歌姫救国奇譚

@varin

第1話 前日譚

いにしえの時代

天性の歌声を持つ麗しき一族あり

彼ら

その力をもって

人々を混沌から救えり

人々、皆地にひれ伏し

一族 これを治む

しかし

やがて彼ら

圧政をしき人々を苦しめり

人々、怒り

彼らを追放せり

かくして麗しき一族

この世界から永遠に消えむ


☆☆☆


ツタの這う白い校舎の北側には、誰も足を踏み入れない森が広がっていた。


そこへ入ると必ず道に迷ってしまうと言われており、過去にはそのまま戻ってこない生徒もいたそうだ。


マーリンはこの学校に入学した際、教師に口を酸っぱくして「あの森に入るな」と言われていた。

噂では、森の主が人間嫌いだからとも、意地悪な妖精が住んでいるせいだとも言われている。



だがマーリンはこの森が危険ではないことを知っていた。

その森はマーリンの憩いの場所だったからだ。


中でも少し歩いたところにひっそりと存在している泉はお気に入りだった。

直径は十メートル程の小さな泉だが、水はいつも青く澄んでいた。


その周りに不思議な白い霧がいつも渦巻いており、近づくと清冽な空気が鼻腔を満たした。




マーリンは学校が終わると本を持ってその泉へ行き、夜までの時間を過ごしていた。


ところで、この美しい泉には秘密があった。

ある日マーリンが泉の傍の芝生に座り、教師から課題として出された歌を低い声で歌っていた時である。


突然、水全体が光り、歌い終わるころにはすっかり底が見えなくなってしまった。


泉が群青の絵の具を溶かし込んだような色になってしまったので、マーリンは不安になって水面を覗き込もうとしたが、その時、幸か不幸か、草に躓いて泉に落ちてしまった。


口と鼻に勢いよく流れこんでくる水に激しくせき込みながら起き上がると―――目の前には、見たこともない風景が広がっていた。


そこは「人間たち」の支配する世界だった。

動物は喋らず、自然を司る精霊も姿を現さず、神も妖精もいない。

世界はいくつもの「国」と呼ばれるものが存在し、人々は必ずそのうちのどれかに所属し、王と呼ばれる人物に仕えていた。


この世界の生き物は欲によって生き、時に同族をも殺す。

マーリンの故郷の人々とは違って彼らは愚かで醜く、平和に暮らすというものを知らなかった。



その世界はマーリンの生まれ育った場所よりもずっと残酷だった。



しかしその世界の色は故郷よりもずっと鮮烈に見えた。

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