閑話Ⅳ
神々はたそがれる
アウタナの頂上から帰還した天秤神ギルガス。
彼らが帰る場所は、悪魔がいる空間ではない。この世界の遥か上空に存在する浮遊城。朽ち果てそうな古城がまるまる空中に浮かんでいる。そんな建物である。ギルガスの魂は城に戻り、人の形をとる。白を基調としたローブ姿。手には本と天秤を持ち、知的な雰囲気を醸し出している。男性とも女性ともとれる中世的な顔立ちだ。
「フラれたようだな」
そんなギルガスに声をかけるのは、剣を手にした男性神だ。剣と誓いの神、リーズハグル。鍛え抜かれた肉体と、壮健な顔立ち。如何にも鍛えた剣士と言わんがばかりの姿だ。
もっとも、彼らは本来決まった形を持たない。この姿も魂を変化させて得た仮の姿だ。地上で信仰される『神』の姿を模しているに過ぎない。信仰される姿を形にして、この世界に留まる楔としているのだ。
「ええ、思いっきりフラれました。正確には、持って行かないでって懇願されましたよ。あんなふうに泣かれたら、どうしようもありません」
「そりゃ大変だ。もっとも、あの聖女はお前の
「ええ。望まぬ殺人。操られ、人を殺したようです。……同情しますよ。我々が作り出したとはいえ、人の業は深いものです」
ギルガスはため息をつくように肩をすくめる。
琴音の肉体に憑依したギルガスは、犯した罪を確認するように彼女の記憶を読み取っていた。その際に、琴音が人を殺した経緯を知る。<魅了>されてレベルアップの為に人を殺すように命じられたのだ。逆らうこともできず、手を血で汚すこととなった。
「そりゃ残念だ。やっぱりオレかシュトレインが行くべきだったかもな。同族殺しがダメって言うのは、今の世情じゃ難しいぜ」
「貴方だと『強敵を倒したの数』が足りませんよ。未来に増える可能性はありますが……あの懇願を聞けば貴方も躊躇したでしょう。貴方、情に脆いですからね」
「確かにな。……となると、現状俺達が憑依できる人間――
リーズハグルは指を三本立てる。
それは神の力を振るえるだけの
さらには神が降臨するに値する
そして神の特性を最大限に生かせることが条件が必要となる。
天秤神ギルガスは、人間属性の殺害数が0名であること。これを満たすことで
剣の神リーズハグルは、討伐したボスモンスターが20体を超えていること。これを満たすことで
そして生命の母シュトレインは、癒した対象が500000体を超えていること。これを満たすことで
未だにその域に達する人間はいない。十六夜琴音もその候補に入っているが、ギルガスとリーズハグルは眼中になかった。条件に満たないということもあったが、朝霧桃華から引き裂くというわけにはいかない。
「オレは『天騎士』あたりか」
リーズハグルの目の前に、像が浮かぶ。チャルストーン近郊でモンスターを倒すルークの映像だ。現在彼はチャルストーンを中心にヒトの生活を脅かすモンスターを倒して安全を確保している。翼の力を使い、多くの範囲で活動しているようだ。
「私は『妖精衣』ですね」
ギルガスの目の前に浮かぶのは、アミーこと月原網彦の姿だ。青いドレスに身を纏う歌姫。モンスターを倒すよりも歌ったり踊ったりしていることが多いが、人は殺していない。ラクアンでの戦いでも、兵士を攪乱していたけど殺さぬように配慮していたようだ。
「『夜使い』は……」
「彼は置いておきましょう。
『夜使い』は多くの人型モンスターを殺してきたけど、ボスキャラには挑んでいない。そんなトバリは
「敵か味方か、判断できないからな」
「『死は神にも悪魔にも平等に訪れる。故に我が刃を飼いならすことはできぬ』とか言ってましたからね。神と悪魔を知りながら、どちらにも与することはないということでしょう」
その発言はいつもの『適当に魔王っぽいロールしておこう』というノリの発言である。意味なんてない。
「ですが人間である以上『天騎士』のように悪魔に誑かされるかもしれないので、注意が必要ですね」
「そうだな。……その誑かされた天騎士をどうにかしたのが、件の遊び人か」
リーズハグルは北上するトーカを意識する。はるか上空から世界を見ることができる神の眼。わずかな時間だけ瞳はトーカを捕らえ、そしてすぐに目を離す。
「リーンの企みを二度妨げ、テンマの作った魔物達をものともせずに倒した異なる世界から来た存在」
「悪魔の干渉をほとんど受けず、この世界の理を知っているかのように順調に器を鍛え上げている」
「この世界の理……
「この世界そのものを俯瞰するように知る。母たる混沌を上から見る存在」
母たる混沌。
神も悪魔も、彼らが母と呼ぶ
朝霧桃華は
それはこの世界におけるイレギュラー、或いはバグだ。
「悪魔にとっても予想外だが、我らにとっても予想外だ」
「敵か味方か、で言えば…………どっちだ、こいつ? 一応『母たる混沌』の端末である魔王<ケイオス>を倒すとか言ってるけど、世界のために戦ってるとかじゃなさそうだし」
「味方でいいでしょう。少なくとも悪魔と敵対はするようですし」
「少なくとも
言って手を振るリーズハグル。多くのボス的存在を倒してはいるが、剣を振るって戦うふうには見えない。
「ともあれ、しばらくは世界への干渉はできないということですね。不便なモノです。自由に世界に干渉できる肉体さえあれば、多くの人間を守れるというのに」
ギルガスは諦めたように肩をすくめる。
魂だけの存在である神は、悪魔のように世界に顕現できない。
人間を作り出して知識を与えた段階で、魂は天に昇っていくしかなかった。どうにか空中に城を作って魂をとどめたが、それが限界。いつくかの『聖地』にだれかが訪れれば憑依して助言などはできるが、その伝承も時と共に薄れていった。
今では逆に『聖地に入るべからず』という文化まで生まれるぐらいだ。神としては地上に干渉できる手段が減って、焦りを感じていた。
「しばらくはたそがれるしかないか」
「それまでに人間が悪魔に滅ぼされないことを祈りましょう。……ところでシュトレインは?」
「え? オマエと一緒に地上に降臨したんじゃなかったのか? アイツ、聖女との相性良かったし。『アタチもいくー』ってお前の後ろ追いかけてたの見たぞ」
「いいえ、見てませんよ。……もしかして、降臨先を間違えた?」
「…………マジか」
二柱は城内を始めとして必死に捜索したが、シュトレインの姿を見つけることはできなかった。
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