第16話

 第16話


 家に帰ると姉と妹が一緒に夕飯を取っていた。姉ちゃん今日バイト無いのか。


「ただいま」

「おかえり、タロさん」

「おかえりー」


 僕は着替えるのも怠いのでそのままテーブルに着く。唐揚げか。さっき花さんとハンバーガー食べちゃったからちょっと重いなあ。


「お兄ちゃん友達居ないのに最近遅いのはなんで?」

「今日は日直だったんだよ」

「今日は?」

 変に鋭いな、この妹は。


「タロさん、あなたやっぱりまだ友達いないのね」

 姉には心配かけたくないから内緒にしてたんだけどなあ。


「お兄ちゃんは自発的にボッチやってるんだって」と朱が言うと姉の表情が険しくなり、

「どう言う事? タロさん」と言う。

 上手く説明できないし、理由も言いたくない。僕が黙っていると、


「まあいいわ。とにかくご飯食べなさい」と冷たい声で言う。

「うん」と言って立ち上がりキッチンへ向かうと、僕は茶碗に少しだけご飯をよそってテーブルに戻る。


「それだけー?」

「ちょっと帰りにつまみ食いしたんだ」

「誰と?」と朱。やっぱりソコ気になりますよね。


「日直の相方とね」

「めずらしー」

 姉は何も言わず僕をじっと見つめていた。



 部屋で少し微睡んだ。ふと目を覚まし時計を見ると午前0時になっていた。僕はシャワーを浴びる為に浴室へ向かう。熱いシャワーを浴びてリビングに出ると姉がテーブルに座っていた。姉が僕に気付くと、


「タロさん、ちょっとそこへ座りなさい」と言う。僕は冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出すと、言われるがままテーブルに着いた。話の内容は何となく想像がつく。


「朱が言っていたけど、最近帰りが遅いわね」

「ああ……うん……」

「何をしているの?」

「教室でぼんやりと……」

「そう、一人で?」

 一人ではないかな。でもこれを姉に言うべきか。僕が迷っていると、


「あなたが友達を家に連れて来た事無かったわね。いつから?」

「なにが?」

「友達を作らないのは」

 友達が出来ない・・・・では無く、作らない・・・・って言われた事に少し戸惑った。


「いつからなんだろう、僕にもわかんないよ」と曖昧に返した。

「理由は?」

「それもわかんない」

 姉はため息を吐いて、


「お父さん達が死んでからでしょ?」

 僕は心臓を撫でられた様な気がした。


「きっとお父さん達が死んでからあなたの何かが変わったのよ、私には分かるわ」

「……」

「お父さん達が生きている頃のあなたはもっと活発でいつも笑顔だったわ」


 何となく僕にも分かっていた。だけれどそんなの仕方ないじゃないか。あんな出来事が身に降りかかり、人が何も変化せずにいられる訳がないじゃないか。姉ちゃんや朱だってきっと何かが変わった筈だ。どうしようもない事なのにそれを責める様な目で見るなよ。


「そんなの分かってるよ。だけどどうしようもないじゃないか!」

 強く言ってしまってから姉を見ると、姉は瞳に涙を溜めていた。僕はドキリとしてしまい、

「ごめん……」と呟く。

 姉は黙って首を横に振り、

「私のせいね」

「え?」

「私がちゃんとお父さんやお母さんの代わりになってあげられなかったから――」

「そんなんじゃないよ、姉ちゃんはちゃんとやってるよ。自分を責めないでよ、これは全部僕の問題なんだから」


 姉ちゃんのせいなんかじゃない。僕の問題なんだ。僕の心の問題なんだ。


 重苦しい沈黙に耐えられなくなり、


「とにかく僕は大丈夫だから心配はしないで欲しい」と絞り出した。





「あなた私に聞いたわよね、恋人を作る事が怖くないのかって」

「ああ、うん」

「いつか来る別れを思うと辛くないのかって」

「うん」

「友達を作らないのはそんな事が理由?」

 そうなのかも知れない。親しくなろうとすると無意識に心のブレーキが作動する。


「判らないけれど、それもあるのかも……」

「逃げてるだけじゃない」

「え?」

「逃げているだけよ」

 姉に核心を付かれてしまい激しく動揺した。


「太郎、あなたのそんな態度はね、いつかあなたの本当に大切な人を傷つける事になるわ。それと……」


「その時にあなたはきっと後悔する事になる。どうしようもなく惨めになる程にね……」

「そ、そんなこと――」

「殻に閉じこもってないで心を開きなさい」


 僕だって判っている、このままじゃダメだって。でもどうしたいいのか判らないんだ。


「僕の事なんて放っておいてよ」 

「私はあなたの姉なの! あなたのそういった問題を指摘するのが私の役目なのよ! 私以外に誰がそれを指摘すんのよ!」

「っ!」


「いい? お母さんの代わりになってあなたを甘やかす事ばかりが私の役目じゃないの。お父さんの代わりにだってならないといけないわ。あなただけじゃなく朱に対してもよ。悲しんでいる暇なんてないのよ。私なりに頑張ってきたけれど、あなたがそんな風になってしまったのなら完全に失敗だわ。だからっ……」


「ごめんなさい……こんな姉で」

「そんなっ!」

 心臓を握り潰されたような気がした。強烈な自己嫌悪が襲ってきた。こんなに心配させているなんて。こんなに責任を感じさせるなんて。弟失格だ。知らず知らずの間に親不孝ならぬ姉不幸をしていたんだ。僕なんていなくなっちゃえばいい。僕なんて消えちゃえばいい。そんな感情が少しづつ芽生えていた。


 


「だけれど、タロさん。あなたは私の弟でもあるけれど、朱の兄でもあるのよ。朱に対して父親代わりになれるのはあなただけよ。あなたがそんな風になってしまったのは私の責任だけれど、朱に対しては適当に接しないで。逃げていないで兄としての責任を果たしなさい。それだけは忘れないで」


 僕達の騒ぎに目を覚ましたのか、朱が自室の扉を開け目を擦りながら出て来た。


「お姉ちゃん達、何やってるのー?」

「あら、朱、起こしちゃった? ごめんね」と言って姉は立ち上がり朱に近付くと優しく朱の頭を撫でる。

「うーん、喉が乾いちゃったから」とフラフラと冷蔵庫へ向かうと飲み物を取り出しテーブルに戻ってきた。


 姉はすっかり涙を封印し、

「お兄ちゃんのボッチ改善作戦を練っていたのよ」と笑顔で朱に話しかける。

「なにそれー? 楽しそう」

「おいおい、勝手に盛り上がるなよ」と僕も笑顔を取り繕って会話に参加した。


 兄としての責任か……。それっていったい何だろう。今まで考えもしなかった事を姉に言われ僕は戸惑っていた。




 ――――――――


「太郎……」

「母さん?」

「太郎……」

「母さん? どこにいるの?」


 ――――――――


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