第24話

 第24話


 花さんが作ってくれたサンドウィッチの7割を僕が食べると全てのタッパーが空になった。胸の発作はすっかり治まり代わりに暖かさがこみ上げてくる。


「美味しかった、ありがとう。それに本当に嬉しかった」とあらためてお礼を言う。彼女は少し赤くなり照れ臭そうに首を横に振った。


「これからどうしようか」と無粋な事を聞く。本来ならば映画に誘われた(?)だけだしこの後の予定なんて立てていないし、デートなんて初めてなんだから仕方ないじゃないかと自分をフォローした。


「今夜、港で花火が上がるんすよ」と前もって知っていた様に花さんが言った。

「へえ、そうなんだ」

 それは知らなかった。

「きっとここの屋上から見えると思うんすよ」と両手を膝の上でモジモジしながら言う。


 ひょっとして彼女は僕と花火が観たいのかなと思い、


「じゃあそれまで何しようね」と言うと、彼女の顔が綻んだ。

 何だろう……さっきから感じていたけれど、今日の花さんはなんかいつもと様子が違う。常に僕に対して警戒心や敵意を向けてくるのに、いや、本気のそれらじゃないのは解っているんだけれど、普段ならもっと憎まれ口を叩いたり、嫌味を言ったりする筈なんだけれど、今日はなんか素直というか、柔らかいと言うか、これが本来の彼女の姿なんだろうか。若しくは今日のが作り物?


 そんな事を思いながらその後、僕らはモール内をブラブラしては花さんの洋服を見たり、彼女が行きたいと言った書店に行って本を見たりして時間を潰した。


 午後3時を過ぎ、少し疲れを感じた僕は、

「ちょっと甘い物でも食べようか」と聞くと、明らかに嬉しそうに笑顔を見せた彼女が、

「ドーナツが食べたいっす」と言った。


 お互い好きなドーナツと飲み物を注文し、テーブルに着く。僕は中にホイップクリームの入ったドーナツを選んだ。昔からコレが好きで必ず頼む。


「そう言えば花さんは大学進学どうするの?」

「このままエスカレーターです」

「ああ、僕と一緒だ」

 花さんの表情が明るくなった。僕も嬉しかった。せっかく仲良くなれたのに今年でサヨウナラは流石に少し寂しい。彼女もそう思ってくれたんだろうか。


「じゃあ来年は姉にも会えるかもね」

「お姉さんもウチの大学っすか?」

「そうだよー。今3年生だから来年1年は一緒だね」

 花さんは「へえ」と言う表情をした。


「妹さんも同じ大学来るっすか?」

「まあ、余程の事が無い限りそうなるだろうね」

「あ~、本当に姉妹がいるの羨ましいっす」


 そんな花さんを見て僕のイタズラ心が少し疼いてしまい、ほんの冗談でからかってやろうと思い、

「いつか花さんの姉妹になるかもしれないじゃん」と言うと、ぽかんと口を開けそのまま固まってしまった。「花さん?」と言って彼女の顔の前で手を左右に振るとやっと我に返った彼女が、


「ば、ばかやろうな事申してんじゃねーすよ」と言って、はむっとドーナツにかぶりつく。

「ははは、冗談だよ」

「言って良い冗談と悪い冗談があるっす」

「うん、本当にゴメン」と謝ると、


「飴玉も持っていないくせに、『飴をあげようか?』って言っているのと同じです。それは冗談とは言いません。『嘘』です。そう言う嘘は本当に嫌っす。せめて飴玉を手に入れてから吐いて下さい」と彼女は照れながら言うけれど、どこか悲しげな表情をしていた。


 僕は心臓を抉られた様な気がした。確かにそうだ。軽率だった。僕は姿勢を正し真顔になると、

「軽率な発言でした。本当にすみませんでした」と言って深々と頭を下げた。確かにこんな冗談は言うべきでは無かった。少なからず花さんを傷付けてしまったかも知れない。本当に心から反省した。僕は馬鹿だ。僕が頭を下げ続けていると、


「でも、その飴玉を手に入れる手伝いはします」と言う。僕が頭を上げるといつもの表情に戻った花さんが居た。僕は神妙に、


「よろしくお願いします。あと、本当にごめんなさい……」と再度謝罪した。

「……」

「あの……?」

 彼女は軽く溜め息をつくと、


「罰としてドーナツおかわりです、あなたの奢りで」と言ってくれた。

「は! 仰せの通りに」と言ってカウンターへ向かった。


 1時間程ドーナツ屋で休憩をした後、僕達はゲームコーナーへ向かった。普段からこういう所に来ない僕は要領を得ずに彷徨っていると、花さんは慣れた様子でメダルを購入し、

「これをやりましょう。これが一番メダルが長持ちするっす」と言って1台のメダルゲームを指差して言う。いわゆるビンゴゲームと言う種類のゲームで、パーティ等でやるビンゴのゲーム版だ。

 一回の抽選にも時間がかかるし、BETするメダルの枚数も自分で選べるので確かに時間が潰せる。

 「リーチ!」

 「ダブルリーチ!」

 僕達は特に何も景品が貰えるわけでもないビンゴに夢中になった。


「花さん、花火は何時から?」

 午後5時を過ぎた所で僕が彼女に聞くと、

「午後7時っす」と言った。

「じゃあ先に夕食を食べようか」

 花火が終わってから夕飯を取っていたらかなり遅くなるし、店も閉まっちゃうかもしれない。

「そうっすね」と彼女も同意してくれた。


「何食べる?」とか会話しながら飲食店街を二人でブラブラする。やがて僕達は二つの店の前で迷った。ハンバーグかパスタか。

「どっちが良い?」

「ハンバーグも良いすけど、今日白い服着ているからパスタすかね」

「パスタも跳ねない?」

「気を付けて食べるっす」


 結局パスタを選んで入店した。僕は明太子パスタ、花さんは跳ねても目立たないカルボナーラを注文する。彼女はスプーンを器用に使ってカルボナーラを平らげた。


 店を出ると午後6時30分になっていたのでそのまま屋上へ向かう。1階から3階までは店舗になっているのだけれど、4階から6階までは立体駐車場になっていて、屋上は7階部分に当たる。

 屋上に出ると僕達と同じ様に花火を見物する客が沢山いて、すでにフェンス際にたむろしていた。


「みんな考える事は一緒だね」

「そっすねえ」


 それでも僕達は人の居ないフェンス際の一部を確保出来た。フェンスから半身を乗り出し下を見ると足がすくんだ。7階と言えども結構高いな。高所恐怖症の僕を震え上がらせるには十分だ。


「ここから落ちたら簡単に死んじゃうんだろうな……」と無意識に口に出してぼんやり下を眺めていると、ガシっと腕を掴まれる。見ると花さんが怪しむ様な目で僕を注視していた。


「花さん?」とあっけに取られて言うと、

「あ、すみません」と言って慌てて手を離す。

「なんか……すみません……何か、感じてしまって……」とたどたどしく言う。

「なにを?」

「あなたが遠くに行ってしまうんじゃないかと……」

「何を言ってるの? どこにも行かないよ」変な花さんとは口に出さずに笑いながら言った。


「風が気持ち良いね」と空気を変える様に言うと、彼女は黙って頷いた。


「花火なんて観るのいつ以来だろう」とぽつりと呟く。花さんは何も言わずただ港の方を見ていた。海から吹いてくる風が僕達をじんわりと湿らす。時折花さんの髪を揺らし、彼女の香りを運んできた。


『ぱん!』と音がして空に一輪の大花を咲かすと海面にも写り込んだ。綺麗だ……

『ぱん! ぱんぱん!』と花火が咲く度にその光が花さんの顔を照らす。綺麗だ……


 僕は彼女に気付かれぬよう、花火が終わるまでそれを見つめていた。

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