第14話
第14話
日直当番の日は休み時間にうたた寝をする暇もない。授業が終われば黒板を綺麗にし、授業で使用するプリントがあれば職員室まで取りに来いと言われる。花さんの負担を減らそうと僕は獅子奮迅の働きで彼女をサポートした。
昼休みにも昼寝が出来ず、予想通り5時限目は睡眠圧が極限に達したけれど、『起立礼』の号令役を担っている以上眠る事も出来ず、僕は自分の太ももをつねっては意識を保った。
「礼!」
本日最後の礼を言うと僕はそのまま机に前のめりに倒れ込んだ。ふぅー。でもまだ仕事は残っている。
クラスメイトが全員教室から出て行くまでしばし休憩すると、僕は最後の力を振り絞り、黒板を綺麗にするために立ちあがると黒板に向かう。すると、
「黒板は私がやりますので休んでて下さい」と珍しく花さんが決意表明する。そんな花さんにあっけに取られていると彼女は黒板消しを掴みチョークを消し始めた。
誰の机か知らないけれど、教卓の前の席に腰掛け一心不乱に黒板を綺麗にしている花さんをぼんやりと見つめていた。
「上の方届かないでしょ? 僕がやるよ」
「椅子に乗ってやるから大丈夫っす」
「そう……」
そこまで言うなら任そうか。
僕は頬杖をついて窓の外を眺めた。最近本当に陽が長くなったなあ。まだまだ全然明るいや、等とぼんやり考えていると、
「ややや!」と花さんが叫んだ。見ると、椅子の上でバランスを崩した彼女が今にも落っこちて来そうだ。
「花さん!」と僕は慌てて立ち上がると彼女の落下地点に素早く入る。僕の集中力が覚醒し、倒れてくる彼女がスローモーションになった。僕は両腕を伸ばし、彼女を受け止める為、全身に力を込める。
フワっと彼女は僕の腕の中に降りてきた。落ちてきたと言うより本当に降りてきた感じだ。え? 軽い。女性とはこんなにも軽い物なのだろうか。「ひゃ!」と言って彼女が僕の肩に掴まる。遅れてやって来た彼女の髪が僕の顔を撫でた。ゆでだこの様に真っ赤になったお姫様抱っこ状態の彼女を見て、
「花さん、大丈夫?」と声をかける。
彼女は僕の肩にしがみ付き僕を見るのだけれど、視線はあちこちに漂い焦点が定まらない様子で唇も震えていた。僕が彼女の答えを待っていると、ようやく事態に気付いた彼女が、あわてて顔を背け、
「あわわわ、あありがとうございますたたた助かったっす」と取り乱したように答えた。
僕は彼女を抱っこしたまま彼女の席まで行き、彼女の机の上にそっと乗せた。
僕は少し屈んで彼女の前髪を掻き上げ、下から彼女を覗き込むようにして、
「怪我はない? どっか痛い所とか」と言うと、顔から火を噴くんじゃないかと思える位に真っ赤になった彼女が、
「少し……胸が痛いです……」と目を逸らしながら言う。
「え? 大丈夫?」
「そっちの意味の痛いじゃないすから大丈夫です……」
「はあ……」
彼女の言っている意味が解らなかったけれど、怪我が無いのなら良かった。
「花さん、体重何キロ?」
「43キロです」
「普通、『女性に体重を聞くなんて失礼よ!』とか怒る所じゃないの?」
「自分から聞いておいてなんて言い草っすか」
「身長は?」
「153っす」
「それって普通?」
「ちょっと痩せてる方かもです?」
「ですよね」
火事場の馬鹿力なのか彼女が本当に軽く感じた。
「とにかく黒板は僕がやるし、ちょっと座って休んでてください。どっか痛めてるかも知れないし」
「だけど、日直の仕事殆ど任せっきりだし申し訳ないです」
「そんなの気にしなくていいよ」
僕は彼女が消し残した黒板を綺麗にしてから、黒板消しをクリーナーで掃除した。
「花さん、体大丈夫そうなら日誌書いておいてくれませんか?」
「はい、了解っす……」
その後、乱れた机や花さんが踏み台にした椅子などを片付けていると、
「手が震えて上手く書けないです……」
「怖かったよね」
「そうじゃないです……」
僕は何も言わず首を傾げた。
「じゃあ日誌も僕が書くから本でも読んでて」
「そんな訳には――」
「いいから」と言って日誌を奪った。
「あの……それ、無自覚でやってんすか?」
「なんの事?」
「ズルイすよ……」
「え? なに?」
「ボッチ宣言しておいてズルイすよ……」
「なにが?」
「……なんでもねえっす……」と言って俯いた。
変な子。
その後、僕は廊下の窓を閉め、日誌を書き終えると、ゴミ箱のゴミをビニール袋に入れ、
「じゃあ日誌を職員室に届けてくるから」と花さんに言い職員室へ向かった。
担任の先生に日誌を渡した後、ゴミを焼却炉へ持って行き教室へ戻ると、花さんは所在なさげに椅子に座っていた。
「本でも読んでるのかと思ったよ」と僕が言うと、
「そんな気分じゃねえっす……」と言う。
「まあいいや。僕ちょっと眠いから先に帰ってて」と言うと彼女は少し戸惑いがちに、
「まだ帰らないですか?」と聞いてきた。
「うん、ちょっと眠くて、少し仮眠してから帰るよ」
「じゃあ付き合います」と言って鞄から本を取り出した。
「別に無理して付き合う事ないよ?」
「無理をしてたのはアナタですよ」
「へ?」
「ストール使いますか?」と、言うが早いかバッグからストールを出しながら言う。
「貸してくれるの? ありがとう」
僕が机に突っ伏すと彼女は鞄からストールを出して僕の肩にかけてくれた。
「ありがとう、暖かい」
ストールから彼女の香りがする。なんとなく心も暖かくなり、温もりと柔らかさに包まれてあっという間に眠りに落ちて行った。
――――――――
「太郎……」
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