29:メスガキはアンカーを探る
とりあえず厨二悪魔はどうにかなった……なったでいいよね? なんかちょっとやりすぎた感はあるんだけど。何やったか分からないからなおの事訳が分からないというか。ただ動かないのは確かなのでどうにかなったのは間違いない。
ジプシーさんがバグ技の場所維持したまま動けるのはあの厨二悪魔がいたせいだ。その厨二悪魔がどうにかなった以上、あれはもう動けない。聖女ちゃんの【神の鉄槌】を使えばノックバックで移動させて位置はずれる。バグ技はそれで終わりだ。
ただ――
『同じアンカーを持つ以上は再び憑依ちゃれる可能性は捨てきれまちぇん。一度結びついた『縁』は断ち切れまちぇんから、アンカーを変えない限りはまた憑りつかれるでちょう』
『アムさんがどうして憑依されたかの心の原因を探って、それを変えない限りはまた同じことが起きるという事です。アンカーはトーカさんとシュトレイン様にしか見えませんから、お任せするしかありません』
ジプシーさんは憑りついているヤツと同じアンカーを持っている。同じアンカーを持っているので、アンカーを揺さぶって引っぺがしてもまた憑りつかれるかもしれない。
「お任せ、ってどうすればいいのよ」
「アンカーがその人間の心の根底なら、その意識を変えるしかありません。アムさんか、憑りついている人のどちらかを」
「心の根底ねぇ……」
出会って少ししか話したことのないジプシーさんと、正直理解したくないチート野郎。
この二人に共通する心の根底? そんなのわかるわけないでしょ。
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アンカー
嗜好:他人を罵る
矜持:天に選ばれし者
??:???
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ジプシーさんのステータスに見えるアンカーはこんな感じだ。
多分……というか断言してもいいけど、見えている二つはジプシーさんの心の根底にはない。ジプシーさんはアタシを試すようなことは言ったけど、基本的に好意的だったし傲慢でもなかった。
おそらく今見えるアンカーはチート野郎のアンカーだ。あいつが召喚した天使と同じなのも、おそらく召喚して操作しているから同じ精神という事なんだろう。
他人を罵って喜びを得る。アタシも同じアンカーがあると思うとちょっとムカつく。アタシこんな奴と同じじゃないもん! 確かに言い負かすと気持ちいいけど、ざこをざーこざこって言うの気持ちいけど!
……落ち着け、アタシ。今大事なのはそこじゃない。というか、この二つのアンカーは散々ぶん殴った。それでもジプシーさんの肉体に反応がないから、多分関係ない。天に選ばれた云々も同じだろう。
となるとまだわかっていない最後の一つがそうなのだろう。それがジプシーさんとチート野郎の共通点。
分かるわけないでしょ、そんなの。アタシとジプシーさん、そんなに話してないんだから。こういうのは同僚のアイドルさんの出番じゃないの。アイドルさんアンカー見えないから無理なんだけど。
『あーあー。アムちゃんはアイドルじゃないんだ。ただの語り部で、実況とかレポーター的な役割なんだよ。うんうん』
『そうそう。アムちゃんは音楽ギルドに所属こそしてるけど、アイドルじゃない。最初はアイドルを目指していたらしいけど、デビューできずに一線を引いたんだ。自分にはサポートの方が性に合ってる、って言ってたけど……。悔しくはあったと思うよ。辛い辛い』
アイドルという夢を諦めたジプシーさん。シェヘラザードと言うジョブである以上、支援に徹するのは正しい事だ。勇者や賢者、聖女みたいな主役級の動きができないのは仕方ない事だ。適材適所。そう自分を納得させて生きていくしかない。
『こういうお話を集めるのが大好きなんですよ。人が人を救う物語。圧倒的な怪物に挑む英雄の話! 努力し、人が救われる話に感動しない人はいません。これらの話を受け継ぎ、次代に紡いでいく。これが語り手の役割です』
ジプシーさんはそれができた。だからアタシにも好意的に接することができた。『魔王討伐』なんて主役級の事を為したアタシに笑顔で迫り、その物語を受け継ぐことを自らの役割とさえ言い切った。
それでも、
『どっちかっていうとアムちゃんの懸念はここの所その悪魔の事だったね』
『力なき者からすれば悪魔の存在は脅威。幾度となく歴史に介入し、人類の存亡を揺るがしてきたのだからな。物語を多く知る語り部が恐怖するのも止む無き事よ』
自分ではどうにもできないことを悩んでいた。悪魔という脅威。人間ではどうにもできない……今そこでぴくぴくしてるけど……恐ろしい存在に怯えた。無力である自分を悔いて、そして藁にも縋る想いでかつての伝説を頼ったのだ。
それがバグ技なんて言う世界に忌み嫌われた事だったなんて知るわけもなく。ただ街を守りたいために。自分が助かりたいなら逃げればよかったのに。アイドルでもないんだから、逃げても誰も攻めやしないのに。
「――バッカじゃないの」
ホント、バカ。あんな厨二悪魔にビビって、勝手に動いて封印されていたヤツに手を出して。その結果がこの大惨事。天使はいまだに町を襲い、解決策さえ見えやしない。事態がこのまま進めば、世界中に天使は飛び立つだろう。
「昔の伝承に頼ってこのざま。救世主の封印を解いたら実は悪い奴だった、とか言うオチ? そんなのに引っかかってこうなったとかもう笑い話よ。知らなかったじゃすまされないわね。悔しい? 自分のせいで世界がこうなって悔しい?」
隣にいる聖女ちゃんが何かを言おうとして、止めたのを感じた。その代わりというわけじゃないだろうけど、アタシの手を握ってきた。アタシはその手を握り返して、言葉を続ける。
「つまんない童歌を信じたアンタが悪いのよ。そんなあやふやな情報信じて行動するとかマジ情報惰弱! 今時調べる手段はいくらでもあるんだからきちんと調べて動け! 一つの情報だけ信じて動くな!
世の中、アンタみたいに物語が大好きな人ばかりじゃないのよ! 誇張、派手好き、大ウソつき! その可能性含めて考えないとダメなんだからね! 語り部ならそれぐらい考えろ!」
そうだ。ジプシーさんが悪いのはそれだけだ。昔の人が隠そうとした意図に気づかなかっただけ。ただそれだけで、
「でも本当に悪いのはいい加減な情報しか残さなかった昔の人よ。臭いものに蓋をして閉じ込めたつもりで、マニュアルも注意文も残さない丸投げバカ! 誤解を生むような情報残して自分はもう死んでるんだからタチが悪いわよ!
アンタもそうするつもり? 自分の失敗を隠した物語を作って、自分の子供とかにいい格好して、そんな語り部になるつもりなの!? 気持ちいいわよね、それ。みんなに受ける話でチヤホヤされて。アイドルみたいになれるもんね!」
指さし叫ぶアタシ。アンカーは揺れない。隠されたアンカーは見えない。
「私は――」
だけど、答えは帰ってきた。あのチート野郎ではなく、ジプシーさんの声。
「物語を紡ぎたい。。感動を、笑いを、悲劇を、人が幸せになる物語を。次代が幸せになるように……真実を伝えて不幸が断ち切れるのなら、私は喜んで道化になります」
「そうよ。それがアンタの強さじゃない。剣じゃなく、魔法じゃなく、言葉で戦うのがシェヘラザードなんでしょ。
失敗さえも語り継いで糧にできるんだから、こんなところでつまんないヤツに同調してるんじゃないわよ! ちょっと精神よわよわすぎるんじゃないの!」
ガツン!
手ごたえとか音とかはアタシにしか感じないんだろうけど、最後のアンカーが確かに揺れた。
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アンカー
嗜好:他人を罵る
矜持:天に選ばれし者
劣等:自分
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自分に自信が持てない。自分を愛せない。最後のアンカーはそんなものだった。
他人を罵って、自分は選ばれた人間だと信じた奴。罵るのは他人を下に見て自分が上だと思いたいから。選ばれたと思うのは自分が特別だと思いたいから。だけどその根底は、自分が何者でもない矮小な人間なのだと知っているから。それがチート野郎。
自分に自信がなく、だから伝承に頼った。夢を続けることもできなかったことが自己評価を下げた。他人を支援することで満足できるけど、逆に支援しかできず主役になれない自分を低く見ていた。
分かってしまえば何でもないことだ。アタシみたいにアタシサイコーって思ってるやつとコイツは違う。アタシは正論で他人を罵るんだし。違うのよ、うん。……じゃなくて。
「アイドルになれないことを納得しても、心のどこかで自分に自信を無くしていたんでしょうね」
聖女ちゃんの言うとおり、ジプシーさんの根底にあったのは『努力がかなわなかった』という結果なんだろう。失敗を受け入れて、その痛みを抱えて笑顔で語る。努力したからこそ、その分傷は深かった。
でも――もう大丈夫だ。
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アンカー
劣等:自分 → 矜持:語り部
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「つまりロリバニーとは……ななななななな、なにぃ! どういうことだぁ!?」
最後のアンカーがブレたと思うと形を変え、『矜持:語り部』に変化する。それと同時に他のアンカーやステータスの数字も変化した。秒で変化したステータス。その変化と同時に今まで早口で語っていたチート野郎が焦ったような声をあげる。
「アンカーが変化し、同期状態が解かれまちた! もうその個体に憑依はできまちぇん。今でち!」
「はい!」
叫ぶかみちゃま。もうジプシーさんに憑りつくことはできないという。それを聞いたせいぞじょちゃんが頷き、【神の鉄槌】を放つ。聖なる属性を伴った衝撃がチート野郎を襲う。
「そんな程度の攻撃でこの俺が、いや待て強制移動はやめてやめて――!」
移動した距離は6歩分。元居た場所にアタシが立ち、その場所に戻ることを封じる。
はい、これでバグ技封印完了ね。
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