18:聖女はメスガキと話をする
「リーンが……悪魔が私に接触してきました。今回の騒動には直接関与していないみたいですけど。いくつか質問されました」
フレンドチャット――ステータスの機能である遠距離の会話を使ってトーカさんに報告をしたところ、驚きの報告が返ってきました。
『そっちにも悪魔が?』
「え? そっちにもって……」
『こっちのも悪魔が来たのよ。とりあえず捕まえたけどね』
「え、どういうことです? 捕まえた? ええ!?」
どうやらアウタナの方にも悪魔がいたようです。そしてそれを捕まえた? どういう事でしょうか? あの悪魔を捕まえた? トーカさんが噓をつくとは思えませんけど、信じられないのも事実です。
『いろいろ後処理してからそっちに戻るわ。直接見てもらった方が分かるだろうし』
言ってトーカさんとの通信が途切れました。リーンが尋ねてきたこともそうですが、あちらもあちらでいろいろあったようです。
悪魔が関与しているとなると、情報共有する人間は選別したほうがよさそうです。ビュットナー司祭、ブランザ司祭、ザンブロッタ司祭の三司祭に頼んで人払いを頼みます。お三方も今回は遠慮してもらいましょう。
連絡から15分後、トーカさんが講堂にやってきます。その後ろにはヘルトリングさんとそしてニダウィちゃんがいます。
「コトネ!」
「ニダウィさん! お久しぶりです!」
まさかニダウィちゃんがこっちに来るなんて意外でした。抱き合って再会を喜びます。
「無事で何よりです。集落が囲まれて、その上悪魔まで現れたと聞いたので」
「ダーが負けるわけナイ! テンマは驚いたケド、ダーたちが捕まえタ!」
「捕まえたっていうか拾ったって感じね」
トーカさんは黒いメイスを指でつまんでそんなことを言います。……拾った? 悪魔を? それとそのメイスは? いろいろ疑問が浮かびます。
「そっちにもあの巨乳悪魔が現われたって聞いたけど、どうだったの? 変な事されなかった?」
「はい。会話したぐらいです。いくつか質問して、そのまま帰っていった感じですね」
「変なモン植え付けられてない? えろえろ触手とか、お腹に変な印とか」
「えろ……? えーと、そう言うのはなさそうです。リーンの『契約』に関してはできるだけ注意して会話したので」
「そ。りょーかい」
そっけなく返すトーカさんですが、安堵したように肩の力を抜いていました。私の事を心配してくれたんでしょうか。悪魔と契約して、魔物になったんじゃないかと。
「ま、アンタの頑固さは悪魔でも難儀したってことね。一度決めたらテコでも動かないお堅いわがままちゃんだもんね」
そして悪態をつくトーカさん。私がリーンになにもされなくて安心して、それを誤魔化すようにしているのが見え見えです。あ、心配してくれたんですね。そう思うと自然と顔がほころんできます。
「……何よ、ニヤニヤして。わがままなうえに嫌味言われて喜ぶ性癖に目覚めたっていうの? やっぱり宗教家に囲まれるとろくでもなくなるわね」
「そうですね。我が強い人が近くにいると、影響されていろんな考えに目覚めるかもしれません。トーカさんみたいに口が悪くてワガママさんがいると」
「アタシはワガママじゃなくて自分に素直でいい子なの」
「はい。トーカさんはいい子ですよ。少し素直じゃないですけど」
「素直だもん。誰にも遠慮なんかしないもん」
私の反撃に目をそらしてむすっとするトーカさん。悪態のお返しです。これぐらいは許してもらいましょう。
「再会を喜ぶのはそれぐらいにしましょう。お互い何があったかの情報交換を」
機を見てヘルトリングさんが水を差してくれます。この辺りは年長者の風格でしょうか。お互いの立場からの情報交換を行います。こちらはリーンの会話を。そしてトーカさんは集落での戦いと、そして――
「このメイスが、テンマ……?」
「アタシもよくわかんないけど、そう言ってるわ。力が宿ったとかそんなこと言ってるけど」
トーカさん自身も信じられないという顔で説明を終えます。その説明の中に、
「そのメイスをもって変貌したロレンソ騎士団長。そしてトーカさんが魔物化したときにお二人に発生した影響を解除したんですね」
「そーよ。オジサンも斧戦士ちゃんも全然気づいてないけど」
「そしてテンマはそれを『契約の破棄』と言っていたんですね」
「そうね。まあアタシの眠っていたチート能力が解放されたってところ?」
閑話休題。今重要なのはそこではありません。トーカさんの評価は私の中では重要ですけど。
「お二人は何か感じたことはありませんか? テンマに何かされたというのは?」
「イヤ、ダーはそんなことはなかっタ。だけど、あの手を見た瞬間に足がすくんデ……あんなの、初めてダ」
「はい。気が付けばあの魔物に恐怖を抱いていました。竜巻や火山のように、逆らっても意味のない存在のように畏怖していました」
ニダウィちゃんとヘルトリングさんに質問したところ、同じような答えが返っていました。元気いっぱいのニダウィちゃんや思慮深いヘルトリングさんでも怯えて思考を止めるほどの相手。いいえ、そうなってしまった状況。
「推測交じりの部分もありますけど、状況的にお二人はステータスを弄られたのでしょうね。おそらくは騎士団長が変異した魔物……というよりはそのメイスの影響で」
「このメイスが?」
「はい。このメイス……テンマの言葉を信じるなら、このメイスにはテンマの力が宿っています。なら悪魔の能力であるステータス関与ができてもおかしくありません。
私もラクアンで『居もしない大臣が居る』風に思わされました。ステータスを操作することで人の精神や認識を狂わせることができるのは証明されています」
私の説明に、トーカさんが黙り込みます。それを説明を続けてほしいと受け取って、私は説明を続けます。
「トーカさんはシュトレイン様から『世界を壊す可能性』があると言われています。悪魔……おそらく<
世界を壊すように、変貌させられたステータスを壊すという感じです」
「わけわかんない理屈。要するにアタシにしかできない特殊能力ってカンジ?」
私の説明をざっくりと解釈するトーカさん。正直、説明している私もこれまでの情報をつぎはぎして繋いでいる程度です。理解しているとは言えません。
「そもそも『アンカー』って何って話よ。錨とかマラソンの最後の人とか?」
「……こちらも推測ですけど、土台や動かせないものという意味あいだと思います」
「どだい?」
「その人間の根底にある物。心にある
ロレンソ騎士団長のパーソナリティを考えれば、『信仰』『目的』『劣等』の三つが行動の根底にあったのは明白です」
リーズハルグ神を信仰し、神格化の為に行動し、過剰に自らの筋肉に以上にこだわった人。そして――
「『契約』はそれを起点に行われるのでしょう。その信仰に添うように。その目的をかなえるために。その劣等を埋めるために」
「ええと? 要するに?」
「リーンの話からですが、悪魔でも無条件で人間を操作できるものではないみたいです。その人間の願望を刺激する必要があると。そしてその思いが強ければ強いほど、強いモンスターと融合させることができるようです」
人間の心にある
十年近く復讐のために彷徨っていたナタ。強く正義を想っていたルークさん。方向性こそ違えど、根底にある想いは強かったはずです。だからこそ、強いモンスターとなった。
「アンタ、よくそこまでわかるわね。……ま、その辺正しいかどうかはコイツに聞いてみるか」
トーカさんは黒メイスに目を向けます。曰く、テンマの力が宿ったメイス。独特な名前からアンジェラが絡んでいることは明白です。
複数の悪魔が絡んでいる可能性。その事実をこの時始めて認識したのです。
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