閑話Ⅶ
人類を守る神々は
アサギリ・トーカがバグ技と呼ぶ世界のずれ。それを悪用した事件は幕を閉じた。
アム=ナディムがその事を知り、条件を満たしたうえでかつてその技でこの世界を好き勝手しようとした者がいる場所に赴き、その存在を呼び起こした。
デミナルト空間は『バグ技が使った者』を召喚したことにより一緒に生み出されたものだ。バグ技を使うことが大前提であるがゆえに、バグ技が使えない世界では呼び出せない。ゆえにバグ技が使えた世界はセットである。
そういうモノだ。そう納得することもできなくもない。実際、世界そのものである<
その子である神や悪魔でさえ、その断片を理解しているに過ぎないのだ。ただこの世界を愛し、それ故に寛容で同時に厳しい。まさに自然そのもの。世界そのもの。
(そのお母様が一度罰した相手。つまり、許さず封じた相手)
シュトレインは思考する。今回の事件のことを。
世界から消された人間。名前どころか存在さえ消された人間。世界そのものが不要と決定した人間。
『バグ技は基本的に修正されるのよ』
アサギリ・トーカの世界における<フルムーンケイオス>と呼ばれるゲームでも同じ現象はあり、それは修正されたという。その技はそのゲームでは二度と使うことはできず、悪意を持ってその技を使った者はそのゲームを遊べなくなったという。
(お母様が封じた存在)
それはそのゲームで言えば、悪意を持ってその技を封じた者だ。アサギリ・トーカの世界ではBANと呼ばれる状態。許しがなければそのゲームをできない。それに倣うなら今回の事は――
(それを誰かが解放した、という事でちか?)
BANされたアカウントの凍結解除したように、<
そして解放したのは、アム=ナディム――
(いいえ、ありえまちぇん。彼女は人間でち。どこにでもいる、あたち達が愛する普通の人間でち。それがお母様の封印を解除できたなんてありえまちぇん)
それはあり得ない、と結論付けるシュトレイン。デミナルト空間の理論どころか存在すら知らない者がその上位ともいえる<
だが状況は間違いなく、アム=ナディムが原因で封印が解除されている。
「声が聞こえたんです」
アム=ナディムは事情を話した際に、そう言った。
「『お前が持つアビリティ……【英雄の詩】を使え……』と」
封印された存在がいる場所。そこに赴いたときに声が聞こえたのだ。【英雄の詩】。シェヘラザードのアビリティ。近しい英雄を呼び出すその能力でその地に眠っている力ある存在――すなわちあの司祭を呼び出したのだと。
「声の主はわかりません。あの司祭だったかもしれませんし、もしかしたら違ったかも知れません」
技の条件を満たした存在を感知し、封印された者が彼女に語り掛けたのか?
(ありえまちぇん)
シュトレインはその可能性をないと断じた。理由は――
(技の条件を満たした人間がそこに来るまでは、まだあるかも知れまちぇん。でもその人間が【英雄の詩】を持っているとは限りまちぇん。しかもちょれを使えと命令した? 【英雄の詩】を持っているのだと分かっていたかのように命令ちゅるなんて)
あとこれは失礼だと思いながらも追加する。
(あの司祭がそこまで計画的な性格には見えまちぇん。自分の快楽を優先するタイプでちゅ。だから何とかなったんでちゅが……)
あの声はチート司祭ではなかった。
では誰だ?
アム=ナディムにあのタイミングで声をかけた存在。彼女のステータスを見てそのアビリティがあることを知っていた存在。
(そもそもあの場で【英雄の詩】を使ってお母様の封印が解除されるのもおかしいでち。確かにその場の英雄を呼び出す能力ではありまちゅが、世界そのものに干渉できるほどでもありまちぇん。デミナルト空間やお母様の封印解除なんてもってのほかでち。
……逆に言えば、その瞬間に世界そのものに干渉できるほどの出力が発生したという事でち。お母様の封印を突破できるほどの力が、彼女が使ったアビリティを通して注がれたという事でちゅ)
それができる存在など限られている。
シュトレイン。ギルガス。アンジェラ。テンマ。リーズハルグ。リーン。
神と悪魔。自分を含めた6柱。
(あたちは言うまでもありまちぇんが、アンジェラも除外していいでちょう。あの驚きは演技とは思えまちぇん。……とても演技ができる性格でもありまちぇんし)
今回巻き込まれた者は除外していいだろう。そもそもメリットがない。双方今回の騒動で二人とも力を大きく減じた。アンジェラに至っては操られて利用されたのだ。
(リーンがお母様の封印を解くことはないでちょう。あたち達の中でも一番のお母様っ子でちたからね。テンマも自己中心的で横暴でちゅが、あれの力を借りるというのはプライドが許さないでちょうね)
悪魔側の2柱は、性格的にあのチート司祭を頼るとは思えない。仮に頼ったとしても、解放後になんの動きもなかったのは手落ちにもほどがある。アンカーに魔物を紐づかせてコントロールされれば、こちらは手も足も出なかっただろう。
(となると……)
候補は神側の2柱しかない。人類に力と文明と知恵を与え、天空にある城で人類の趨勢を見守っているギルガスとリーズハルグだ。
(かつてあたちが『過去に神格者だった』事を理由に強引にイザヨイ・コトネに干渉したように……『その地に関連する英雄を呼び出すアビリティ』を理由に封印に経路を通して、あの司祭を召喚させた……という事でちか?
仮にそうだとしても、何のために? 召喚後何もしなかったという事は召喚した時点で目的を達したという事でちゅか? あのままあの男に世界を滅茶苦茶にさせることが……いいや――)
シュトレインは一つの結論にたどり着く。
(あの場にいるアンジェラを処分するが目的だった? そのためにムジークの街やあたち達を巻き込んでも構わないという算段で)
悪魔の3柱におけるアンジェラのウェイトは高い。強い魔物を生成できるアンジェラがいなくなれば、人類の未来にいくばくかの希望が見えてくる。少なくとも魔王<ケイオス>や皇帝<フルムーン>クラスの魔物はもう現れなくなるだろう。
そのために人間の街一つ――もしかしたらそれ以上も消えるかもし得ないが、それでも総合的に見れば人類側に有利になるだろう。1000年単位で物事を考える神や悪魔の思考ならではだ。
(損得のバランス。ここまで合理的に考えられるのは……)
(
信じたくない。人類を守るために母から離反した同胞が、人類を犠牲にする行動をとるなんて。だけど否定する材料はない。むしろギルガスであるならば納得できることばかりだ。
もしかしたらアム=ナディムがバグ技の条件を知っていたのもギルガスの導きなのかもしれない。【英雄の詩】を持つ人間にバグ技の条件を伝え、アンカーを揺るがしてアムの不安をあおり行動させ、そして封印を解かせた――
「だとしたら、あたちは……」
神として。人類を守る存在として。シュトレインは悩む。
「これからも一緒に頑張りましょうね、トーカさん」
「そーね。よろしく」
いいや、悩むまでもない。どんな時でもどんな相手でも、人類を助ける為に動くのが自分なのだ。
この不器用で輝かしい者達。前向きに生きようと必死に足搔く者達を愛しているのだから――
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