20:聖女は処女を尊ぶ魔物に出会う

 空から降り注いだ黒い光。トーカさんから聞いた話と一致します。ヘルトリングさんやニダウィちゃんの方を見ると、緊張の表情を浮かべていました。


「あの光……あの時ト同じダ!」

「先の話と照らし合わせて、悪魔の力が宿った武器が降臨したとみるべきでしょう」


 光が収まると同時に、悲鳴と破壊音が響きました。遠目にもわかるほどに巨大なモンスター。それが講堂の広場に現れました。


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名前:金剛不壊の赫弥姫アダマンタイト・カグヤプリンセス

種族:魔武器

Lv:3

HP:10


解説:か弱き夜の赤き姫。されどそれを手に入れることは誰にもかなわない。


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 ……えーと?


 金剛不壊がアダマンタイト? 強固な物質を示すAdamantアダマントの造語でしょうか? 何とか姫にかかる形容詞なので、発音はAdamantineアダマンティンなのでは?


 そもそも赫弥姫でカグヤプリンセス? 竹取物語におけるかぐや姫に『赤』のイメージがあるのでしょうか? かぐや姫のモデルとされる迦具夜比売命かぐやひめのみことにそう言うエピソードがあるのでしょうか?


 それに『弥』? 発展や成長、広くいきわたるなどの意味を持つ漢字です。赤い何かが成長し、広く伝わっていく。そういう意味を持って名付けられた女性? そういう事なのでしょうか?


「あー。名前はあの厨二悪魔がかっこよさ重視でつけた名前だから。深く考えても意味ないわよ」


 思考に深ける私はトーカさんに肩を叩かれて現実に戻ります。どこか呆れたようなトーカさんの顔。名前を見てもそれに動じないのはさすがです。必要な情報と不要な情報を取捨選択できる判断力。


「どっちかって言うとあのHPの低さと硬そうな名前が厄介かな。虹カニと同じ感じで思いっきり硬いモンスターのようね。ギミック系は攻略のし甲斐があるわ」

「不謹慎ですよ、トーカさん。今は早く止めないと!」

「はいはい。いい子ちゃんは大変ね。そんじゃ行きますか」


 言いながら嬉しそうに笑うトーカさんを窘めると、そう言って肩をすくめました。いつもの悪態ですけど、モンスターに対する分析を怠らない。モンスターをどうにかする気でいるのが頼もしいです。


「勝てそうですか?」

「アタシとムワンガアックスの防御無視コンボもあるし、楽勝よ。オジサンの【投げ技】もあるしね」

「いえ、仮にあれが悪魔の武器だというのなら――」


 走りながらしゃべっていたので、少し会話がとぎれとぎれになります。呼吸を整えて続きを口にしました。


「ステータスに干渉して周りの人間を『契約』状態にするのではないかという事です」

「……ありそうね。でもアタシには効かないし。それにアンカーだっけ? そっからどうにかできるっぽいから何とかなるんじゃない?」

「だといいんですけど」


 少し楽観視していますが、二の足を踏んで被害が拡大するのも問題です。そういう意味ではトーカさんの判断は正しいのでしょう。情報不足なのは否めません。慎重に事を運ばなくては。


「コイツが喋れば楽なんだけどね。ねえ、どーなの?」


 黒いメイスに語り掛けるトーカさん。確かにテンマなら情報を持っているでしょう。ですが、尋問している時間も惜しいです。今はできるだけ早く駆けつけて被害を抑えなくては。


「ぶひひいいいいいいいいいん!」


 黄道の広場にたどり着き、モンスターの姿を見ます。遠目でも確認できましたが、ここまで近づくとそのフォルムは明白です。ギリシア神話のケンタウロス。それが一番適しているでしょう。


 人間の上半身部分が馬で言う首の部分に存在しています。着ている衣服はシュトレイン様の司祭服。頭部には赤い角が生えているのが人間と異なる部分です。手には先端に花を模した装飾がある赤い杖が握られています。


 そして下半身部分は、動物の馬とそん色ありません。違いがあるとすれば、蹄鉄部分に赤い炎のようなものが見られます。熱波のような熱い何かを感じるので、おそらく本物の炎なのでしょう。


「来たれ処女! 15歳未満の清く正しい処女カモン! このカミーユ・クノーが背に乗せて聖地巡礼いたします! 貴方の処女は必ずお守りいたします! 手取り足取り貴方を清らかな乙女にいたしましょう! 神が宿るにふさわしい乙女に!」


 叫ぶ人間部分。カミーユ・クノーという方は聞いたことがあります。シュトレイン様を奉る司祭の一人で、彼も神格化の為に暴走している司祭の一人なのだと。確かその思想は――


「貴方、処女の匂いがしないですね。消えろ! 貴方も処女膜の匂いがしません。価値無し! 年齢がオーバーしていますね、死ね! 男性? 視界に写るんじゃねぇ!」

「わっかりやすいぐらいの処女厨ね。キモっ」

「『巡礼を終えた処女に神は宿る』と主張するお方ですね。その、ここまで酷いとは……悪魔の武器で魔物化したことでその部分が強く発露したのかと……」


 アンカー。心の根底部分と魔物を結合された司祭。あの主張がモンスター化した影響である可能性はけして低くは――


「これまでの司祭を見て、本気でそう思える?」

「…………その、一つの考えに傾倒することで、常識的な思考が普通の人より薄まってくるのは、ありうることですので」


 トーカさんの言葉を否定も肯定もできず、そんな答えを返してしまいます。


「その通りです。我らは教義に忠実であるにすぎません。それが現在の慣習とずれが生じるのは致し方ないこと」

「古き神が定めた慣習と、成長する人間の価値観。その違いをすり合わせるのも司祭としての務めなのです」

「どちらが正しい間違っているという話ではありません。違う価値観同士で議論し、そしてそのバランスを取る。議論を拒否して排斥するのは禍根を残します」


 言い淀んだ私の背後からビュットナー司祭、ブランザ司祭、ザンブロッタ司祭の三司祭が声をかけてきます。この騒ぎに気づいてやってきたのでしょう。


「うっさいわね、メジャーと聖武器とマンマ野郎。あの変態処女馬ユニコーンオッサンはアタシがどうにかするから、アンタらはとっとと怪我人ヒールしてなさい」

「言われるまでもない。被害を抑えるための指示はすでに出している。肉体バランス優れた天秤神の動きを侮らないでほしい。パワー一極ではなく速度と力のバランス。最適の肉体にこそ最適の判断が宿るのだ」

「素晴らしき武器を纏った我が信者は戦えぬ者を守っている。剣と戦の神は戦場においてその武器のすばらしさを伝えると知るがいい。否、武器だけではない。戦えぬ者を守る盾。そして身を守る鎧。神の威光は聖武器に宿るのだ」

「クノー司祭。同じ聖母神の司祭として、私は悲しい。聖母の象徴である胸ではなく、若く清らかな体であることにこだわるとは。清廉とは心、そして柔らかい包容力。すなわちおっぱい。それを理解できないとは」


 トーカさんの要望に、当然とばかりにうなずく司祭達。すでに周囲の避難は済んでいるようです。……その、会話の内容に関してはあまり理解したくないというか。とりあえず避難が完了したという事実だけを受け取っておきます。


「ナア? もしかしてコイツラも悪魔の武器持ってルんじゃナイカ? 特に最後ノ」

「ないわよ。アタシが違和感感じないもん。……だからこそ怖いんだけど」

「仕事はしっかりとこなす有能な司祭なのですが……その、我が国のお方が申し訳ない」


 ニダウィちゃんとトーカさんがそんなことを言って、ヘルトリングさんが謝罪するように頭を下げてます。ヘルトリングさんが謝るようなことでもない気もしますが。


「クンカクンカ。おお、処女の香りが三つも!

 貴方達、私の背にのって聖地巡礼してみないか? 大地を駆け抜け、風を切り、世界各国のシュトレイン様の聖地を旅して、愛を育んだのちに神に身を捧げるのは!」


 アダマン……馬の魔物がこちらを向いて問いかけてきます。言っていることはまとも……とは言えませんが、一応神格化の為に頑張ろうとする司祭……なんでしょうけど、やはり暴走しています。


「無理。気持ち悪い。死んで」

「おのれぃ、何たる口の悪さ! 清く正しい処女にあるまじき発言! その無作法を正すか処女を失うかどちらかを選ぶがいい! 神の慈愛を受けた後にな!」


 トーカさんの何気ない返答に、怒り狂う魔物。そのままこちらに向けて駆けてきました。


「トーカさんの口が悪いから……」

「アタシのせい!? ガチで反論させてもらうけど、あっちの方が酷くない!?」

「言ってる場合カ!? 来るゾ!」


 ニダウィちゃんが斧を構え、それと同時に皆さんは戦闘の準備に入ります。特に指示がなければ、私が前でトーカさんが後ろ。ヘルトリングさんとニダウィちゃんも前に出ます。自然と体は――


「トーカさん、大好き!」


 あふれ出る愛のままにトーカさんを抱きしめました。


 戦うときとかはすごく凛々しくてカッコよくて頼りになるのに、何かあったらすぐ動転したり泣いちゃったりするのが可愛いです。今だっていきなり抱きしめられて慌ててるのが伝わってきます。私はわかっていますよ。トーカさんとは長いお付き合いですもの。口悪く相手を罵りながらも助けようと必死になる。その姿をずっと傍で見ていたいんです。そしてこうして抱きしめてあなたの存在を確かめている瞬間が、私の幸せなんです。傍でずっと見ているだけでも幸せですけど、こうして抱きしめると胸の想いがあふれ出てきます。このままずっと抱きしめていた。私の全部を捧げたい。そしてトーカさんの全部持捧げてほしい。好きですトーカさん。貴方の為なら何でもしますよ。この想いがあるから私は――

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