはこの子に任せるに限るわ。アタシは偉そうに突っ立ってよーっと。らくちんらくちん。


「長きにわたる戦争で失った者は多い。しかし残った者も多いです! 失った時間や資源は戻りませんが、残った者で作り直すことはできるでしょう!

 これより皆はカルパチアで生き、復興に励んでください。これは王命です!」


 コトネの言葉に、吸血鬼4ボスとその背後の吸血鬼と人間の騎士が一斉に立ち上がり、敬礼をする。うわ、なんか申し合わせてたみたい。ちょっとびっくりした。


「私たちはこれより皇帝<フルムーン>を討つべくこの地を離れます。しかし心配は無用です! 私には、愛するトーカがいますから!」


 言ってコトネはアタシを抱き寄せた。ちょ、ちょ、ちょっと!? あ、まって。そんな情熱的に肩掴まれたら。あ、顔が近づいて――


「ん」


 吸い込まれるように、アタシはコトネに唇を重ねていた。そうするのが当然のように体が動いて、アタシの方から顔を近づけて……。


「おおおおおおおおおお!」

「愛しあう二人に祝福を!」

「二人の王の門出に祝福を!」

「カルパチアは任せてください!」


 アタシの耳にそんな歓声が入ってくる。いやあの、うん。野次飛ばすのはどうでもいいんだけどさ。


 唇を離したコトネに、アタシはムスッとした表情で質問する。


「ねえ。……キスする必要、あったの?」

「ありませんよ」

「だったらなんでいきなりこんなことしたのよ」

「私がトーカとキスしたかったからです」


 純度100%の笑顔でコトネは言う。


「色々お返しです。トーカだけがワガママいうのは不公平ですから」

「でも――」

「キス、嫌でした?」

「……卑怯よ、そういう言い方。嫌なわけないじゃない」

「えへへ。こんな事するのはトーカにだけですから」


 コトネの笑顔と言葉に、アタシの理性は完全KOされた。今度はアタシの方から顔を近づける。


「んっ」

「ふ、ぁ……」


 ぎゅーっと抱きしめて、やわらかい唇を優しく味わう。野次がさらに大きくなったけど、どうでもいい。


「色々終わったんでちゅからそういうことをするのはいいんでちゅけど、できれば終わってからにしてほしいでちゅ」

「全くだ。当方が言えた義理ではないが、戦争の傷跡を癒すのは時間がかかる。時は金なりだ」


 そんなアタシの耳にかみちゃまの声が聞こえる。はいはい、わかってるわよ。いいじゃない少しぐらい……。


「へ?」


 かみちゃまの傍に、何かいる。正確に言えば、かみちゃまが持っている金色の何かが喋ってる。口とかないけど、それが喋っているというのは感覚で分かった。


「アンタ誰? いや誰っていうか、何?」

「アンタがコピペ神って言っていた存在だ」

「コピペ……はああああああ!?」


 金色のコップみたいな何か。ワイングラスとかそういうのに似た物質は、アタシの言葉にそう答えた。


「聖杯……ですか?」

「正確には『聖武器:聖杯』だ。皇帝<フルムーン>の能力に合わせて変化した聖武器だな。

 本来なら当方の自意識をカットしてその領域に『命中強化』『魔法二重詠唱効果』『自動回復』を入れる予定だったが、ワガママでそれを除かせてもらったぜ」

「え? 何それ滅茶苦茶強い効果なんだけど!?」


 コトネの問いかけに答える金カップ。命中率上昇に魔法を一度唱えたら追加で同じ魔法が発動する効果と、そして持っているだけでHP自動回復……超レアじゃん! それがなくなったとかもったいなくない!?


「安心しろ。皇帝<フルムーン>のレベルドレイン耐性は残っているから」

「ふざけるなぁ! そんだけの効果を無くすとかもったいないわよ!」

「ああん? お前がやりたいことをやればいい、って言ったんだろうが。リーズハルグ神の知らない知識や経験を得るために」

「言ったけど……言ったけど!」


 確かにアタシは好き勝手やればいいじゃないって言った。でも……でも……ぉ! なんで貴重な追加効果を三つも省くかなぁ!


「ワ……」

「わ?」

「ワガママ言ってんじゃないわよ、このクソ神もどきぃぃぃ!」

「それ、トーカが言うんですか?」

「二重の意味でダブスタでちよ」


 叫ぶアタシに同意する人はいない。さっきまでアタシとキスしていたコトネも、一歩引いて冷めた目で見ていた。


「うるさーい! アタシは可愛いからワガママ言っても許されるの!

 戦争止めなかったら超レアアイテム手に入っていたとか、聞いてないわよ!」


 カルパチアの吸血鬼戦争は、こうして終わりを告げる。


 戦争の勝者はなく、後は吸血鬼達が勝手にやってくれるだろう。カルパチアがこの後どんな歴史を刻むかなんて、興味はない。それこそアタシが関与することではない。


 アタシがやるべきことは、一つだ。


「こーなったらあのアホ皇帝倒して、その後でコイツを道具屋に売ってやるんだからねっ!」


 皇帝<フルムーン>――アホ皇帝を倒す。アタシを追放し、コトネをイジメたあのアホをぶっ飛ばすのみ。


 その準備は、整った――

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