第22話

 第22話


 午前9時。ゴールデンウィークに突入し、だからと言って特にやることも無く、家で妹と二人グダグダと過ごすのは毎年恒例の事。僕は休みの日も普段通り起床する。理由は夜更かしするような趣味も楽しみも無いと言う悲しいのか喜ばしいのか判らない理由。これは別にGWに限らず毎週末も同じこと。


 僕はテレビの前のソファーに干し柿の様にぐったりと寝そべり、

「お前、友達と遊びに行かないのか?」と朱に聞くと、

「明日、星ちゃんと買い物いくよ」と向かいの一人用のソファーに腰掛けてスマホを弄っている朱が答えた。

 そうだよな。いつもどこにも出かけず休日を過ごしているのは我が家では僕だけだ。姉ちゃんも最終日以外フルでバイト入ってるって言ってたっけ。だから連休中はお昼ご飯も、晩ご飯も自力で調達しないといけないのだ。こう見えて僕は意外と料理が出来る。ただ面倒くさいからやらないだけで。


「昼ごはんはカップ麺でいいか?」

「いいよー」

 カップ麺を食べる位なら私が作る、という言葉を期待していたのだけれど見事に外れた。誰に似たのか妹も極度の面倒くさがりで、『料理とは温める物』という謎の持論を持っている。


『ピコン!』


 向かいに座る朱が目を丸くして僕を見ている。

「ん?」

「今、お兄ちゃんのスマホが鳴ったよ?」

「お前のだろ?」

「違うよ、お兄ちゃんのだよ」

「姉ちゃんかな」と僕はムクリと起き上がりテーブルの上のスマホを掴む。

 僕にメールを送って来るのは姉か妹かのどちらかしかいない。だから僕のスマホが鳴る事は非常に稀なのだ。そう言えば以前パンダちゃんにLINEのIDを知られたけれど、一度もメッセージが無い事に今さらながらに気付く。別に来なくていいんだけど。


 スマホを開くとLINEの通知が来ていた。姉ちゃんかなと思いLINEを開くと思いがけない発信者に驚く。

「え? 花さん?」

 朱が身を乗り出し、

「花先輩!?」


 花:『おはようございます』

 それだけだった。僕はいぶかしみつつ一応挨拶を返す。


 太郎:『花さん、おはよう』

 すぐに既読が付いて、


 花:『実は、本当の本当の偶然に映画のチケットが2枚奇跡的に手に入ったのです』


 太郎:『へえ、よかったね』


 花:『私2枚も必要ないので1枚差し上げても良いんですが』


 太郎:『なんの映画?』

 聞くと良く分からないアニメのようだった。


「朱、お前映画見るか?」

「どうしたの急に?」


「なんか花さんが映画のチケット1枚余ってるから要らないか?って――」と言い終わるか終わらないかで朱が僕のスマホを奪い、僕と花さんのやり取りを確認した途端、履いていたスリッパを脱ぎ片手に持つと、僕の頭をスパーンと叩いた。


「痛って!」


「お兄ちゃんのあほー! あんぽんたん! おたんこなす! すっとこどっこい! イカレチン……イカレポンチ! ち、ちんどんや! や、や、や? ヤンバルクイナ!」

「な、何なんだよ?」

「よ? よ、よ、よ? ってちがーう! しりとりやってる場合かー!」


 幾つかあるツッコミどころを吟味して一つを厳選した。


「あんぽんたんの時点で終わってるだろ」


「お兄ちゃんって本当にバカだね」

 これ程までに兄を罵る単語を並べられる妹に感心しつつ、

「どうしたんだよ?」と聞いた。


「お兄ちゃん、これ、花先輩からのデートのお誘いだよ?」

 え? デートのお誘い? どこにも誘われた文面など無いけれど。朱は腰に手を当て、「はあー」と大きく溜め息を吐きながら首を左右に振った。


「お兄ちゃん、こんな兄を持ってわたしゃ情けないよ。お兄ちゃんがモテない理由の片鱗を見た気がするよ」

「そんな大げさな」

「お兄ちゃん、良く聞いて。チケットが2枚あってよ? 1枚しか必要無いから余った1枚を差し上げるって……そんな女子高生がどこにいるのよ!!」

 いや、現にいるようだし、花さんのメッセージをそのまま読んでるだけじゃん。


「まあいいよ、私が返信を打ってあげる」と言うと素早くスマホを操作し、「送信」と言って人差し指で何かをタップすると、

「はい、後はお二人でどうぞ」と言ってスマホを返してきた。画面を見ると、


 太郎:『花、それなら俺と二人で行かないか?』


「おい、朱。僕はこんなしゃべり方しないぞ、って言うか何勝手に了承してんだよ」

「うるさい! こうでもしないとお兄ちゃんは本当に花先輩の文面通りにチケット受け取って終わりだったでしょうが! 私が傍にいてよかったよ。お兄ちゃんは危うく花先輩を傷付けるところだったんだよ?」

「うう……」


『ピコン!』


「ほら、返事来たよ」

「ああ」と言って返信を見ると、


 花:『あなたがそう言うならそうしてもいいですよ』


「なあ、朱、やっぱり迷惑だったんじゃないのか? なんか花さん嫌々っぽいぞ」

「見せて」と言って僕のスマホを奪うと、

「照れてるのよ、ほんっっっとうにポンコツだね、お兄ちゃんは」

 そうなんだろうか。本当に迷惑じゃなければいいんだけど。


 その後僕と花さんは予定などを打ち合わせしてLINEを終了した。


「で? どうなったの?」と朱。

「明日、朝九時に待ち合わせだって」

「はあ……良かった。そうと決まればお兄ちゃん、出かけるよ」

「は? どこに?」

「服買いに行くのよ。お兄ちゃん、ロクな服持ってないでしょ?」

「いつものじゃダメなのか?」

「あんなクソダサい服着て行ったら花先輩が恥かくよ」

「そうかなあ……」

「ついでに美容院も行こう。ほら、とっとと準備して」


 なんでこんな事になってるんだろう。それより、花さんは本当に僕を映画に誘うつもりであんなメールを寄越したのだろうか。女心は解らん。



 僕と朱は、途中コンビニで簡単に昼食を済ませ、電車で数駅行った所にある大型ショッピングモールに来ていた。ここは映画館も併設されていて、実を言うと、明日の待ち合わせ場所もここなのだ。

 妹とこんな風に買い物に来るのは初めてで、僕はなんだか少し照れ臭かった。妹はショップに目星をつけているのかスタスタと先行して歩き、その度にツインテールが左右にゆらゆら揺れる。僕は黙って後を追った。


 『GlandWorks』と書かれたお店に入りメンズコーナーへと向かう。

 朱は僕を観察してはアレでもないコレでもないと服を手に取っては僕の前に持ってきて思案する。


「お兄ちゃんは眼鏡かけてるから、こういう感じが良いと思う」と言って、白地に紺のボーダーのTシャツに紺のサマージャケットを重ねて言う。


「ズボンは?」

「コレが良いと思う」と言って細身のベージュのジーンズを持ってきた。もうなんでもいいや。好きにしてくれ。


 「じゃあお金払ってくるよ」と僕が言うと、朱はいつの間にかレディースのコーナーへ移動していて、前面にシルバーのボタンが幾つか付いたデニムのスカートを片手にモジモジしていた。なんだよ、何となく予想はしていたけれどそう言う事か。僕が近づくと、


「お兄ちゃん、これ可愛くない?」

「分かんないよ。でもそれが欲しいんだろ?」

「うーん、そうなんだけどー」


 買ってくれと言う事なんだろう。僕は趣味と呼べる物も無いし、お小遣いにはかなり余裕がある。たまには買ってやるかと思い、


「一緒に会計してくるから寄越せ」と言った。

「本当? ありがとー、お兄ちゃん!」


 こんなところはまだまだ可愛いなと思った。


「これで明日の星ちゃんとの買い物に着て行く服をゲット出来た」

 買い物に行くための買い物ってもう訳分かんないな。


 その後僕は、妹に見繕ってもらってスニーカーとリュックを買った。最後にモール内に入っている『1500円カット』で少しお洒落にしてもらうと、既に午後の6時になっていた。


 「どうする朱、このままここでなんか食っていくか?」

 「やったー。ハンバーガーハンバーガー」


 栄養が偏るぞと思ったけれど、まあたまにはいいか。

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